次の街へ
次の目的地は、商業都市ヴェリス――。
そう決めた私は、宿に戻るなり、早速旅の準備を始めた。と言っても、元々が旅仕様の荷物なので、やるべきことはそう多くない。
「食料と水は……これで足りますね。傷薬は、ミエルがくれた分も合わせて多めに。そして、セレネの手入れは念入りに……」
一つひとつ、指差し確認をしていく。その時、ふと手が止まった。
ロックリザード、ゴブリン、鉄鋼猪――この街に来てからの、いくつかの実戦。あの戦いで積み重ねた経験が、どれほど今の自分を成長させてくれたのか、客観的な「数字」で知っておきたかった。
(……そうですね。自分の現在地は、正確に把握しておくべきです)
私は冒険者ギルドへと、再び足を向けた。
ホールの隅に、ぽつんと置かれた鑑定用の水晶玉。有料の魔道具のはずだが、「登録済みの冒険者は無料」という太っ腹なサービスは、実にありがたい。
私が水晶に手を触れると、温かい光が指先から全身に広がり、新しい情報が脳裏に直接浮かび上がってきた。
(レベル……八? ふむ、ずいぶん上がりましたね)
【名前:リィア・フェンリエル】
【クラス:該当なし】
【レベル:8】
【HP:250/250 (+70)】
【MP:620/620 (+120)】
【筋力:28 (+18)】
【耐久:23 (+7)】
【敏捷:55 (+27)】
【知力:120 (+35)】
【器用:110 (+28)】
【幸運:60 (+0)】
【スキル:生命活性、物質同調、身体活性、構造解析、魔力循環、剣術(初級)】
魔力の最大値が大きく伸びているのは、嬉しい誤算だ。そして――。
「剣術……スキルとして、定着しましたか。これは、少しだけ嬉しいですね」
セレネを振るうたび、身体に染み込んでいく確かな感覚があった。それが、こうして明確な「力」として形になったのだ。
水晶から手を離すと、自然と笑みがこぼれた。
「よし。これなら、次の街でも十分に戦えます」
「お、リィアさんじゃねえか。レベルアップかい?」
声をかけてきたのは、カインさんだった。
「ええ、少しだけ。カインさんも、依頼帰りですか?」
「おう! おかげさんで、こっちもアイアンランクに片足突っ込めたぜ! ……にしても、レベル8かよ。俺の倍近くあるじゃねえか……化け物だな、あんた」
「失礼ですね。これも、日々の地道な努力の賜物ですよ」
私がそう言って優雅に微笑むと、彼は「へいへい」と降参するように両手を上げた。
ギルドを後にし、次に向かったのは北区画の職人街。
カンカン、と聞き慣れた金属を打つ音が、私を迎えてくれた。
扉を開けると、グラックさんが額の汗を拭いながら、熊のような巨体で振り返った。
「おう、嬢ちゃんか。どうした、セレネの具合でも悪いのか?」
「いいえ、切れ味は絶好調です。ただ……明日、この街を発ちますので、そのご挨拶に」
私の言葉に、彼は一瞬だけ目を丸くし、それから「はっ」と、いつものように豪快に笑った。
「まあ、そうだろうな。あんたみてぇな渡り鳥が、ずっとこんな田舎の巣箱に収まってるはずがねぇ」
彼は壁に立てかけてあったセレネを手に取ると、その黒い刀身を光にかざす。
「こいつは、お前さんとわしで魂込めて作った、最高の剣だ。だがな、どんな名剣も、手入れを怠りゃただの鉄屑だ。分かってるな?」
「はい。私の、相棒ですから」
グラックさんは満足そうに頷くと、懐から小さな布袋を取り出した。中には、夜空のように深い蒼色をした、美しい砥石が入っている。
「『星屑の砥石』だ。魔力を帯びた刃を研ぐための、特別な代物よ。セレネには、これくらい上等なもんが必要だろう。……餞別だ。持っていけ」
私は思わず、目を見開いた。
「グラックさん、これはあなたの商売道具では……」
「うるせえ! わしがやりたくてやってんだ! 弟子に道具の一つもやらんで、何が師匠だ!」
無理やり私の手に砥石を握らせると、彼は照れくさいのか、顔を背けてしまった。
「さっさと行け! これから打ちたい鉄が山ほどあるんだ、忙しい!」
「……本当に、ありがとうございました。このご恩は、一生忘れません」
背後で、カンッ、と。力強い槌の音が、再び響き始めた。
それは、彼なりの不器用なエールだった。
次に向かったのは、南通りの薬屋――『囁きの薬瓶』。
扉を開けると、カランコロンと、軽やかな音が響いた。
「はーい!」
