竜の素材と職人探し
翌朝。
宿の一室で、私は机の上に三つの竜の素材を広げていた。
黄金に輝く竜の宝玉。
虹色にきらめく竜の逆鱗。
そして竜の魔石。
部屋の空気は、三つが放つ魔力の圧に押し潰されそうなほど重い。
空気そのものが震え、窓の外の光さえ揺らいで見えた。
「……これ、ただ持ってるだけじゃ勿体ないですね」
自分でも呟いた声が、妙にくぐもって返ってくる。
知識はある。竜の叡智がくれたものだ。
でも、知識と素材だけで戦えるほど世の中は甘くない。
使いこなせなければ、ただの宝の持ち腐れ。
(最高の素材は、最高の職人と出会って初めて本物になる)
そう考えて、私はヴェリスの職人街へ向かった。
石畳を歩きながら、グラックとセレネを作り上げた時のことを思い出す。
あの時だって――あのドワーフの技術があったからこそ形になった。
けれど、現実は厳しかった。
どの鍛冶屋に入っても、反応は似たようなものだ。
「竜の素材? ……はは、嬢ちゃん、寝ぼけてんのかい」
「悪いな、そんなもん手ェ出したら工房ごと吹き飛ぶわ」
笑われるか、呆れられるか。
門前払いを繰り返し、職人街の空気が冷たく感じ始めた頃――私は足を止めた。
(やっぱり、普通の鍛冶屋じゃ駄目ですね)
ならば行くべき場所はひとつ。
私は街の中央、白い石造りの塔――職人ギルド本部へ向かった。
中は冒険者ギルドと違い、静かで落ち着いた空気。
どこか学者の研究室に近い匂いがした。
受付で用件を告げると、職員は一瞬眉を上げたが、すぐに奥の応接室へと案内してくれる。
そこにいたのは、柔らかい笑みと鋭い鑑定眼を持つギルドマスターだった。
あの眼は――素材の本物と偽物を一目で見抜く人間の眼だ。
私は席につくなり、単刀直入に切り出した。
「竜の素材を加工できる職人を探しています」
「……竜の、素材?」
マスターの声は低く、探るようだった。
「君が噂の『竜殺しの少女』か」
「そう呼ばれているのは知っています。……否定はしません」
彼はしばらく沈黙し、それから短く息を吐いた。
「ヴェリス広しといえど、竜の素材を扱える職人は片手で数えるほどしかおらん」
机に肘をつき、指先で軽く天板を叩く。
「その中でも最高は二人だ。一人はエルフの宝飾細工師、もう一人はドワーフの老鍛冶師。……どちらに会いたい?」
「ドワーフの方で」
迷いはなかった。今欲しいのは装飾品ではなく、実用的な武具だ。
「やっぱりそう言うと思ったよ」
マスターはにやりと笑い、机の引き出しから羊皮紙を取り出す。
「名はボルガン。職人街の一番奥に工房を構えている。腕は間違いないが、とんでもなく偏屈だ。普通なら門前払いが関の山だが……」
さらさらと紹介状を書き、私に手渡す。
「『竜殺しの少女』の依頼なら、あの頑固者も興味くらいは持つかもしれん。……健闘を祈るよ」
礼を告げ、再び職人街を歩く。
通りを進むほど人の姿はまばらになり、代わりに鉄と煤の匂いが濃くなる。
やがて、ひときわ古びて巨大な工房が見えてきた。
(……あそこですね)
近づくと、地響きのような槌音が扉の向こうから響いてくる。
意を決して、重い木の扉を押し開けた。
熱気と鉄の匂いが、肌を焼くように押し寄せる。
中央で、ひとりのドワーフが巨大な戦斧を金床の上で打っていた。
岩のような上半身、腰まで届く白い髭。
私が声を発する前に、その鋭い視線がこちらを捕らえた。
「……何の用だ、エルフの小娘。ここは遊び場じゃねぇ。失せな」
短い言葉に、含まれる拒絶は分かりやすいほど濃い。
けれど、私は怯まなかった。
「ボルガンさんにお願いがあって来ました」
紹介状を差し出すが、彼は視線をくれようともしない。
「ギルドの紹介なんざ知ったことか。わしは気に入った仕事しか受けねぇ。ひよっこのお守りを作る趣味はない」
「そうですか」
私は短くそう答えると、作業台に革袋を置き、口を開いた。
「なら、これを見てから判断してください」
袋の中から――三つの竜の素材が現れる。
黄金の宝玉。虹色の逆鱗。巨大な竜の魔石。
工房の空気が一瞬で変わる。
カン、と槌が金床に落ちる音。
ボルガンの瞳が、大きく見開かれていた。
ボルガンは、まるで古代遺物でも見つけたかのように、作業台の上へゆっくりと歩み寄った。
分厚い指先が、虹色の逆鱗をそっとなぞる。硬質な鱗の感触が、鉄を鍛える指を震わせていた。
「……本物だな。しかも、並の竜じゃねぇ。どこの誰がこんな化け物を……」
「私です」
ごく自然に返す。虚勢も誇張もなく、事実だけを述べる。
ボルガンの瞳が、わずかに細まった。
「……嬢ちゃん、名前は?」
「リィアといいます」
「ふん……面白ぇ。大層な二つ名が付いてるって噂も聞いたが、本人はそうでもねぇらしいな」
「名前が武器になる時もありますけど、今は素材の方が重要ですから」
軽く肩をすくめ、机の上の竜の魔石へ視線を移す。
その時、ボルガンの目がふと私の腰の剣――セレネへと向かった。
