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召喚され損ねたこの世界で、ありのままに生きてみる  作者: オオマンティス
迷宮都市ランパード編

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騎士の目的と迷宮のオアシス(改稿版)

ついさっきまで死霊騎士が振るっていた斧槍の風切り音も、アンデッドたちの呻き声も、今はもう聞こえない。


「……はぁ。本当に、とんでもない一日だったわね」


私は、その場にへたり込んだまま、空っぽの鞘に収まった銀の長剣を撫でる。

隣を見ると、リィアと名乗ったエルフは、まるで何事もなかったかのように、自分の黒い剣の手入れを始めていた。

その横顔は涼やかで、先ほどまで死線を共に潜り抜けていたとは思えないほど落ち着いている。


「……あなた、本当に何者なの?」


思わず、一度した質問を繰り返してしまった。

彼女は、布でセレネの刀身を拭きながら、こちらに視線だけを向ける。


「ただのエルフの旅人ですよ。エリスさんこそ、見事な剣でした。あれほど多くのアンデッドを相手に、一人で持ちこたえていたのですから」


「お世辞はいいわよ。あなたがいなかったら、今ごろ私はあそこの骸の仲間入りだった」


私がそう言って、先ほど騎士がいた場所を指さすと、彼女はふっと、悪戯っぽく笑った。


「だとしたら、エリスさんの認識票も、私が剣の柄に立てかけておきましたよ。寂しくないように、騎士の隣に」


「……あなたねぇ」


その、あまりにも不謹慎で、しかしどこか憎めない物言いに、私は思わずため息をつく。

張り詰めていた緊張の糸が、ぷつりと切れた。


「ふふ……。ええ、そうね。その時は、お願いするわ」


私も、つられて笑ってしまった。

彼女は、ただ強いだけじゃない。どこか、人の心の隙間に入り込むのが、妙に上手い。


「さて、と」


リィアは立ち上がると、騎士が消えた場所に落ちていた、古い認識票を拾い上げた。


「感傷に浸るのは、これくらいにしておきましょうか。まずは、この騎士の身元を確かめてみませんか?」


彼女のその提案に、私はこくりと頷いた。

この谷の主が、生前、何者だったのか。それを知る権利くらいは、私たちにはあるはずだ。


エリスさんは、私が差し出した認識票を、少しだけ躊躇うように受け取った。

鉄の表面は錆びつき、刻まれた文字はほとんど消えかかっている。


「読めますか?」


私の問いに、彼女は首を横に振った。


「いえ、これは古代の騎士団で使われていた文字ね。私も、いくつか単語を知っている程度だわ」


「では、私が読んでみましょうか。少しだけ、心得がありますので」


私がそう言って、彼女の手から認識票を借り受ける。

指先で、そっと表面の汚れを拭うと、かすかに残った文字の輪郭が浮かび上がった。

モノクル越しに見れば、その意味はすぐに読み取れた。


「―――『我が魂、友と共に』。……そして、名前は『アーサー』とあります」


「アーサー……」


エリスさんが、その名を静かに繰り返す。


「どうやら彼は、ここで仲間を失い、その無念からこの地に縛られていたようですね。私たちが彼を討ったことで、ようやく、友の元へ旅立てたのかもしれません」


私のその言葉に、エリスさんは何も言わず、ただ静かに頷いた。

彼女の横顔には、死者への、そして好敵手への静かな敬意が浮かんでいる。


「……あなた、本当に何でも知っているのね」


しばらくして、彼女がぽつりと呟いた。

その声には、もう驚きよりも、純粋な感嘆の色が滲んでいる。


「まさか。知らないことばかりですよ。だから、こうして旅をしているんです」


私がそう言って笑うと、彼女もつられて、ふっと表情を緩めた。

張り詰めていた空気が、ようやく和らいでいく。


「そう。……なら、一つ、教えてあげましょうか」


「何をです?」


エリスさんは、いたずらっぽく片目を瞑る。

その表情は、先ほどまでの歴戦の冒険者の顔ではなく、歳相応の女性のそれだった。


「この谷の出口の先に、とっておきの場所があるの。あなたほどの物好きなら、きっと気に入ると思うわ」


彼女のその、思わせぶりな言葉。

私の胸の中に、新しい好奇心が、ふわりと芽生えた。


「とっておきの場所、ですか。それは、少し興味がありますね」


「ついてきなさい。案内してあげる」


エリスさんはそう言うと、私に背を向けて、谷の出口へと歩き始めた。

その足取りは、先ほどまでの疲労が嘘のように、軽やかだ。

私はピヨに一声かけると、彼女の後に続く。


谷を抜けると、ひんやりとした空気が、少しだけ温かみを取り戻した。

エリスさんは、道なき道を進み、やがて巨大な岩壁の前で足を止める。


「ここよ」


「ここは……行き止まりのように見えますが」


「ふふ、まあ見てなさい」


彼女はそう言うと、岩壁の一部に手を触れ、何かを念じるように目を閉じた。

すると、ゴゴゴ……と低い音を立てて、岩壁が内側へとスライドしていく。

隠し扉だったのだ。


「すごい……。こんな仕掛けが」


「この階層を拠点にしてる、一部の冒険者だけが知っている隠れ家よ。あなたも、これでその一人ね」


扉の向こうには、下り階段が続いていた。

階段を降りると、そこは驚くほど広大な地下洞窟だった。

天井からは、第五階層で見たものと同じ、光る蔦が何本も垂れ下がり、周囲を青白く照らしている。

そして、洞窟の中央には、地底湖とでも言うべき、どこまでも透き通った湖が広がっていた。


「わぁ……」


思わず、声が漏れた。

湖の水は、まるで生きているかのように、それ自体が淡い光を放っている。

天井の光を反射して、水面はキラキラと輝き、洞窟全体が幻想的な光に満たされていた。


「綺麗でしょう? ここの水、少しだけ回復効果があるのよ。疲れた時には、もってこいの場所」


エリスさんは、湖のほとりに腰を下ろすと、ブーツを脱いで、気持ちよさそうに水に足を浸す。

私も、彼女の隣に座り、同じようにしてみた。

ひんやりとした、しかしどこか優しい水が、戦闘の疲れを癒してくれるようだった。


「……ありがとうございます、エリスさん。本当に、素敵な場所ですね」


「どういたしまして。あなたへの、お礼よ」


私たちはしばらく、言葉もなく、ただ湖の揺らめきを眺めていた。

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