表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
召喚され損ねたこの世界で、ありのままに生きてみる  作者: オオマンティス
辺境都市アークライト編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

48/113

セレネの試し斬り

グラックさんの工房で、セレネが完成してから数日。

私は宿屋と工房の往復だけで日々を過ごしていた。

槌音と炉の熱、金属の匂い――それらに包まれながら、ドワーフの鍛冶の基礎や鉱石の見分け方を、まるで孫でも育てるように教えてくれるグラックさん。

そんな日々は、穏やかで、そして十分に充実していた。


……それでも。


(……試してみたいですね)

胸の奥で、日に日に大きくなる衝動。

セレネの切れ味を。そして、この剣を手にした私自身の力を。


その日の昼下がり、私は久しぶりに冒険者ギルドの扉を押した。

中は、相変わらず喧騒と笑い声と、酒と革と金属の匂いで満ちている。


掲示板に向かおうとしたところ――


「お、リィアじゃねえか! ずいぶん顔見なかったけど、どこに隠れてたんだ?」


ひらひらと手を振る声に振り返る。

剣士カインが仲間たちと酒杯を手に笑っていた。


「こんにちは、カインさん。……隠れてたわけじゃないですよ。ただ、ちょっと籠もってたんです」


「籠もってたって……ああ、メーヴィスの爺さんのとこの幽霊退治か! 聞いたぜ、すげえ手際だったって!」


「……大袈裟ですね。半分は、噂好きの人たちが付け足した話ですよ」


「ははっ、お前はそう言うけどなぁ。俺なら幽霊なんて出た時点で帰ってるぜ」


「そうなんですか? でも、ああいうのって案外、理屈が分かれば簡単なんですよ」


カインは「いやいや」と首を振って笑い、私の腰元に視線を落とした。


「……お、新しい剣じゃねえか。それ、ひょっとして例の?」


「はい。グラックさんのところで。……どうです? 見事なものでしょう?」


「ほう……黒い刃か。どんな切れ味なのか気になるな」


「私も、です。だから今日は――少し身体を動かしてみようかと思いまして」


「なるほどな。ま、無茶すんなよ?」


「もちろんです」


軽く笑い合って別れ、私は掲示板へ向かう。

銅の掲示板に並ぶ依頼の紙。その中の一枚に目が留まった。


『依頼内容:鉄鋼猪アイアンボアの討伐。場所:南の平原、農耕地帯。報酬:銀貨三十枚』


(……鉄鋼猪。うってつけですね)


依頼書を剥がし、受付カウンターへ。

そこにはサラさんが肘をついてこちらを眺めていた。


「ほう……今度は討伐かい。あんた、すっかり冒険者らしくなったじゃないの」


「らしく、ですか? ……じゃあ、この剣も喜びますね」


「相手は鉄鋼猪だよ? あれは硬いよ。魔法だけじゃ厳しいんじゃない?」


「はい。それも承知です。でも――そのために、これを作ったんです」


柄に添えた手を、わずかに持ち上げて見せる。

サラさんは目を細め、少しの間だけ私を観察した。


「……いい目だね。分かった、任せるよ。無事に帰っておいで」


「ありがとうございます。……期待に応えられるといいんですけど」


受け取った依頼書を鞄にしまい、私は南門へ向かった。

平原へ続く道を抜け、初陣の場へ――心は静かに、けれど確かに高鳴っていた。



アークライトの南門を抜けると、そこは見渡す限りの農耕地帯だった。

丘陵に沿って黄金色の麦畑が揺れ、遠くでは水車がゆったりと回っている。

東の森の鬱蒼とした気配とも、西の草原の荒々しい自然とも違う。

人の手で丹念に育まれた、穏やかな景色だ。


(……静かで、いい場所ですね)


