一人と一匹(改稿版)
翌朝、草原の夜明けは静かな光と共に訪れた。
私が目を覚ますと、すぐ隣で巨大な影が身じろぎするのが見えた。
グリフォンは、その大きな翼で私を風から守るようにして、丸くなって眠っている。
グリフォンは閉じていた黄金の瞳をゆっくりと開け、私をじっと見つめ返した。
その瞳には、昨日の敵意など欠片もなく、穏やかな信頼の色が浮かんでいる。
「よく眠れましたか?」
私がそう言ってその鷲の頭を撫でると、彼は気持ちよさそうに喉を鳴らした。
昨日から、私たちはこうして言葉にならない会話を交わしている。
不思議と、彼が何を考えているのか、私には伝わってくるようだった。
朝食の干し肉を半分こにしながら、私はふと考えた。
「あなた、名前がありませんね。私が付けてもいいですか?」
「クゥ?」とグリフォンが小首を傾げる。
「そうですね……。立派な翼ですし、『ソラ』……いえ、なんだか安直すぎますね。うーん……」
私はいくつか名前を口にしてみるが、どれもしっくりこない。
グリフォンは、そんな私を面白そうに眺めている。
「……そうだ。初めて会った時、あなたはひな鳥みたいに潤んだ目をしていましたから……『ピヨ』というのはどうでしょう」
私のその、あまりにも見た目と不釣り合いな名前に、グリフォンは一瞬、きょとんとした顔をした。
そして次の瞬間、なんだかもうどうでもよくなったとでも言うように、一つ大きく「キェェ!」と鳴いた。
どうやら、受け入れてくれたらしい。
「決まりですね。今日からあなたはピヨです。よろしくお願いしますね、ピヨ」
私たちがそうして新しい関係を築いていると、ピヨは立ち上がり、私にその背中を向けて、低く屈むような体勢をとった。
「……乗れ、ということですか?」
その背中は、二人乗りの馬車よりも広い。
私は少しだけ胸を高鳴らせながら、彼の背中へとよじ登った。
羽の付け根にある、ふさふさとした体毛が、思いのほか柔らかく、心地よい。
(ふわふわだ……)
私がしっかりと体毛を掴んだのを確認すると、ピヨは翼を一度、大きく広げた。
バサッ、と力強い音がして、風が巻き起こる。
ふわり、と身体が浮き上がる。
最初は数メートルだった高度が、翼を数回はばたかせるうちに、ぐんぐんと上がっていく。
眼下に見えていた草原が、あっという間に遠ざかり、まるで緑色の絨毯のようになっていく。
「すごい……!」
私の髪が、強い風に煽られて大きく後ろへ流れていく。
地上を歩いている時とは、全く違う景色。
天井の光る鉱石が、まるで星空のように近くに見えた。
ピヨは、私の興奮が伝わったのか、嬉しそうに一声鳴くと、さらに速度を上げて草原の上を滑空し始めた。
風を切る音だけが、耳元を通り過ぎていく。
それは、私が今まで経験したどんな魔法よりも、自由で、爽快な飛行だった。
しばらくの間、私たちはそうして、ただ空の散歩を楽しんだ。
第五階層の広大な草原を、端から端まで。
私は、まるで子供のようにはしゃぎ、ピヨもまた、新しい友人を背に乗せて飛ぶことが、楽しくて仕方ないようだった。
やがて、天井の光が昼の色から、再び夕暮れの黄金色へと変わり始める。
そろそろ、今日の探索を終える時間だった。
「ピヨ、そろそろ戻りましょうか。また明日、一緒に飛んでくれますか?」
私が彼の首筋を優しく撫でながらそう言うと、ピヨは名残惜しそうに、しかし確かに頷いて一声鳴いた。
彼はゆっくりと高度を下げ、私たちが最初に出会った岩場へと、正確に着地する。
私は彼の背中から滑り降りると、感謝を込めて、もう一度その頭を撫でた。
「ありがとうございます、ピヨ。最高の遊覧飛行でした」
ピヨは、私のその言葉に満足したように、誇らしげに胸を張る。
その姿は、空の王者というよりも、褒められて嬉しい、少し大きな子供のようだった。
私たちは、再び野営の準備を始めた。
火を起こし、干し肉を分け合い、時折、言葉にならない言葉で会話を交わす。
一人と一匹の、静かで、しかし満ち足りた時間が流れていく。
(この迷宮に来て、よかったかもしれません)
空には、天井の光る鉱石が、本物の星のように瞬いている。
これから何が待ち受けているのかは分からない。
だが、この頼もしい翼があれば、どこへだって行ける気がした。




