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S5 ロックリザード

最初の戦闘の勝利は俺たちに大きな自信を与えてくれた。

ダンジョンの一階層に出現するゴブリンたちはもはや俺たちの敵ではなかった。

桐谷の的確な分析と俺の指示、そして仲間たちの連携。俺たちは危なげなく第二階層、第三階層へと駒を進めていく。


俺たちは戦いを経る度に強くなっている。

その確かな実感があった。


「へっ楽勝だな。この調子なら第五階層どころか第十階層くらいまで行けるんじゃねえか?」


第二階層を突破した時、葛城のパーティと合流した際にあいつはそう言って笑った。

俺もその時は同じような高揚感を感じていた。

この力があればどんな敵にも負けるはずがないと。


三階層も危なげなく突破した。

そして俺たちは第四階層へと続く階段の前に立っていた。

だがその黒く口を開けた階段の入り口から漂ってくる空気は今までとは明らかに違っていた。



(……なんだこの重い空気は……)

じっとりと肌にまとわりつくような湿気。

そして微かに獣の血の匂い。

パーティに緊張が走る。

俺はパーティの後方で相変わらず黙って周囲を観察している桐谷に声をかけた。


「桐谷、何か分かるか?」


俺の問いに桐谷はこちらを見ようともせず、ただ階段の闇を見つめたまま答えた。


「……ああ。分かるさ。何もかもな」


その平坦な声がやけに不気味だった。


「ったく……。早く教えろ」

俺が少し苛立ったように言うと桐谷は面倒くさそうに一度ため息をついた。


「この階層から魔力の密度が跳ね上がる。それに徘徊している魔物のレベルと種族が全く違う。ゴブリンのような雑魚はもういない」


ごくりと誰かが息を呑む。

桐谷は続ける。


「……それとこの階層全体に微弱な認識阻害の結界が張られているな。俺の『目』は欺けないが、普通の人間なら奇襲を受けて死ぬだろうな」


「……分かった。ありがとう」


俺は礼を言うと仲間たちに向き直った。


「ここからは今まで以上に警戒を強めていく。絶対に油断するな」


俺たちは頷き合うとゆっくりと第四階層へと足を踏み入れた。

桐谷の存在がこれほど頼もしく、そして同時に恐ろしく感じられたことはなかった。



第四階層は岩場と洞窟が入り組んだ複雑な地形だった。

壁にはまるで巨大な刃物で抉られたかのような生々しい傷跡がいくつも残されている。

そして何より厄介なのが桐谷の言っていた「認識阻害の結界」だった。

視界が時折ぐにゃりと歪み遠近感が掴みにくくなる。まっすぐ歩いているつもりが気づけば壁にぶつかりそうになっているということすらあった。


「桐谷どっちだ? 何かいるか?」


俺はパーティの目となった彼に常に確認を取りながら進んだ。


「右の通路三十メートル先に一体。岩陰に擬態している」


桐谷は相変わらずの調子でしかし的確に敵の位置を教えてくれる。

俺たちは彼の指示に従い無駄な戦闘を避けながら慎重に奥へと進んでいった。


そしてひときわ大きな広場のような洞窟に出たその時だった。

桐谷がぴたりと足を止めた。


「……まずいなこれは」


その声には初めて焦りの色が浮かんでいた。


「どうした!?」

俺が叫ぶのと同時だった。

「囲まれている! 三方向からだ! 速い……!」


桐谷の警告が終わる前にそいつらは来た。

ガガガッ!

右側の壁を突き破り一体。

天井の暗闇から音もなく飛び降りてきて一体。

そして俺たちの正面の通路からもう一体。

岩石のような灰色の皮膚。全長は三メートル近い巨大な魔物。

ロックリザード。

それが三体。


「陣形を組め!」


俺は叫んだ。

だが遅い。

三方向からの完璧な奇襲。俺たちの陣形は完全に分断されてしまった。


佐伯と太田がそれぞれ一体ずつを引き受ける。

だが相手の動きが速すぎる。

盾で防ぐのが精一杯で反撃の隙が全くない。

ガギンッ!

佐伯の盾に巨大な爪が叩きつけられ彼が数歩後ずさった。


「佐伯!」


俺が助けに入ろうとする。だがその俺の前に三体目が立ちはだかった。


(くそっ……!)


