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召喚され損ねたこの世界で、ありのままに生きてみる  作者: オオマンティス
迷宮都市ランパード編

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迷宮都市ランパード

勇者とエンカウント編です

あの村を後にしてから、私たちの旅は再び穏やかな日常へと戻った。

 森を抜け、風の通る街道を南へとひたすら進む。

 小さな町をいくつも通り過ぎ、夜は焚き火の明かりを囲んで野営を重ねる。

 エマとの二人旅は、もうすっかり板についていた。

 気づけば、私たちは本当の姉妹のように、同じ歩幅で道を行くのが当たり前になっていた。


 焚き火の夜、エマが湯気の立つスープを差し出しながら笑う。

「リィア様、今日はちょっと塩加減がいいと思いません?」

「……そうですね。昨日よりは随分と」

「ええっ!? 昨日はそんなにしょっぱかったんですか!?」

 そうやって笑い合う時間も、いつの間にか旅の中の宝物になっていた。


 ――そして、ヴェリスを出てから一月が過ぎた頃。

 ついに、クラリオン王国南部を統括する最後の関所都市にたどり着いた。

 ここを抜ければ、目的地ランパードはすぐそこだ。

 街は旅人や商人で賑わい、荷馬車の列と声の波が絶え間なく行き交っている。


 宿屋の一室で地図を広げると、エマが指先で目的地をなぞった。

「リィア様……ここから先は馬車で行くのですね?」

「ええ。ここからは険しい山脈地帯ですから、徒歩は危険ですし、時間の短縮にもなります」

「……山脈……なんだか、ちょっと緊張します」

「大丈夫ですよ。危険があっても、私がいますから」

 エマは安堵したように微笑み、私も小さく笑みを返した。


 そして数日後。

 私とエマ、そして月光蝶を乗せた乗合馬車は、南へと続く山道を進んでいた。

 景色は日に日に険しさを増し、やがて豊かな平原は姿を消した。

 代わりに、剥き出しの巨大な岩が連なる山肌が眼前に迫る。

 空気は澄みきって冷たく、どこか古い魔力の匂いを含んでいた。


「リィア様……もうすぐなのですね」

 窓から外を眺めながら、エマが期待と不安の入り混じった声を漏らす。

「ええ。この峠を越えれば……見えるはずです」

 この旅も、もう終わりが近い――そう思うと、心の奥にわずかな寂しさが差し込んだ。


 やがて馬車が高い峠の頂へと差しかかる。

 御者が馬を止め、前方を指さした。

「へい、お嬢ちゃんたち。見えてきたぜ……あれが――」


「……迷宮都市ランパードだ」


 私たちは馬車を降り、その光景に息を呑んだ。

 眼下には巨大な窪地カルデラが広がり、その中心に都市が聳えている。

 黒い岩を削り出して築かれた無骨な建物群が、窪地の底から螺旋を描くように天へと伸び、都市の頂にぽっかりと開いた巨大な穴――大迷宮の入口があった。


 そこからあふれ出す魔力は、禍々しくも神々しい。

 竜眼のモノクルが魔力の情報量に悲鳴を上げるように明滅する。



 私とエマは視線を交わし、再び馬車に乗り込んだ。

 こうして私たちは、ランパードの巨大な城門をくぐり抜けた。



ランパードの城門をくぐった瞬間、空気が変わった。

 そこに満ちていたのは、商業都市ヴェリスの華やかさではなく――研ぎ澄まされた刃のような緊張感だった。


 通りを行き交う人々の大半が、武器や防具に身を包んでいる。

 武器屋、防具屋、ポーション屋がずらりと並び、店先からは研ぎ澄まされた刃の光と薬草の匂いが漂ってくる。

 耳を澄ませば、どこからか戦術の相談や戦利品の取引をしている声が聞こえてきた。


「……すごい。ここは本当に、冒険者のための街なんですね」

 エマがきょろきょろと視線を巡らせながら呟く。

「ええ。ここでは純粋な力が全てを決めます。誰もが戦士の顔をしている……そういう場所です」

 私も周囲を見回しながら答えた。


 通り過ぎる冒険者たちの視線が、私に集まっているのが分かった。

 だがその目はヴェリスで向けられた興味や物珍しさとは違う。

 純粋な強さを測る、値踏みするような視線。



 私はまずエマの依頼を果たすため、月光蝶を届けるべく貴族の屋敷へと向かった。

 石畳を歩きながら、エマが少しだけ心配そうに尋ねる。

「リィア様……本当に、この街で大丈夫でしょうか?」

「ええ。むしろ、ここからが本番です。冒険者の街って感じがしてワクワクしますね」



 屋敷へ向かう途中、広場に差しかかった時だった。