そして、その厳つい顔に驚愕の色が浮かぶ。
「……おい嬢ちゃん。その剣、見せてみろ」
無言でセレネを差し出す。
彼は刀身を手に取り、角度を変え、光に透かし、指で鍔を叩いて音を確かめる。
その仕草は、まるで長年探し求めていた答えを確かめる学者のようだった。
「……この地金の締まり、このマナの込め方……間違いねぇ。……嬢ちゃん、シルヴァン・フェンリエルって名に心当たりは?」
「……父です」
ほんのわずかに声が低くなる。
「なぜ、その名前を?」
「やっぱりか……! あいつの娘が、竜の素材を抱えてドワーフの工房を叩くとはな……!」
ボルガンは天井を仰ぎ、大きく息を吐いた。
「シルヴァンは、わしの師匠が唯一“好敵手”と呼んだエルフだ。あいつは金属に魂を込めるやり方が、ドワーフの常識とまるで違った……くやしそうに話すくせに、嬉しそうでもあったな」
「……グラックさんとも繋がりが?」
「グラック? ああ、あの頑固者はわしの弟弟子だ。……そうか、あいつもこれを見たらすぐに気づいただろうな」
静かな熱が、会話の中に宿っていく。
私は机の上の三つの素材に手を置き、言葉を選んだ。
「この素材で防具を。……そして、この竜の魔石を、この剣に組み込んでほしい」
ボルガンの目が、再び鋭く光る。
その奥には、もはや私を“ひよっこ”と侮る色はなかった。
「……嬢ちゃん、あんたとんでもねぇ注文をするな」
「無理ですか?」
わざと少し首を傾げてみせる。
「無理だなんて言ってねぇ。シルヴァンの魂が宿った月鋼と、古竜の魂をひとつに――こんな面白ぇ仕事、断る理由があるか!」
彼の声が工房の奥にまで響いた。
ドワーフの頑固さと職人の血が同時に沸き立っているのが分かる。
「……ただし」
私はそこで静かに言葉を挟んだ。
「これはあなた一人の仕事ではありません」
「……ああん?」
不機嫌そうに眉をひそめる。
「最高の武具を作るには、あなたの鍛冶の腕と、私の錬金術の両方が必要です。――共同作業にしましょう」
ボルガンはしばし無言で私を見つめ、それから……腹の底から笑った。
「クハハハハ! いいな! その目ぇ……シルヴァンそっくりだ! 乗った! わしと嬢ちゃんで、歴史に残る傑作を打ち上げてやろうじゃねぇか!」
その瞬間、工房の空気は、熱と鉄の匂いだけでなく、期待と興奮で満たされた。
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ボルガンは、机の上の素材を一度だけ名残惜しそうに見てから、手招きした。
「ついて来い。……ここじゃ落ち着いて話せねぇ」
工房の奥、重たい鉄扉を押し開けると、そこは外の喧噪から隔絶された空間だった。
壁一面に設計図と鉱石の断面図。棚には大小様々な金属塊と、封じられた魔石が並ぶ。
空気は鉄と油の匂い、そして魔力の微かなざわめきに満ちている。
「ここが俺の“考える場所”だ」
ボルガンは椅子に腰を下ろし、顎で作業台を指す。
「並べろ。全部だ。……それと、その剣も」
私は言われるまま、三つの竜素材とセレネを並べた。
金属音ひとつ立てずに置かれたそれらは、ただそこにあるだけで部屋の空気を張り詰めさせる。
「……竜の宝玉はどう使うつもりだ?」
ボルガンが問いかける。
「モノクルに加工します。視覚の拡張と魔力制御の補助に」
「なるほど……無駄がねぇな。じゃあ逆鱗は?」
「外套に編み込みます。打撃と魔法の両方を防げるはずです」
「ほぉ……やるじゃねぇか。竜の魔石は?」
私はセレネを軽く叩き、その黒い刀身を指した。
「ここに組み込みます。父の月鋼と古竜の核を融合させる。……強度も魔力伝導率も、理論上は最高値になります」
「理論上は、な」
ボルガンがにやりと笑う。
「現実にするのは、わしとあんただ」
互いに目を合わせ、短く頷く。
そこからは、息を詰めるような打ち合わせが始まった。
宝玉の研磨角度、逆鱗の切り出し位置、魔石を刀身に組み込むための熱入れの温度と時間……。
ボルガンは長年の経験からくる感覚を、私は竜の叡智から得た理論を、惜しみなくぶつけ合った。
意見がぶつかることもあったが、どちらも一歩も引かないやり取りの末、より高みに届く案が生まれていく。
やがて、作業台の上に簡易設計図と工程表が完成した。
見れば、無駄が一切ない。だが、どこか職人の遊び心が隠されている――そんな計画だった。
「よし……決まりだな」
ボルガンが満足げに腕を組む。
「明日から始める。しばらく工房に通い詰めだ。覚悟しろよ」
「もちろんです。……あなたが諦めなければ、私も諦めません」
ボルガンの口角が上がる。
「気に入ったぜ、嬢ちゃん。……いや、リィア。お前さんはいい顔をしてる」
この瞬間、私とボルガンはただの依頼主と職人ではなく、同じ目標を追う“共同制作者”になった。
鉄と魔力と魂が混ざり合う――そんな日々が、明日から始まるのだ。
前にもこんなことがあったような……
似た展開になってしまってすみません…