奥から、元気な声と可愛らしい足音が近づいてきて、小さな少女がひょっこりと顔を出す。
「あっ! 妖精のお姉ちゃん!」
リリちゃんが、勢いよく駆け寄ってきて、私の足にぎゅっと抱きついた。
「こら、リリ。お客さんに、そんなはしたないことをするんじゃない」
奥から現れたセトさんの顔には、もう以前のような疲れの色はない。
「これはこれは、リィア殿。よく来てくだされた」
「こんにちは、セトさん、リリちゃん。すっかり元気になったみたいで、私も嬉しいです」
「ああ、これもみんな、あなた様のおかげじゃ。街中の医者が匙を投げたというのに……感謝してもしきれんよ」
温かい薬草茶をいただきながら、私は本題を切り出した。
「実は、明日、この街を発つことにしました。そのご挨拶に、と」
「……そうですか。それは……寂しくなりますな」
私の足元で、リリちゃんが不安そうに私を見上げた。
セトさんは、カウンターの下から一つの木箱を取り出した。
「旅の助けになればと、いくつか用意しておいた。最高品質の空の小瓶と、この辺りでしか採れん希少な薬草じゃ。これがあれば、どこでも薬が作れるじゃろう」
「……ありがとうございます。本当に、心強いです」
「お姉ちゃん、これ……」
すると、今度はリリちゃんが、私の前に、少しだけ不格好な白い花の腕輪を差し出した。
「私が作ったの! お守り……あげる!」
「……大切にします。ありがとう、リリちゃん」
二人に見送られ、店を後にする。花の腕輪を胸元でそっと握りしめながら、私は西門へと足を向けた。
一時間ほど歩き、メーヴィスさんの農場が見えてくる。母屋から顔を出した彼が、驚いたように声を上げた。
「おお、リィア殿! 街に戻ったんじゃなかったのか?」
「明日、発ちますので、最後にご挨拶を、と思いまして」
「……そうか。まあ、あんたみてぇなお方が、いつまでもこんな田舎にいるわけもねぇわな」
家の中に招かれ、瑞々しい果実を勧められる。
「これは……太陽の実とは、また違いますね」
「ああ、この土地特有の果物だ。うまいだろ?」
「ええ、とても」
「次は、ヴェリスへ行くんだったな」
「はい」
「……あそこは、でかくて、良い話も悪い話も多い街だ。人を信じるなとは言わん。だが、疑うことは忘れんでくれ」
「肝に銘じます」
立ち上がると、布包みにされた太陽の実を、どさりと差し出された。
「持っていけ。腹が減っては、戦はできんからの」
「ありがとうございます。本当にお世話になりました」
「……おう。達者でな」
農場を出て街に戻る頃には、空はすっかり茜色に染まっていた。
私はその足で、最後の挨拶のために、冒険者ギルドへと向かった。
カウンターでは、サラさんが私に気づき、手を振る。
「なんだいリィア、また面倒ごとでも持ち込んできたのかい?」
「いいえ。明日、この街を発ちます。お世話になった、ご挨拶に」
その瞬間、彼女のからかうような笑みが、少しだけ寂しそうに消えた。
「……そうかい。まあ、あんたがここに長居するとは思ってなかったけどね。で、次は?」
「商業都市ヴェリスです」
「ヴェリス、ねぇ」
会話を聞きつけたカインさんが、ジョッキ片手に割り込んできた。
「マジかよ、リィアさん! あそこはヤベえぞ、色んな意味で!」
「『ヤベえ』、ですか?」
「ああ! でっけぇ街だからな、派閥みてぇなのもあるし、最初は変な奴に絡まれねぇように、マジで気をつけろよ!」
サラさんも、肘をつきながら頷く。
「カインの言う通りだよ。あんたは腕も立つけど、それ以上に見た目が目立つからね。面倒な連中に目をつけられる前に、こっちでやったみたいに、誰も手出しできない実績を、さっさと作っちまいな」
「お二人とも……ご心配、痛み入ります。覚えておきますね」
ギルドを出ると、空には一番星が瞬き始めていた。
宿で荷物を整え、静かに一晩を過ごす。
翌朝。まだ陽が昇りきらぬ南門の前。
門番に鉄のプレートを見せると、彼は「達者でな」と、力強く敬礼して門を開けてくれた。
黄金色の光が、ヴェリスへと続く街道を、どこまでも照らしている。
私は一度も振り返らず、その道を踏み出した。
辺境都市 アークライト編 これにて終わりとなります!
次回より新章 商業都市ヴェリス編が始まります。
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