ポーションカフェ、開店!
翌日の放課後、錬金術教室の扉を、ライナス君がおずおずとノックした。
中へ招き入れると、彼は私たちの前に深々と頭を下げる。
「あの……昨日は、本当に申し訳ありませんでした! そして……ありがとうございます!」
その声は、まだ少し震えていたけれど、昨日までの絶望の色は消えていた。
「わたくしたちの貴重な時間を奪い、水晶蜜を無駄にした罪は重いですわよ。せいぜい、馬車馬のように働いて、このご恩を返しなさい」
セラフィーナさんが、腕を組んでフンと鼻を鳴らす。
相変わらずの言い方だけど、その口元が少しだけ笑っているのを、私は見逃さなかった。
私も、にっこりと微笑む。
「セラフィーナさんの言う通りです。罰として、私たちのカフェが成功するまで、手伝っていただきますからね。覚悟はいいですか?」
「は、はい! 何でもします!」
ライナス君は、ぶんぶんと首を縦に振った。
こうして、私たちのカフェに、一番年下だけど、一番真面目かもしれない、新しい仲間が加わったのだった。
「リィア先輩、この薬草の配合、少し変えてみませんか? こっちの『陽光花』の蜜を使えば、もっと後味がすっきりするはずです!」
「なるほど、良い着眼点ですね、ライナス君。試してみましょう」
「ミエル先輩! このお菓子の飾り付け、僕の魔法で、お花を咲かせてもいいですか?」
「うん! すごく可愛くなると思う!」
「セラフィーナ様! こちらの氷の彫刻、どこに運びますか!?」
「当たり前でしょう、一番目立つ入り口に決まっていますわ!」
ライナス君は、私たちのことを「先輩」と呼び、甲斐甲斐しく働いてくれた。
彼の専門である「植物の成長を促進させる魔法」は、私たちのカフェのメニュー開発に、新しい可能性をもたらしてくれる。
そして何より、彼のひたむきな姿は、私たちのチームに、新しい種類の温かい空気を作ってくれた。
いよいよ、開店前夜。
私たちは、割り当てられたブースで、最後の飾り付けを行っていた。
セラフィーナさんの氷魔法で作られた美しい彫刻、ミエルが選んだ癒やしの香りを放つ薬草の鉢植え。
準備は、ほとんど終わっていた。
「……うん。すごく、いい感じだね」
ミエルが、満足げに呟く。
「ええ。ですが……何か、一つだけ足りない気がしますのよね。彩り、とでも言うのかしら……」
セラフィーナさんのその言葉に、私たちはうーんと唸る。
その時だった。
ずっと黙って作業をしていたライナス君が、おずおずと手を挙げた。
「あの……先輩たち。もし、よかったら」
彼は、少し恥ずかしそうに、いくつかの小さな植木鉢を、ブースのカウンターの上に並べた。
中には、まだ芽も出ていない、ただの土と種が入っているだけ。
「僕に、一晩だけ、時間をいただけませんか?」
その夜、私たちはライナス君にブースの鍵を預け、それぞれの寮へと戻った。
そして、学院祭当日の朝。
期待と不安を胸に、私たちは再びカフェのブースの前に集まった。
「……おはよう、みんな」
一番乗りのライナス君が、少しだけ誇らしげな顔で、私たちを迎え入れる。
そして、私たちは息を呑んだ。
昨日まで、ただの木の板と氷の彫刻だけだった私たちのブースが、信じられないほど色鮮やかな、満開の花々で飾り付けられていたのだ。
カウンターの上、テーブルの隅、そして入り口のアーチにまで、赤や青、黄色といった、見たこともないような美しい花が、生き生きと咲き誇っている。
「すごい……! ライナス君、これを、一晩で……!?」
ミエルが、信じられないものを見るような目で、その花に触れる。
「はい。僕の魔法で、少しだけ、成長を早めてあげました」
ライナス君は、照れくさそうに頭を掻いた。
彼の魔法は、戦闘には向かないかもしれない。けれど、その力は、どんな派手な魔法よりも、人の心を温かく、そして幸せにする力を持っていた。
「……やりますわね、あなた」
セラフィーナさんが、素直な感嘆の声を漏らす。
その顔は、最高の笑顔だった。
私たちは、開店前の最後の準備を始めた。
ミエルが、お茶の葉の香りを確かめる。
セラフィーナさんが、氷の彫刻に最後の磨きをかける。
ライナス君が、咲かせた花に霧吹きで水をあげる。
そして私は、完成したメニューを、黒板に書き出していく。
全ての準備が、終わった。
四人で、完成したカフェを見渡す。
そこには、私たちの夢と、友情と、そしてたくさんの「面白い」が、ぎゅっと詰まっていた。
