作戦会議と、最初の壁
「ポーションカフェ、ですか。……ふん、面白そうなことを考えていますのね」
私とミエルが学院祭の申請書を提出した日の放課後。
錬金術の教室を特別に借りて、早速試作品作りに励んでいた私たちのもとへ、その声は突然降ってきた。
声の主はもちろん、セラフィーナさんだ。
しかし、その声には以前のような棘はなく、純粋な興味が滲んでいた。
「セラフィーナさん。こんにちは」
「こんにちは、お二人とも。何やら面白いことを始めたと聞きましたわ」
彼女はそう言うと、腕を組むでもなく、ごく自然な様子で私たちのテーブルへと近づいてきた。
「ええ。少し、試作品を作っているところです」
「ほう。……ちなみに、これは?」
彼女の指が、テーブルの隅に置かれたティーカップを示す。
中には、ミエルが今朝摘んできたばかりの『陽光花』の蜜と、『目覚め草』の葉をブレンドした、黄金色のハーブティー。
「『朝霧の雫』と名付けました。飲むと頭がすっきりして、集中力が高まる効果があります。……よかったら、一口いかがですか?」
私がそう言ってカップを差し出すと、彼女は「では、遠慮なく」と素直に受け取った。
セラフィーナさんは、その黄金色の液体から立ち上る、甘くて爽やかな香りを確かめ、そしてほんの少しだけ、唇に含んだ。
その真紅の瞳が、驚きに見開かれる。
「……すごい……! これは素晴らしいですわ! この清涼感……どういう理屈ですの!? どの薬草を、どう配合すれば、こんな効果が!?」
彼女は、いつもの冷静沈着な令嬢の仮面をかなぐり捨て、興奮したように私に矢継ぎ早に質問を浴びせてくる。
ミエルも、私も、そのあまりの変貌ぶりに、一瞬、ぽかんとしてしまう。
「え、ええと……それは、企業秘密、です」
「そこを何とか!」
(……すごい。あのセラフィーナさんが、こんな顔をするなんて。……ふふ、本当に、魔法のことになると夢中になる人なんだな)
私が、そのあまりに必死な様子に苦笑していると、セラフィーナさんは、はっと我に返ったように小さく咳払いをした。
そして、何かを思いついたように、目を輝かせた。
「……そうだわ! リィア、ミエル!」
彼女は、テーブルに身を乗り出すようにして、私たちに提案してきた。
「この素晴らしいカフェ、わたくしも一枚噛ませなさい!」
「え?」
「あなた方の薬草学と錬金術に、わたくしの魔法を加えれば……ふふ、考えただけで楽しくなってきませんこと? きっと、この学院祭で誰も見たことのない、最高の出し物になりますわ!」
その瞳は、挑戦者のように、爛々と輝いている。
彼女は、もう私たちと争うつもりはない。
ただ、友人として、同じ目標に向かって、最高のものを創り上げたい。
その、純粋で前向きな気持ちが、痛いほど伝わってきた。
まさかの、彼女からの共同戦線の申し出。
私とミエルは、驚いて顔を見合わせた後、どちらからともなく、満面の笑みで頷き返した。
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翌日の放課後、私たちはセラフィーナさんの私室に集まっていた。
彼女の部屋は、私たちの寮の部屋の三倍はあろうかという、広々とした空間だ。
そのバルコニーに設えられた白いテーブルセットで、私たちの第一回作戦会議が始まった。
「まず、お店のコンセプトですけれど、わたくしの氷魔法で、お店全体を美しい氷の宮殿のように飾り付けるというのはどうかしら? そして、天井からはダイヤモンドダストを降らせて……」
「わ、わぁ……! すごく綺麗そうです!」
セラフィーナさんの壮大な提案に、ミエルは目を輝かせている。
うん、確かに綺麗だろうけど……。
(……予算と手間が、大変なことになりそう。あと、お客さんが寒くて凍えそうだ)
「次に、給仕ですけれど、わたくしの風魔法で、お茶のカップを宙に浮かせたまま、お客様の元へ運ぶというのは?」
「すごい! 魔法のカフェみたい!」
私は、隣でハラハラしているミエルの肩をそっと叩くと、議論の舵を取ることにした。
「セラフィーナさんの演出は素晴らしいですね。ですが、主役はあくまで、私とミエルが作るお茶とお菓子です。魔法は、その魅力を最大限に引き出すための『スパイス』にしませんか?」
「スパイス、ですって?」
「ええ。例えば、ただお茶を出すのではなく、カップに注いだ瞬間に、セラフィーナさんの魔法で七色に輝かせるとか。焼き菓子に、食べられる氷の蝶を添えてみるとか」
私のその提案に、セラフィーナさんは、ほう、と感嘆の声を漏らした。
「……なるほど。魔法を、装飾や演出として使う、と。……面白いですわね。ええ、乗りましょう」
どうやら、彼女も納得してくれたらしい。
ミエルも、「それなら、私にもできそう!」と嬉しそうだ。
こうして、私たちのカフェの基本方針が、ようやく一つにまとまった。
「よし、じゃあ次はメニューを決めよう!」
ミエルが、持ってきた薬草図鑑をテーブルの上に広げる。
「リラックス効果のある『星見草』のお茶は、どうかな?」
「いいですね。それなら、少しだけ眠気を誘う『微睡み苔』のクッキーを合わせましょうか」
「わたくしは、口の中がひんやりとする、氷菓子を提案しますわ」
三人のアイデアが、次々と形になっていく。
ミエルの薬草学の知識、私の錬金術の応用力、そしてセラフィーナさんの魔法の知識。
それぞれが、それぞれの得意分野で、最高のアイデアを出し合っていく。
この時間が、たまらなく楽しかった。
そうして、メニューの試作品リストが完成した頃。
私が、ふと気づいた。
「……ですが、これらの効果を最大限に引き出すには、共通して、あるものが必要になりますね」
「あるもの?」
「はい。全ての効果を安定させ、味をまろやかにするための、極めて純度の高い魔力を持った甘味料が」
ミエルが、はっとした顔で私の言葉を継いだ。
「……もしかして、『水晶蜜』のこと?」
「ええ、おそらくは」
水晶蜜。
学院の地下に広がる特殊な洞窟で、特別な蜂だけが集めるという、幻の蜜。
砂糖の何倍も甘く、そして、どんな薬品とも馴染み、その効果を増幅させるという、最高の触媒だ。
だが、セラフィーナさんの顔が、途端に曇った。
「……厄介ですわね。水晶蜜の採取場所である『水晶洞窟』は、あの先生の管理区域のはずですもの」
あの先生。
その言葉だけで、私とミエルも、誰のことかすぐに分かった。
アルボリア学院にその人ありと言われる、偏屈で、気難しくて、そして生徒への課題が鬼のように厳しいことで有名な、錬金術の大家。
「……ゴーダ先生、ですか」
私のその呟きに、セラフィーナさんとミエルは、顔を見合わせて、深いため息をついた。
私たちのポーションカフェ計画は、開始早々、とんでもなく分厚い壁にぶち当たってしまったらしかった。




