魂を打つ槌音
とうとう、フルアーマーリィアになります!
私とボルガンさんの、奇妙な共同作業が始まった。
それは鍛冶場の火花と、錬金術の光が交わる日々――そして互いに一歩も引かない職人同士の戦いでもあった。
「……よし、計画通り、まずは一番厄介なこいつからだな」
ボルガンさんが無骨な指で指し示したのは、竜の宝玉。
黄金色の球体は、ただそこにあるだけで工房の空気を震わせ、まるで心臓のように脈動していた。
「こいつはな、下手に衝撃を与えりゃ、ただのガラス玉だ。まずは俺が器を作る。その間に、お前さんは宝玉の魔力構造を全部頭に叩き込め。……できるな?」
「はい。……失敗しませんよ」
「そう言い切れるのはいいことだ」
ボルガンさんは薄く笑い、作業台の前に立った。
そこから先は、息を呑むような光景だった。
大槌ではなく、まるで外科医が使う精密器具のような工具が並び、彼はミスリル銀の塊を糸のように引き伸ばし始める。
分厚い指が、繊細な糸を器用に編み込み、やがて美しい片眼鏡の形が現れた。
「……ふぅ。ここまでだな。これ以上は俺の領分じゃねぇ」
額の汗をぬぐいながら、彼がフレームを差し出す。
「宝玉を傷つけずにこれをはめ込めるのは、あんたの錬金術だけだ」
私は静かに頷き、それを受け取った。
集中し、魔力を金の糸へと変え、フレームと宝玉の間に滑り込ませる。
魔力は接着剤のように二つを分子レベルで結びつけ――
カチリ。小さな音と共に、モノクル全体が一度だけまばゆく光った。
「……やったか」
ボルガンさんの喉が鳴る。
私は完成したばかりの「竜眼のモノクル」を右目に当てた。
次の瞬間、世界が反転する。
万物のマナの流れが、色とりどりの光となって私の目に流れ込んできた。
赤い大地のようなオーラを放つボルガンさん。
陽炎のように揺れる戦斧の残滓。
棚に並ぶ金属ひとつひとつが放つ異なる色の微光。
「……どうだ嬢ちゃん。何が見える?」
期待と不安の入り混じった声。
「……見えます。流れも構造も、弱点までも」
それだけ言うと、ボルガンさんは深く頷き、満足げに口元を緩めた。
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次は、最強の防御素材――虹色の逆鱗。
作業台に置かれたそれは、何もしていないのに圧倒的な存在感を放っていた。
「こいつは厄介だ。本に書いてある通り、あらゆる魔法を吸収して無効化する。つまり……」
彼は私を見やる。
「俺の槌も、あんたの錬金術も弾かれるってことだ」
試してみれば、その通りだった。
炎の魔力を込めた槌も、私の魔力も、逆鱗はすべて吸い込むだけで傷ひとつつかない。
「……くそ、やっぱりな」
ボルガンさんが吐き捨てる。
私も同じ気持ちだった。最高の素材を前に、指先すら届かない無力感。
試行錯誤を重ねても結果は同じ。工房に沈黙が落ちた。
そして私は、ぽつりと呟いた。
「……ぶつけるから、拒絶されるんです」
「ん?」
「逆らわず、寄り添う。同調させて……糸にできませんか?」
ボルガンさんの眉が上がる。
「糸、だと?」
「はい。逆鱗を魔力の糸に分解します。それをあなたの技術で布地に織り込むんです」
しばし沈黙。
そして、彼はにやりと笑った。
「……面白ぇ。やってみようじゃねぇか」
逆鱗を包み込むように魔力を流し込む。
最初は固く閉ざされていたその魔力が、少しずつ柔らかく、色も優しい虹色へと変わっていく。
「……今です! 数秒しかもちません!」
私の声に、ボルガンさんが動いた。
熟練の手つきで虹色の糸を織機にかけ、黒い上質な布地に編み込んでいく。
ガシャン、ガシャン――
まるで二人の呼吸が重なるような音が響き、やがて一枚の外套が完成した。
夜の闇のような深い黒。その内側で、編み込まれた虹色がオーロラのように揺らめく。
私たちはしばらく、言葉もなくそれを見つめていた。
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残るは――セレネと竜の魔石。
炉が唸りを上げ、室温が肌を刺すほどに上がる。
セレネを赤熱させ、竜の魔石を別の炎で温める。
二つが金床で触れ合った瞬間、凄まじい魔力の嵐が吹き荒れた。
静かな月鋼と荒々しい竜の魂が互いを拒絶し、ぶつかり合う。
(……負けない……!)
私は白金の魔力で両者を包み込み、血液のように流れを作る。
それに応じるように、刀身の紋様が淡く金色に光り始めた。
「――今だ!」
私の声と同時に、ボルガンさんの槌が振り下ろされる。
澄んだ音が響き、振動が止む。
竜の魔石は柄頭に融合し、心臓のような鼓動を刻み始めていた。
「……できた!」
「……できちまったな嬢ちゃん。俺たちの勝ちだ」
汗だくの顔で笑うその姿に、私はほんの少し、職人としての誇りを共有できた気がした。




