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召喚され損ねたこの世界で、ありのままに生きてみる  作者: オオマンティス
商業都市ヴェリス編

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少女とエルフ

ヴェリス南門をくぐった瞬間、胸の奥にかすかな高揚が湧き上がった。

 南の街道は、どこまでもまっすぐに延びている。

 アークライトを出たときの、あの足元が頼りない一歩とは違う。

 今の私は、あの頃よりも確かに強い。

 武具も、技も、そして経験も手に入れた。

 足取りは軽く、歩くたびに地面がしっかりと返してくる感触がある。


 街道はクラリオン王国の大動脈。

 石畳の上を馬車が軋みを立てて進み、商人が大声で値を叫び、巡礼者が小声で祈りを捧げている。

 右目に掛けた竜眼のモノクルを通すと、色と光が渦を巻いて私の視界に押し寄せてきた。

 商人の金色が混じった熱。

 巡礼者の澄んだ青。

 時おりすれ違う冒険者の鋭い橙。


(……賑やかですね。どこを切り取っても、生きる匂いが濃い)


 この目があれば、不意打ちは不可能だ。

 殺意も、敵意も、形になる前から視えるのだから。


 数日間、旅は順調だった。

 昼は街道を歩き、夜は少し離れた草原で野営。

 竜の叡智は、道端の薬草から雲の流れの読み方まで、惜しみなく知識を与えてくれる。

 退屈どころか、一歩ごとに世界が教科書をめくるように新しい。


 ――その夜は宿場町の「金の麦亭」に泊まることにした。

 名の通り、梁に束ねられた金色の麦穂が飾られている。

 旅人や商人でごった返すホールの隅、壁際の席で一人静かにスープを口に運ぶ。

 深く被ったフードにモノクルは外している。

 それでも、エルフという容姿は否応なしに目立つ。

 だが今は、腰のセレネと胸のゴールドランクのプレートが、余計な視線を盾のように跳ね返してくれていた。


 ――その時だった。

 耳に不快な笑い声が飛び込んできた。

 近くのテーブルで、屈強な冒険者風の男三人が小柄な少女を取り囲んでいる。

 少女は小さな籠を胸に抱きしめ、俯いたまま震えていた。


「おい、嬢ちゃん。聞こえなかったか? その籠の中、見せろって言ってんだ」


「いやですっ! この子は……!」


「月光蝶だろ? 高く売れるんだぜ。俺らが“買ってやる”って言ってんだ。ありがたく思えよな」


 また、ですか。

 どこにでもいる、力の向け方を間違えた連中。

 見飽きた光景だけど、見過ごせるほど目は曇っていません。


 私は音を立てずに席を立ち、彼らの背後へ歩み寄った。


「――その子、ひどく困ってますよ」


 三人の視線が私に向き、次の瞬間、胸元の黄金のプレートに釘付けになる。

 酔いの抜ける音が聞こえそうだった。


「ゴ、ゴールド……!? な、何の……ご用で……?」


「ご用というほどでも。私、静かに食事したかっただけです。あなた方の声、耳障りなんですよ」


 声色は穏やかに。けれど逃げ場は与えない。

 三人は目を泳がせ、椅子を倒しながら出口へ消えていった。

 残った静寂に、私は少女へ視線を戻す。


「もう大丈夫ですよ」


 顔を上げた少女――エマは、大きな瞳を潤ませて私を見つめ、椅子を蹴るように立ち上がって深く頭を下げた。


「あ、ありがとうございます……! わ、私はエマっていいます!」


「怪我はありませんか?」


「はい……! でも、籠を見られたら……」


「中、見せてもらっても?」


「……はい!」


 蓋を開けると、銀色の光を帯びた羽を持つ小さな蝶がいた。

 羽ばたくたび、月光を粉にしたような光が零れ落ちる。


「……これは、珍しい。普通の個体よりずっと綺麗ですね」


「そうなんです……。でも、そのせいで……」


 話を聞けば、迷宮都市ランパードの貴族へ届ける途中らしい。


「ランパード……私も向かう予定です。護衛が必要なら、同行しますけど?」


「えっ……!? でも……そんな……お金が……!」


「お金はいりません。同じ方向ですし、少し賑やかな方が退屈しませんから」


 エマは何度も頭を下げ、ぽろぽろと涙をこぼした。



---


 翌朝。

 食堂で待っていたエマは、私を見つけるなり駆け寄ってきた。



 街道を歩けば、昨日までの静けさが嘘のように賑やかになった。

 エマは村の話や、魔獣ブリーダーになりたい夢を止めどなく語る。

 ……悪くない。こんな旅も。


「わっ、あそこ! 赤いお花が……!」


「――動かないで」


 竜眼が草むらに潜む魔物の微かな魔力を捉えた。

 小石を拾い、魔力を乗せて弾く。

 短い悲鳴と共に、蛇型の魔物が逃げ去った。


「い、今の……?」


「街道を離れると危ないですよ。見た目で油断しないことです」


「なるほど…」



---


 夜。

 焚き火の周りで月光蝶が舞い、光の粉が宙に漂う。

 エマは私の隣で籠を抱え、安心しきった顔をしていた。



 ランパードまではまだ距離がある。

 けれど、この道行きが少し惜しく感じる――そんな夜だった。

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