学院中に、祭りの始まりを告げる、高らかな鐘の音が鳴り響く。
「……さあ、開店ですよ、皆さん」
私のその言葉に、三人は顔を見合わせ、最高の笑顔で、力強く頷いた。
開店直後、私たちのカフェは、驚くほど静かだった。
中庭にずらりと並んだ他のブース――例えば、一組の生徒たちによる派手な魔法のデモンストレーションや、上級生が作った魔法武具の展示販売会などには、すでに黒山の人だかりができている。
それに比べて、私たちのささやかなカフェは、まだ誰にも気づかれていないようだった。
「うぅ……お客さん、全然来ないね……」
ミエルが、不安そうにカウンターの陰から外を覗いている。
ライナス君も、そわそわと落ち着かない様子だ。
「……まあ、仕方ありませんわ。しょせんは二組の地味な出し物。最初から期待などしておりません」
セラフィーナさんは、腕を組んでそう言いながらも、その視線はチラチラと、人の流れが絶えない一組のブースの方を向いている。
(ふふ、口ではそう言っていますけど、本当はすごく悔しいんでしょうね)
このままでは、彼女のプライドが持たないかもしれない。
私は、小さく息をつくと、セラフィーナさんに声をかけた。
「セラフィーナさん」
「……何ですの?」
「少しだけ、お客様を呼び込むための、『派手な』お手伝いをお願いしてもよろしいですか?」
私のその言葉に、彼女の真紅の瞳が、きらりと輝いた。
「……ふん。仕方ありませんわね。あなたたちが、あまりにも不甲斐ないから、このわたくしが、特別に力を貸して差し上げますわ!」
彼女はそう言うと、店の前に進み出る。
彼女の杖先から放たれた冷気が、店の入り口で美しい白鳥の形の氷の彫刻を、一瞬で作り上げた。
さらに、彼女が指を鳴らすと、彫刻は太陽の光を浴びて、七色の輝きを放ち始める。
「な、なんだあれ!?」
「すごい! 氷の彫刻だ!」
「二組のブースで、何かやってるぞ!」
あっという間に、私たちのカフェの前に、人だかりができていた。
セラフィーナさんは、満足げにフンと鼻を鳴らすと、「さあ、仕事の時間ですわよ」と、私たちにウインクしてみせた。
最初のお客さんは、セラフィーナさんの魔法に惹かれてやってきた、好奇心旺盛な下級生の女の子たちだった。
彼女たちは、おずおずと、私たちのメニューの看板商品である『星屑ソーダ』を注文する。
「はい、お待たせしました!」
ミエルが、笑顔でガラスのカップを差し出す。
中では、私が錬金術で作り出した、食べられる光の粒が、炭酸の泡と共に、きらきらと輝いていた。
「わぁ……綺麗……!」
「いただきます!」
女の子の一人が、ストローでソーダを一口飲む。
その瞬間、彼女の目が、驚きに大きく見開かれた。
「俺もそれくれ!」
「私は、こっちの『陽だまりクッキー』ってやつ!」
「この『朝霧の雫』ティーもお願い!」
そこからは、もう戦争だった。
「リィア、陽光花の蜜、もうすぐなくなりそう!」
「セラフィーナ様、氷の器の補充をお願いしますわ!」
「ら、ライナス、お会計が追いつきません……!」
「は、はい、ただいま!」
四人で、てんてこ舞いになりながら、次々と入る注文を捌いていく。
私たちのカフェは、開店から一時間も経たないうちに、学院祭で一番の、長蛇の列を作る人気店になっていた。
そんな喧騒の中、列の脇から、ひょっこりと顔を出す人影があった。
フードを目深に被っているが、その偏屈そうなオーラは隠せていない。
「あら、ゴーダ先生。変装しても、すぐに分かりますよ」
私がそう言って声をかけると、彼は「なっ……! 人違いだ!」と、慌てて顔を背けた。
「……その、『朝霧の雫』とやらを、一つ貰おうか」
先生は、ぶつぶつと文句を言いながらも、お茶を一口飲むと、「……まあ、悪くない」とだけ呟いて、足早に去っていった。
その背中が、どこか満足げに見えたのは、きっと気のせいではないだろう。
その後も、エラーラ先生やエルミナ学長までが激励に訪れ、私たちのカフェは大成功のうちに、その日の営業を終えたのだった。
閉店後、私たちは四人で、空になった材料の箱や、売り上げが詰まった袋を前に、その場にへたり込んでいた。
「……疲れたけど……すごく、楽しかったね」
ミエルのその言葉に、全員が頷く。
「ふん。まあ、わたくしにかかれば、この程度は当然の結果ですわ」
セラフィーナさんはそう言いながらも、その顔は、これまでで一番、充実した笑顔をしていた。




