表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
召喚され損ねたこの世界で、ありのままに生きてみる  作者: オオマンティス
商業都市ヴェリス編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

65/113

ヴェリスの波紋

その日のヴェリス冒険者ギルドは、朝からざわついていた。

 空気がやけに熱い。

 原因は――耳に入ってくる同じ話題。


「おい、聞いたか? あのエルフの嬢ちゃんが、アルバレス卿の娘の呪いを解いたらしいぞ」

「呪い? 討伐じゃなくて?」

「ああ。昨日の夜、屋敷から天まで届くような聖なる光の柱が立ったんだとよ」


(……柱か。盛りすぎだろ)


 酒場の席でぼんやり聞き流しながら、私はギルド奥の廊下に目をやった。

 医務室はその先だ。


 あの日――レオンたち《蒼き剣》がボロボロのリィアを担いで戻ってきてから、丸一日。

 まだ彼女は目を覚まさない。

 ギルドマスターのギデオンが口止めをしたはずだが、噂はいつの間にか外へ。

 私の耳にまで届くくらいだ。


「どうやったんだ? あの呪い、《蒼き剣》ですら匙を投げたんだろ」

「だから言ったろ、聖女様みたいな浄化魔法だって」

「馬鹿言え。古竜を一人で落とす聖女がいるかよ」


 憶測は憶測を呼び、話はどんどん膨らむ。

 リィア・フェンリエル――街に来て一月足らずのエルフの少女は、今やヴェリスで一番の噂の種になっていた。


 私は軽くため息をつき、席を立とうとした。

 そのとき、ギルドの空気が一瞬で変わる。

 入り口から現れたのは《深紅の牙》のリーダー、ダリウス。

 尊大な笑みはなく、露骨に不機嫌な顔。

 まっすぐこちらへ歩み寄ってくる。


「よう……例のお嬢ちゃん、まだ寝たきりか?」

「さあ? 私、何も聞いてませんけど」


 声の温度を下げて返すと、彼は舌打ちして視線を逸らした。

「……ちっ。まあいい」


 そのまま受付へ。

 全身から嫉妬と苛立ちが滲み出ている。

 今回の件が《蒼き剣》の手柄になったのが、相当気に入らないのだろう。


 

---



 同じ頃、《深紅の牙》の拠点。

 酒場奥の個室で、ダリウスがエールのジョッキをテーブルに叩きつけた。

 ガシャン、と派手な音。


「あのエルフ……俺たちの誘いを蹴っておいて、《蒼き剣》に媚び売りやがって」


 アルバレス卿の依頼を解決したのがリィア。

 現場にいたのがレオンたち。

 街の噂は《蒼き剣》が謎の凄腕エルフを手中に収めた……そんな論調に傾きつつあった。

 それが、彼にとって何より屈辱だった。


「でも、本当に呪いを解いたんですか? 信じがたいですけど」

「事実だ。ギデオンが確認してやがる」


 吐き捨てるような声。

 そして、にじむ執念。


「あの力も、竜の素材も……全部、元は俺たちが手に入れるはずだった。……いいか、奴の一挙手一投足を見張れ。必ず綻びが出る。その時が、俺たちの出番だ」


 蛇のような目が光った。

 その視線の先には、確かに一人のエルフが獲物として映っていた。




その頃、《蒼き剣》の拠点では、全く別の空気が流れていた。

 作戦室の中央テーブルに地図を広げ、メンバーが輪になっている。


「……信じられませんね」

 ヒーラーのミーシャが、ペンを持ったまま小さく息をつく。

「私でも手も足も出なかったのに、あの子は……。一体どういう系統の魔法なんでしょう」


「系統の問題じゃないかもな」

 盾役のグレンが腕を組む。

「問題はこれからだ。街中の有力者が彼女に目をつけてる。俺たちも下手に動けば敵を増やす」


 レオンは黙って壁の地図を見つめ、しばし考えてから振り返った。


「……ああ、その通りだ。リィア君は、もはやただの冒険者じゃない。ヴェリスの力関係を塗り替えかねない――切りジョーカーだ」


 その言葉に、場が一瞬だけ静まる。

 やがてレオンは皆を見回し、真っ直ぐに言った。


「それに、我々は約束をしている。我々しか掴んでいない情報を渡すとね」


 ミーシャの目がわずかに揺れる。

「……本当に渡すんですか? あれを」


「当然だ。彼女が目覚め次第、約束は果たす。それが《蒼き剣》の信義だ」

 レオンはためらわない。

「その上で、改めて提案する。――同盟を、対等な立場で」


 グレンがふっと鼻を鳴らした。

「対等ねぇ……。あんた、あの子の潜在力をそこまで見込んでるのか?」


 レオンは薄く笑った。

「見込むも何も、もう証明しただろう。呪いの解呪も、竜討伐も。――あれを見て、まだ疑えるか?」


 メンバーは言葉を失う。

 その中心にいるはずのエルフは、まだ深い眠りの中だった。




---




どのくらい眠っていたのだろう。

 意識は、深い水底からゆっくりと浮かび上がるように戻ってきた。

 最後に覚えているのは、骨まで冷えるような呪詛の抵抗と、それを押し返すために絞り切った魔力の感覚。

 ……けれど今は、不思議と体の芯にまで澄んだ光が満ちている。


 ゆっくりと目を開ける。

 見えたのは、ギルド医務室の白い天井。


「……目が覚めたのね。気分はどう?」


 静かな声が耳に届く。

 ベッド脇の椅子に腰掛け、本を開いたまま私を見下ろすミーシャさんがいた。

 彼女の表情は、ふっと肩の力を抜いたような安堵に満ちている。


「……ああ、もう大丈夫です」

「ちなみに、どのくらい寝てたんです?」


「丸一日」

 少し眉を下げ、呆れたように微笑む。

「本当に無茶をするんだから、あなたは」


 私は半ば苦笑いで返す。


 ミーシャさんは、卓上の水差しからコップに水を注ぎ、私に手渡した。

「……ほら、水分補給」


「ありがとうございます」

 軽く会釈すると、彼女は首を横に振った。

「礼を言うのはこっちよ。――あの子を救ってくれて、ありがとう」


 ……この人の言葉は、無駄に飾らないぶん、やけに胸に残る。

「まあ、やれることをやっただけですよ。半分は意地ですし」


 コップを置いたところで、コンコン、と扉がノックされた。

 入ってきたのはレオンさんだ。

 いつもの涼しい顔に、わずかな安堵の色が混ざっている。


「……リィア君。目が覚めたと聞いてすぐに来た。体調はもういいのかい?」


「ええ、だいたいは」


「そうか。……なら丁度いい」

 そう言って、彼の声の調子が少し変わった。


 懐から取り出されたのは、蒼い蝋で封印された羊皮紙。

 表面には《蒼き剣》の紋章が刻まれている。

 封蝋は一度壊せば二度と戻らない、完全な一回きりのものだ。


「我々が掴んでいる『勇者一行』に関する、全ての情報だ」


(勇者一行……やはり彼らも来ていたんですね)


「約束だからな」

 それだけ言って、彼は手紙を差し出す。


 薄い羊皮紙のはずなのに、ずっしりとした重みが掌に伝わってくる。


 私は喉の奥で小さく息をつき、封蝋へ指をかけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