ドワーフの炎
その日から、私は毎日のようにグラックさんの工房へ通うことになった。
アークライトの鍛冶屋といえば、どこも熱と金属の匂いに包まれているものだが――この工房は別格だ。
炉の奥には、街の地下を流れるマグマの熱を直接引き込む仕組みがあり、その熱量は常軌を逸している。
「嬢ちゃん、準備はいいか!」
開口一番の声も、熱気に揺れる空気を震わせた。
工房の中はまるで蒸気風呂のようで、裸になった上半身からは滝のような汗が流れ落ちている。
この環境に慣れているらしいグラックさんは、息一つ乱さず炉の調整に集中していた。
「月鋼はな、普通のやり方じゃ傷一つつかねぇ。まずは炉を限界まで上げる。お前さんはその間に、月鋼と魔石のマナの流れを読み切れ。いいな?」
「わかりました」
私は作業台の脇に置かれた椅子に腰を下ろし、置かれた素材を静かに見つめた。
月鋼と、ロックリザードの魔石――どちらも、この街で目にすること自体が稀な品だ。
目を閉じ、意識を深く沈める。
月鋼の内部は、まるで一枚の水晶のように隙間なく組み合わさったマナの結晶構造で覆われていた。
その結びつきは、異物の侵入を拒む完全な静止――まるで「完成」という概念そのものを形にしたかのようだった。
(父は……これをどうやって加工したのか)
対する魔石は正反対だ。
土の魔力が荒々しく渦を巻き、生前のロックリザードの獰猛さをそのまま閉じ込めている。
静と動、安定と暴力――あまりに性質の違う二つの存在。
(これを一つに……それが課題ですね)
口元が、わずかに緩む。困難は嫌いではない。
「いくぞ、嬢ちゃん!」
グラックさんの声に目を開ける。炉の奥は眩い白光を放ち、熱が頬を刺した。
彼は巨大なやっとこで月鋼を掴み、炎の中心へと沈める。
だが月鋼は赤くもならず、静かに黒い輝きを湛えていた。
普通の金属なら一瞬で溶ける熱量でも、表情一つ変えない――まるで炎そのものを飲み込んでいるかのように。
「……まだ足りねぇのか」
低く吐き捨てる声。
「嬢ちゃん、やってくれ!」
「承知しました」
私は炉へと歩み寄り、炎に包まれた月鋼へ手をかざす。
己の魔力を流し込み、結晶構造の奥へと染み込ませる。
外からの熱だけで崩れぬなら、内から揺さぶるまで。
(――物質同調)
魔力に呼応して、月鋼の粒子が微かに震えた。
「おお……!?」
グラックさんの声と同時に、黒一色だった表面が中心から深紅に染まっていく。
「すげぇ……今だ!」
赤熱した月鋼が炉から引き上げられ、金床の上で火花を散らす。
グラックさんが巨大な槌を振り下ろし、鋭い金属音が工房に響き渡った。
グラックさんの槌が振り下ろされるたび、金床の上で月鋼が鈍く震えた。
完璧すぎるその構造が、一瞬だけ乱れて――私の出番になる。
私はその歪みへ魔力を流し込み、粒子の一つひとつを導き直す。
熱に耐えながら、形を保たせるための支えを作る。それが整った瞬間、再びグラックさんの槌が落ちる。
カンッ! カンッ!
「ふむ……悪くない呼吸だな、嬢ちゃん」
「当然です。無駄打ちは嫌いですから」
短いやり取りの合間にも、工房の中の熱気は増していく。
息を吸うだけで肺の奥が焼けるようだったが、不思議と足は止まらなかった。
私の魔力と彼の鍛造、そのリズムが揃っていくのが分かる。
やがて、ただの塊だった金属が、剣の輪郭を帯び始めた。
その瞬間、グラックさんの目が僅かに細くなる。
「……ここだ」
次の一撃は、普通の鍛造とは違う。槌の振り方が大きく変わった。
彼が折り返しを加えるたび、刀身の表面に幾何学的な影が浮き、そして消える。
「……っ」
私は思わず足を踏み出していた。
影はやがて、龍の鱗を思わせる規則正しい紋様に変わっていく。
溶けるような熱の中でも、その美しさは凍りつくほど鮮烈だった。
「……龍の鱗。ドワーフの古代鍛造術ですね」
「お、知ってるのか」
「書物でしか見たことはありませんけど。本物は……こうなるんですね」
自分でも分かるほど、声がわずかに弾んでいた。
その様子にグラックさんが片方の口角を上げる。
「へぇ、嬢ちゃんにもそういう顔ができるんだな」
「……余計なことは言わないでください」
冷静さを取り戻そうと視線を逸らしたが、胸の奥の熱までは誤魔化せなかった。
槌と魔力、二つの呼吸が再び噛み合い、鍛造は続いていった。
ついに刀身が完成に近づいた頃、グラックさんが作業台の上の魔石を指で叩いた。
「――ここからが本番だ。静かな月鋼と、荒々しいロックリザードの魔石。普通に合わせりゃ、喧嘩して砕け散る」
「なら、喧嘩させなければいいだけですね」
「ははっ、言うじゃねぇか。……嬢ちゃん、繋ぎ止められるか?」
「もちろんです」
鍔元に刻まれた溝へ、魔石がそっとはめ込まれる。
瞬間、びりりと空気が裂けた。月鋼が全力で魔石を拒絶し、刃が細かく震え始める。
「今だ!」
私は両手をかざし、魔力を流し込む。
治癒の白と強化の金――私という器の中で、二つの属性が混ざり合い、緩衝材となって月鋼と魔石の間を満たす。
(落ち着いて……暴れなくていいんですよ)
まるで荒馬を撫でるように、魔力をそっと馴染ませていく。
頬を伝った汗が、金床に落ちる音すら聞こえるほどの集中。
やがて、刃の震えが収まり、魔石が一度だけ脈打った。
その力が刀身に広がり、龍の鱗の紋様が淡い琥珀色の光を帯びる。
「……成功ですね」
「……ああ。こいつは、わしの生涯最高傑作だ」
グラックさんが柄に革を巻き、剣を差し出す。
受け取った瞬間、重さと温もりが掌に溶け込んだ。初めから私の一部だったかのように。
「名を付けてやれ。こいつはもう、お前の相棒だ」
「……『セレネ』。月と大地を、ひとつに繋ぐ名です」
「セレネ、か……ふっ、いい名じゃねぇか」
工房の薄明かりの中、黒い刀身は静かに、しかし確かに輝いていた。
セレネという名はギリシャ神話に出てくる月の女神から拝借しています(月鋼だから)