 ひときわ大きな人だかりが目に入った。

 野次馬たちが輪になって何かを囲み、ざわざわと騒いでいる。

 その中心から――聞き覚えのある、傲慢な声が響いてきた。


「おい、そこのお前。いいもん持ってんじゃねえか。ちょっと見せてみろよ」


 足が止まった。

 十七年ぶりのはずなのに、その声を私はすぐに思い出した。

 まさか、こんなにすぐに出会うとは思ってもいなかった。


 人垣を押し分けて進むと、そこには予想通りの顔ぶれがあった。

 葛城隼人。

 そしてその背後には牧野、斎藤らしき男たち。

 彼らは一人の獣人の少女を取り囲んでいた。

 ウサギの耳を持つ、まだあどけなさの残る少女だ。

 その腕には、大きな魔獣の卵が抱えられている。


「おいウサギ娘、聞こえなかったのか? その卵、俺たちに譲れって言ってんだ。どうせお前みたいな雑魚にゃ孵せやしねえだろ」

「い、嫌です! この子を孵して立派な魔獣に育てて、テイマーになるのが私の夢なんです! だから……絶対に渡せません!」

「夢だぁ? はっ、チビが夢語ってんじゃねえよ。俺たちがもっと有効に使ってやる」


 牧野が下品な笑みを浮かべ、少女の卵に手を伸ばす。

 隣のエマが小さく震え、私の袖を握った。

「リィア様……ひどいです……」


(……葛城隼人。異世界に来ても、その傲慢さは少しも変わらないのですね)


 翠の瞳が、静かに細められる。

 見過ごすという選択肢は、私にはなかった。



牧野の指先が卵に触れる寸前――。


 ピシッ。

 乾いた音と共に、牧野が短い悲鳴を上げた。

「いってぇ! 何だ、今のは……!」

 手首には赤い線が一筋走り、足元には小石がひとつ転がっている。


 野次馬の輪が、左右にすっと割れた。

 その中心に、私が立っていた。

 無言で、しかし視線だけで場の空気を支配するように。


「……何だよ、あんたは」

 葛城が不機嫌そうに眉をひそめる。

 その視線が私を上から下まで舐めるように滑り、腰のゴールドランクのプレートとセレネに止まった。

「ほぉ……いい装備だな。エルフの姉ちゃん、英雄ごっこか?」


「ええ、あなたみたいな子供の喧嘩を止める“ごっこ”なら慣れています」

 私は淡々と答え、怯えるウサギの耳の少女へ視線を向ける。

「……大丈夫ですか?」


 それを無視された葛城が、カッと顔を歪める。

「おい、聞いてんのか! 俺は魔槍士、葛城隼人だぞ!」

 名を高らかに叫ぶ声は、自分をこの街の主だと信じて疑わない響き。


 私はようやくゆっくりと彼に向き直る。

「ええ、知ってますよ」

 氷の刃のように冷たい声。

「――弱い犬ほどよく吠える、って」


 その一言で、広場の空気が凍りつく。

 葛城の顔から笑みが消え、怒気が一気に噴き上がった。

「てめぇ……殺すぞ……!」


 槍の穂先に深紅の魔力が渦を巻く。

 魔力量はほかの冒険者とは一線を画す。

 ただ、その構えは荒く、隙だらけだった。

 魔力の流れも制御が甘く、まるで未熟な訓練生だ。


 しかし葛城は突っ込んでは来なかった。

 渦巻く魔力をふっと収め、口元に歪んだ笑みを浮かべる。

「……へぇ、口だけは達者だな、エルフ」

 そして下卑た光を宿した目で告げる。

「その顔とその装備……気に入ったぜ。俺の女になれ。そうすりゃランパードで無視されることはなくなる。悪くねえ条件だろ?」


 隣でエマが息を呑む。

 私は、ふぅ……と小さく息を吐き出した。

「……あなた、本気でそれが“口説き文句”だと思ってるんですか?」

「は?」

「弱いだけじゃなく、頭の出来まで残念とは……。これ以上、私の時間を奪わないでいただけます?」


 葛城の眉がピクリと動く。

 私はさらに言葉を重ねる。

「それに、その槍――素人の私から見ても隙だらけです。構えは大きく、力は入りすぎ、魔力は漏れっぱなしですよ」

「……てめぇ、人を笑いものにしやがって…」

「大丈夫です、今は笑ってませんから。失笑はしてますけど」


 広場に乾いた笑いが漏れ、葛城の顔が真っ赤になる。


 私はもう興味はないとばかりに彼から視線を外し、まだ震える獣人の少女に歩み寄る。

「……もう大丈夫ですよ。さあ、行きなさい」

 少女は涙で潤んだ目を見開き、何度も頭を下げて走り去った。


「行きましょう、エマさん。暇潰しにもなりませんでした」

 背後で葛城が屈辱に満ちた叫びを上げていたが、私はもう振り返らなかった。

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