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召喚され損ねたこの世界で、ありのままに生きてみる  作者: オオマンティス
迷宮都市ランパード編

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情報屋は軽薄に笑う

「支払うべき対価は惜しみませんよ。……もちろん、その情報に価値があれば、ですけど」


私がにっこりと笑ってそう返すと、彼は一瞬だけ虚を突かれたように目を瞬かせ、次の瞬間、腹を抱えて笑い出した。


「ははっ、はははっ! 参ったな、こりゃ! こんな美女を前にしたら、商売あがったりだ!」


彼は大げさに両手を上げると、降参のポーズを取ってみせる。


「よし、決めた! 特別大サービスだ。あんたのその極上の笑顔一回につき、金貨一枚ずつ値引きしてやろう!」

「まあ。では、たくさん笑わないといけませんね」

「ああ、そうしてくれ! 俺の懐は寒くなるが、心はポカポカだ!」


「……馬鹿なこと言ってないで、さっさと本題に入りなさい」


ついに堪忍袋の緒が切れたのか、エリスさんが氷のように冷たい声でジャックさんを睨みつけた。

その眼光の鋭さに、さすがの彼もひらひらと手を振ってごまかす。


「おっと、怖い怖い。分かってるよ、エリス。せっかちなんだから」


ジャックさんは咳払いを一つすると、ようやくカウンターの椅子に深く腰掛ける。

もっとも、その口元にはまだヘラヘラとした笑みが浮かんでいるが。


「さて、と。それじゃあ、始めようか。お嬢さんの“高い”お話とやらを」


「……では、改めて。勇者一行の話ですが」


私がそう切り出すと、ジャックさんは「ああ、それね」と気のない素振りで頷いた。


「勇者ねぇ。まあ、確かに個々の能力はそこらの冒険者とは比べ物にならんのだろうけどね。悪いが、俺に言わせりゃあいつらはまだ“子供のお使い”さ」


その、あまりにもあっさりとした評価。

エリスさんが意外そうに眉をひそめる。


「子供のお使い、ですって? 彼らが迷宮で上げている戦果は聞いていないの?」


「ああ、聞いてる聞いてる。景気のいい話だ。だがね、エリス」


ジャックさんは指を一本立て、ひらひらと振る。


「本当に面白いのは、人形じゃなくて人形師の方だろ? あいつらの“首輪”を握ってる連中の話の方が、俺はよっぽどそそられるね」


「首輪、ですか?」


私の問いに、彼はにやりと笑みを深めた。

エリスさんも何かを察したのか、険しい顔で口を開いた。


「……王都の連中のことね。この街にまで出張ってきて、何かを探しているという噂は私の耳にも入っていたわ」


「ご名答。エリスは話が早くて助かるぜ。そう、王都から来てる、鼻持ちならんお偉方さ。勇者様ご一行は、結局その連中の駒に過ぎんよ」


ジャックさんは、まるでこの世の真理でも語るかのように、しかしどこまでも他人事のようにそう言った。


「駒、ですか。随分な言い方ですね」


私がそう言うと、ジャックさんは「事実だろ?」と肩をすくめた。


「で、その王都から来てるお偉方が、この迷宮で血眼になって探してる“オモチャ”があるのさ」


彼は声を潜め、悪戯っぽく片目を瞑る。

その仕草とは裏腹に、語られる内容はにわかにきな臭さを増していく。


「なんでも、“人をぽわーんってさせて、何でも言うこと聞かせちゃう、魔法のアーティファクト”だとさ。趣味が悪いよなぁ。俺ならそんなもの使わなくても、この甘い囁きだけでどんな美女もメロメロに――」


「ジャック」


エリスさんが、地を這うような低い声で彼の名を呼ぶ。

ジャックさんは「おっと失礼」とわざとらしく咳払いをし、話を軌道に戻した。


「ま、そういうわけさ。そんな物騒なもんを探すために、勇者たちを迷宮に潜らせて、情報を集めさせてるってのが真相だろうよ」


(人を操る力。もし王国がそれを手に入れ、意のままに使える軍隊でも作ろうとしているのだとしたら……。あまり良い未来は想像できませんね)


「……それで、そのアーティファクトは、もう見つかったんですか?」


私の問いに、ジャックさんは首を横に振った。


「さあね。そこまでは俺の耳にも入ってきてない。だが、連中はかなり焦ってるみたいだぜ。最近じゃ、迷宮から出土した遺物を片っ端から買い漁ってるって話だからな」

「ま、そういうわけで、勇者一行に近づくってことは、その背後にいる面倒な貴族様たちも敵に回すってことだ。それでも、この話にまだ興味はあるかい?」


ジャックさんはそう言って、最終確認をするように私の顔を覗き込んだ。

その瞳の奥は、相変わらず笑っているのか、試しているのか、判別がつかない。


「ええ、もちろん。そのための情報料ですから」


私は懐から革袋を取り出し、金貨を二枚、カウンターの上に静かに置いた。

ちゃりん、と硬貨が触れ合う音が、薄暗い店内にやけに大きく響く。

ジャックさんはその金貨を指先で器用に弾くと、満足げに懐へしまい込んだ。


「まいどあり。……あんた、面白いね。普通なら尻尾を巻いて逃げ出すような話に、自分から首を突っ込むなんてさ」

「退屈よりは、刺激的な方が好みですので」


私がそう言って微笑むと、彼は「ははっ、違いない」と声を上げて笑った。


「よし、気に入った。お代はもらったが、サービスでもう一つ教えてやるよ」

「まあ。それはありがたいですね」

「……どうせろくなことじゃないんでしょ」


エリスさんが隣で呆れたように呟く。

ジャックさんはそれを聞こえないふりをして、芝居がかった仕草で人差し指を立てた。


「じゃあ、最後の質問といこうか」


彼はにやりと、口の端を吊り上げる。

その瞳は、まるで全てを見透かしているかのように、私を真っすぐに射抜いていた。


「あんたが本当に知りたいのは、ランパードのギルドマスターが躍起になってる、第20階層の話……だろ?」


その言葉に、私はもちろん、隣にいたエリスさんまでが息を呑んだ。

まだ一言も口にしていないはずの、私のもう一つの目的。

それを、この男はまるで最初から知っていたかのように、いとも容易く言い当ててみせたのだ。

ヘラヘラとした笑顔の裏に隠された、底知れない情報網。


(……この人、私が思っている以上に“危険”ですね)


私は驚きを表情に出すことなく、ただ静かに微笑み返す。


「ええ、その通りです。さすがは“鼠の穴”の主さんですね」


「だろ? 俺を誰だと思ってんだい」


ジャックさんは得意げに胸を張り、そして店の奥の闇を親指で指し示した。


「その話は、もう少し“静かな場所”でしたいもんだ。……もっとも、さらに追加料金が必要になるがね?」


彼の挑戦的な視線が、私に次の選択を迫っていた。

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