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初仕事

私が依頼の貼られた掲示板へと向かおうとした、その時だった。


「――おい、そこの新人エルフ! 待ちな!」


背後から、受付嬢サラさんの少しだけ焦ったような声が飛んでくる。

私が振り返ると、彼女はカウンターから身を乗り出し、「こっちに来な」と手招きしていた。周りの冒険者たちの視線が、面白そうに私と彼女の間を往復している。


「何か、手続きに不備でもありましたか? それとも、もう何か問題を起こしてしまいましたか、私」

私が悪戯っぽく小首を傾げて尋ねると、サラさんは一瞬だけ気まずそうに視線を逸らし、そして大きな咳払いを一つした。


「……あたしが、一番大事なものを渡し忘れてただけだよ」


彼女はそう言うと、カウンターの下から、ざらついた手触りの灰色の石版プレートを取り出した。彼女が指先でそれに触れると、魔力の光が走り、私の名前がプレートにすっと刻まれていく。


「ほらよ、これがあんたの身分証ランクプレートだ。ランクは一番下の『ストーン』。見ての通り、ただの石ころさ。ここから依頼をこなしてギルドに貢献すれば――アイアン、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ……で、最高位のミスリルまで上がっていく。ランクが上がれば、受けられる依頼も報酬も跳ね上がる。単純な仕組みさ。分かったかい?」


「ええ、理解しました。つまり、一番上まで行けばいい、ということですね」

「言うねえ。……まあ、あんたがミスリルになる頃には、あたしはすっかり腰の曲がった婆さんだろうけどね」

サラさんが、からかうようにニヤリと笑う。


「あら、それは大変。では、急ぐことにします。あなたがまだそのカウンターに、自力で立てるうちに」


私のその切り返しに、サラさんは一瞬、面食らったように目を丸くし、それから堪えきれないといった様子で「ぷっ」と吹き出した。

「ははっ、あんた、本当に面白いね! こりゃ、婆さんになるまで退屈しなさそうだ!」


プレートを受け取る。ひんやりとしていて、少しだけ重い。

この世界で初めて、私の名前が公式に刻まれた証。この小さな石ころが、私の新しい旅の始まりの証だ。


「それで? 早速お仕事探しといくかい。ま、ストーンランクのお嬢ちゃんが受けられるのは、あっちの木の掲示板に貼ってある、一番しょぼい依頼だけだけどね」

「ええ、見てきます。しょぼいかどうかは、この目で確かめてから判断しますので」


再び喧騒の中を抜け、掲示板の前へ。

好奇と値踏みの視線が背中に刺さるのを感じるが、もう慣れたものだ。

木札に書かれた依頼書を、ざっと目で追っていく。


「……猫探し、銅貨三枚とパン屋の割引券。……ふむ、猫は好きですが、私の専門分野ではありませんね。……下水道のネズミ駆除、銅貨五枚。……これも、衛生的に少し……」


小声で読み上げながら、私は内心で溜め息をついた。

(なるほど、これが新人のお仕事ですか。ミエルなら、子猫探しに目を輝かせたかもしれませんが……)


手を伸ばしかけた、その時だった。

掲示板の一番隅に貼られた、一枚の少し古びた羊皮紙の依頼書に、私の目が吸い寄せられた。


「緊急依頼……『月雫草つきしずくそう』の採取。夜間にのみ発光する希少な薬草……報酬は銀貨二十枚……」


他の依頼とは桁が違う報酬額。そして何より、その薬草の名前に、私の錬金術師としての血が騒いだ。

私は迷わずその依頼書を剥がし、サラさんの待つカウンターへと戻った。


「へぇ、『月雫草』かい。あんた、見る目があるのか、ただの命知らずか、どっちかね」

依頼書を一瞥したサラさんが、面白そうに片眉を上げる。

「何か、特別な理由があるのですか? この依頼に」


「ああ。その依頼、もう一週間も誰も手を付けずに放置されてるんだよ。『月雫草』は、月の光を浴びて夜の森でしか咲かない。そして、その甘い魔力は、夜行性の魔物の大好物でね」

彼女は、少しだけ真剣な声色になる。

「夜の森は、あんたが思ってる以上に性質タチが悪いのさ。昼間とは、ルールが全く違う」


「忠告、感謝します。ですが、それを聞いて行かない理由にはなりませんね。むしろ、少しだけ燃えてきました」

私がにっこりと微笑むと、サラさんは呆れたように、しかしどこか楽しそうに肩をすくめた。

「……はぁ。だろうと思ったよ。準備はしっかりしていくんだよ? 新人には、できるだけ長生きしてほしいからね、あたしとしては」


ギルドの認印を押して返された依頼書を受け取り、軽く頭を下げる。

外に出ると、西の空が美しい茜色に染まり始めていた。

依頼書を指先で弄びながら、私は独り言を零す。


「さて、と……冒険者リィア・フェンリエルの初仕事、ですね。まずは、準備を万端に整えませんと」


宿の女将さんに教えてもらった南通りへ向かうと、大通りの喧騒が嘘のように消え、人々の生活の匂いが濃くなる。

石畳の道を歩き、やがて私は一つの店の前で足を止めた。

窓辺に、丁寧に手入れされた薬草の鉢がいくつも並び、木彫りの看板には、薬瓶から優しい香りが立ち上る様を描いた絵と、『囁きの薬瓶』という文字が刻まれている。


(……いいお店のようですね。店主の性格が、よく表れています)


埃を払って扉を開けると、カランコロン、と乾いた、しかし心地よい鐘の音が鳴った。

店の奥から、薬草をすり潰す良い香りと、乳鉢を動かすリズミカルな小さな音が聞こえてくる。

カウンターの奥、薄暗がりの中で、一人の小柄な老人が、背中を丸めて作業に没頭しているのが見えた。

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― 新着の感想 ―
夜の森なのにストーン…?
転生特有の現代倫理観みたいなのはこの年数で抜けていると考えてよさそうですね
前話でその場で登録証を貰ってさらっと良い感じにギルドを出て行ってませんでしたっけ。 整合性取るなら前話のラストを修正した方が良さげですかね、雰囲気は良かったので無くなるのも勿体ないですが。
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