交渉のテーブル
英雄、竜殺し、ゴールドランク。
街を歩けば、誰もが私をそう呼ぶ。
それは鎧のように私を守るけれど、息苦しい首輪にもなっていた。
有力者からの誘いは絶えない。
ギルドの冒険者たちも、あの戦いのあとからどこか遠巻きだ。
(……このままじゃ、ただの見世物だ)
宿の部屋で窓の外を見つめながら、私は静かに息を吐く。
その呼吸に合わせるように、胸の奥で小さな決意が固まった。
向かうのはギルドではない。
以前、情報屋からこっそり聞き出しておいた――「蒼き剣」の拠点。
ヴェリスの貴族街の一角。
白亜の建物は質素で派手さはないが、どこか整然とした威厳をまとっている。
門の前の見張りが、私を上から下まで一瞥した。
「ゴールドランクのリィア・フェンリエルです。……レオンさんに、お取り次ぎをお願いできますか?」
言い方はあくまで柔らかく、しかし有無を言わせぬ調子。
見張りは一瞬固まり、慌てて中へ駆けていった。
数分後、現れたのは本人――レオン。
「リィア君……どうしてここに? 何かあったのかい?」
「お話がありまして。……立ち話で済むものではないので、中でお願いできますか?」
ほんのわずかに笑みを添えて言うと、彼の警戒が少し緩んだ。
蒼き剣との対面
「……意外だな。君の方から来てくれるとは。どうぞ」
案内された室内は、ギルドのようなざわめきとは無縁だった。
磨かれた床、整然とした家具、壁に掛けられた静かな風景画。
まるで騎士団の詰所のような整然さがある。
応接室には三人の仲間が待っていた。
谷で治療してくれたヒーラーのミーシャ、屈強な盾役の男、軽やかな斥候の女。
視線が一斉に集まり、興味と警戒が入り混じる。
「話とは何かな? 我々にできることなら協力は惜しまないが」
レオンの声に、私は首を振る。
「先日はお気遣いありがとうございました。でも……どなたかの保護下に入るつもりは、ないんです」
きっぱりとした声色に、空気が少し張りつめる。
「代わりに――取引をさせていただきたくて来ました」
「取引?」
「はい。『蒼き剣』でも手を焼いている問題はありませんか? 力押しではどうにもならない、少し面倒な案件とか」
ミーシャがわずかに目を細める。
「自信満々ね。私たちが手こずる依頼を、あなたが?」
「ふふ……そんなつもりはありませんよ。
ただ、世の中には剣や火球だけでは解けない結び目もあります。
私は治癒と強化、それに構造解析が得意でして。……もし、その結び目がその辺りに絡んでいるのなら、お力になれるかもと思っただけです」
レオンが少し沈黙し、やがて口元を緩める。
「……面白い。やはり君は面白いな」
仲間に視線を送り、彼は頷いた。
「実は、一つある。我々が長く手を焼いている依頼だ。君の力が役立つかもしれない」
「お聞かせください」
「……都市貴族アルバレス卿の一人娘が、一月ほど前から奇妙な眠り病にかかっている」
「眠り病……?」
「ああ、『荊の眠り呪い』と呼ばれている。一度眠れば二度と目を覚まさない。
食事も水も不要、衰弱は見られない……ただ、生命力だけが少しずつ削られていく」
ミーシャが唇を引き結ぶ。
「王都から高名な神官も来たわ。最高位のヒーラーも。でも駄目。
回復も解呪も効かないどころか、悪化させることもあったの」
「……呪いの媒体と思しき魔法具すら、特定できていない」
「その依頼、私にお任せいただけますか?」
間髪入れずに言うと、レオンの声が少し上ずった。
「本当か!」
「ただし、条件があります」
私は一度全員を見渡し、ゆっくりと告げる。
「成功報酬の金貨は結構です。その代わり――あなた方しか知りえない情報をください」
応接室が静まり返る。
仲間たちは互いに視線を交わし、困惑を隠せない。
勇者の情報は国家機密に等しいはずだ。
レオンはしばらく私を見つめ、やがて小さく笑った。
「……なるほど。君の本当の狙いは‘‘情報‘‘か」
「ええ、まあそんなところです」
レオンは短く目を閉じ、頷く。
「分かった。取引成立だ」