俺は聖剣術を発動させ剣を振るう。

だがその刃はロックリザードの硬い皮膚に火花を散らし弾かれた。


「――聖なる光よ! ホーリーライト!」


後方から桜井さんの声が響く。

まばゆい光が魔物たちの目を眩ませた。

その隙に俺たちはなんとか体勢を立て直す。

だがすぐにロックリザードたちが我に返り、その濁った瞳にさらなる怒りの色を宿らせた。


一体が目標を後衛の魔法使いたちへと変える。


「まずい! 後衛を守れ!」


俺が叫ぶ。

だが間に合わない。

魔物の巨大な尻尾が鞭のようにしなり、高坂たちへと叩きつけられようとしていた。


「――身代わり!」


太田の叫び声が響いた。

守護士である彼の身体が淡い光を放つ。

次の瞬間彼は魔法使いたちの前に弾丸のように転移していた。

そして高坂たちの代わりにその巨大な尻尾の直撃をその身に受けた。


ゴシャッ!


鎧がひしゃげ骨が砕けるような鈍い音。

太田の巨体がまるでボールのように吹き飛ばされ、洞窟の壁に叩きつけられた。

「太田くん!」

長谷川さんの悲鳴が響く。


前衛の一角が完全に崩壊した。

俺と佐伯がそれぞれ一体ずつを引き受けている間に、フリーになった最後の一体が負傷した太田にとどめを刺そうと迫る。

その動きを桐谷が叫んだ。

「結城! 太田が危ない!」


「くそっ!」

俺は目の前のロックリザードを剣で押し返し、無理やり太田の元へと駆けつける。

だがそのせいで俺の守りががら空きになった。

俺が相手をしていたロックリザードがその隙を逃すはずもなかった。

その鋭い爪が俺の背後から迫る。


「――聖域結界サンクチュアリ!」


桜井さんの祈るような声。

俺の背後に黄金の光の壁が出現し、魔物の爪をかろうじて防いだ。

だが結界は一撃で粉々に砕け散る。


もうめちゃくちゃだった。

陣形は崩壊し佐伯も太田も重傷。

後衛の魔法使いたちはMPが尽きかけている。

このまま戦えば全滅する。

その未来がはっきりと見えた。


俺の脳裏にベアトリスの声が響く。

『危険だと判断したら迷わず撤退しろ』


(……くそっ……! くそっ!)

悔しさで奥歯を噛み締める。

だがリーダーとして俺は決断しなければならなかった。

ここで全滅するわけにはいかない。


俺は叫んだ。

喉が張り裂けんばかりに。

「――撤退する! 全員俺に続け! 後衛は援護を頼む!」


その俺の声を合図にパーティが動き出す。

俺は動けない太田の肩を担ぎ佐伯がそれに続く。

「――アイスウォール!」

「――アースバインド!」

高坂と水野の魔法がロックリザードたちの足元を凍らせ蔓で絡め取る。

ほんの数秒。

だがその時間が俺たちにとっての生命線だった。


俺たちは必死に来た道を引き返していく。

背後から魔物たちの怒りの咆哮が追いかけてくる。

俺はただ前だけを見て走った。

仲間を死なせない。その一心で。

俺たちは転がるようにして第四階層の入り口である階段へと、なだれ込んだ。

そして第三階層の安全な場所までたどり着くと、全員その場に崩れ落ちた。


「……はぁ……はぁ……っ……」


俺たちの荒い息遣いだけが静かな通路に響き渡る。

佐伯も太田も意識はあるがすぐに動ける状態ではない。

他の仲間たちも疲労と、そして何より敗北感に打ちひしがれていた。


これが俺たちの初めての「敗北」。

それはレベルアップでは決して得られない、苦くそして重い経験だった。

俺たちの本当の試練はまだ始まったばかりなのだと思い知らされた瞬間だった。

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― 新着の感想 ―
>俺たちは日に日に強くなっている。その確かな実感があった。 日に日にと言うと、ダンジョンアタックは一日ではなく複数日に跨いで挑戦している感じでしょうか?何か特に携行食とか用意せず、勢いというか流れで突…
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