こんなのどかな風景に、鉄鋼猪が出るとは信じがたい。

依頼書に記された農村へ足を向けると、十数軒ほどの素朴な家並みが現れた。


村の入り口に近づくと、畑仕事の手を止めた村人たちがこちらを見た。

最初の視線は警戒と困惑――やがて、それが別の色に変わっていく。


一人の老婆が、恐る恐るといった様子で歩み寄ってきた。


「……まあ……森のお方様……? わしらの村に、何か御用でございますか……?」


「森のお方、ですか。……いえ、冒険者ギルドから参りました。リィアと申します。鉄鋼猪の件でお話を伺いに」


老婆は一瞬目を瞬かせ、それからほっと息をついた。


「まあまあ……冒険者様でございましたか!」


声を張り上げ、後ろの村人たちに呼びかける。


「おおいみんな! ギルドから助けが来てくださったぞ!」


村人たちがわっと集まる。

ただ、誰も無闇に近寄ってはこない。一定の距離を保ちながら、憧れと畏れの混じった目でこちらを見ている。


「お嬢様……本当に、あの化け猪をお一人で?」


「ええ、そのつもりです。……だめですか?」


その静かな返事に、ざわめきが広がる。


「お、俺が案内します!」

「いや、俺のほうが道に詳しい!」


青年たちがしどろもどろに声を上げる。

あまりの必死さに、私は小さく笑ってしまった。


「ありがとうございます。でも……争うほどのことじゃないですよ。順番に案内していただければ」


笑顔を向けると、彼らは固まり、耳まで赤くなってしまった。


結局、二人の青年が案内役を買って出ることになり、私は村の外れへ向かった。

畑はひどい有様だった。踏み荒らされ、牙で根こそぎ掘り返された作物。大地には巨大な蹄跡が深く刻まれている。


(……この足跡。相当な重量ですね)


追跡は容易だった。

鉄鋼猪は自分の力を隠す必要がないとばかりに、痕跡をそのまま残している。


やがて、小高い丘の中腹――岩場に囲まれた窪地に、その姿があった。

馬ほどの巨体。全身を覆う鉄色の皮膚は鈍く光り、二本の牙は磨き上げられた鋼のようだ。


鉄鋼猪は木の根を掘り返していたが、やがて私の気配に気づいた。

赤い瞳がこちらを捉え、鼻息を荒げる。


「……威嚇、ですか。いいですよ。試してみましょう」


蹄で地面を掻く音。

私はゆっくりと、セレネを抜き放った。黒い刀身が陽光を吸い込み、鈍く輝く。


風が、静かに草原を渡った。




先に動いたのは、鉄鋼猪だった。


「ブゴォォォォッ!」


耳を突き破るような咆哮。地面を砕く蹄の衝撃が、土を跳ね上げる。

まるで鉄塊が暴風をまとって迫ってくるかのような突進だった。


(速い)


けれど、胸の内は静まっていた。

「強化」

金色の魔力が全身を満たし、視界が澄み渡る。

突進の軌道も、風切り音も、わずかな筋肉の動きさえも手に取るように見えた。


「そこで終わりです」


わずかに身を引き、牙の軌道を外す。

露わになった首筋へ、セレネを送り込む。

風を裂く音と同時に、全てが断たれた。


巨体が二歩、三歩と進んでから、重力に引かれるように崩れ落ちる。

切断面は驚くほど滑らかで、鉄の皮膚の存在などなかったかのようだ。


「よく切れますね、あなたは」


転がった頭部の赤い瞳には、まだ状況を理解できない驚きが宿っていた。


私は刀を軽く振って血を払い、しゃがみ込む。


二本の大牙を引き抜き、手の中で重みを確かめる。


視線を残された巨体に移す。

「肉も皮も骨も、村では役に立ちます。置いて帰るのは惜しいですね」


魔力を深く引き上げる。

金色のオーラが炎のように立ち上り、体の奥に力が漲る。

亡骸を肩に担ぎ上げると、その重さはただの大きな荷物程度にしか感じられなかった。



麦畑を抜けて村へ向かう途中、遠くで作業していた村人たちがこちらを見つけ、手を止めた。

やがてざわめきが広がり、視線が集中する。


「……あれは……」

「まさか、あの化け猪を……?」


近づくにつれ、その表情は驚愕から確信へと変わっていく。


村の入り口で立ち止まり、私は肩から鉄鋼猪を下ろした。

地面が鈍く震え、土埃が舞う。



一拍の静寂。

次の瞬間、村全体が歓声に包まれた。


「やったぞ!」

「これで畑が守られる!」

「本当に一人で……信じられない……!」


涙を流す者、笑い合う者、両手を合わせる者。

昼間案内役を争っていた青年たちは、腰を抜かしたまま私を見上げていた。


「お怪我は……ないのですか?」

「ええ、無傷です。想定通りでしたから」


そう答えると、村人たちはさらに驚いたようにざわめく。

老婆が私の手を握りしめた。

「神さまのようなお方だ……」


「それは違います。ただの冒険者ですよ。……剣が優秀なだけです」


そう言って肩越しにセレネの刀身を撫でると、夕陽を受けて黒い刃が淡く光った。

アイアンボア、危険度でいうと S~F のなかではD程度です。

ちなみにロックリザードはC+~B-

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
セレネって刀なの?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