凱旋とお茶会
野外実習を終え、私たちが学院へと帰還した時、そこはちょっとしたお祭りのような騒ぎになっていた。
他の班も続々と戻ってきており、成功を喜ぶ声、失敗を悔しがる声、仲間をねぎらう声で、中庭はごった返している。
「お、三班が帰ってきたぞ!」
「見てみろよ、ちゃんと『月光花』を持ってる……!」
「すげえ……しかも、四人とも怪我一つないじゃないか!」
私たちの姿を認めた他の生徒たちから、驚きと賞賛のどよめきが上がる。
疲労困憊で帰ってくる班も多い中、私たちは比較的涼しい顔で、しかも最も困難と言われた課題を達成してきたのだ。無理もない反応だろう。
(なんだか英雄の凱旋みたいですね)
人垣を分けるようにして、エラーラ先生がこちらへ歩み寄ってきた。
その顔には、いつもの厳しさではなく、満足げな、深い笑みが浮かんでいる。
「……見事だったな、四人とも。私の期待を超える結果だ」
先生はまず、ミエルの頭を優しく撫でた。
「ミエル・アルドンネ。君は、自分の才能を信じ、仲間を正しい道へと導いた。素晴らしい勇気だった」
「あ……ありがとうございます、先生!」
ミエルは、顔を真っ赤にしながらも、心の底から嬉しそうだった。
次に、先生はリリアーナさんとセラフィーナさんへと向き直る。
「リリアーナ・フォン・ローゼンベルク。君は、自分の役目をよく理解し、仲間を守った。立派な護衛だった」
「もったいないお言葉ですわ!」
「そして、セラフィーナ・フォン・ヴァルノスト。君が仲間を信頼したこと、それが今回の最大の収穫だ」
その言葉に、セラフィーナさんは驚いたように目を見開き、そして、少しだけ照れたように「……当然のことですわ」と顔を背けた。
そして最後に、先生は私を見た。
その瞳には、まるで共犯者のような、悪戯っぽい光が宿っている。
「リィア・フェンリエル。君がいたからこそ、この班は一つのチームになれた。よくやった」
その言葉は、どんな褒美よりも、私の心を温かく満たしてくれた。
最高の形で実習を終え、私たちはそれぞれの寮へと戻っていく。
その足取りは、森へ入る前よりも、ずっと軽く、確かなものになっていた。
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野外実習から二日後の、穏やかな昼下がり。
私とミエルが寮の自室でレポートをまとめていると、コンコン、と控えめなノックが部屋の扉を叩いた。
やってきたのは、リリアーナさんだった。彼女は、どこかぎこちない様子で、一枚の美しい封蝋付きの手紙を私に差し出す。
「リィア・フェンリエルさん、ミエル・アルドンネさん。セラフィーナお嬢様より、お茶会へのご招待ですわ」
「お、お茶会!?」
ミエルが、素っ頓狂な声を上げる。
(なるほど。これは果たし状、というよりは……質問、かな?)
放課後、私たちは少しだけ緊張しながら、セラフィーナさんの私室の前に立っていた。
彼女の部屋は、私たちの部屋の三倍はあろうかという、広々とした空間だった。
バルコニーに設えられた白いテーブルセットで、セラフィーナさんが一人、優雅に私たちを待っていた。
テーブルの上には、美しい茶器と、彼女が自分で用意したらしい焼き菓子が並んでいる。
しばらく、当たり障りのない会話が続いた後。
紅茶のカップを静かに置くと、セラフィーナさんは、ついに本題を切り出した。
「単刀直入にお聞きしますわ、リィア。あの森の番人……わたくしなら、全力の炎で焼き払うことしか考えられませんでした。なのに、あなたは戦わずに、あの場にあった薬草だけで眠らせてみせた。一体、どういう理屈ですの?」
その真紅の瞳は、純粋な疑問と、ほんの少しの悔しさに満ちていた。
最強のライバルが、私に教えを乞うている。
これ以上に、「気持ちのいい」ことがあるだろうか。
私は、にっこりと微笑み返した。
「そうですね……。目の前に大きな岩があった時、セラフィーナさんなら、魔法で粉々に砕きますか? それとも、少し回り道をして避けて通りますか?」
「それは……状況によりますけれど、急いでいなければ避けて通りますわ」
「私がしたことは、後者ですよ」
私はそう言うと、紅茶を一口含んだ。
「あの番人は、眠りを妨げなければ、とても穏やかな魔獣でした。だから、起こさなければいい。ただそれだけです。難しい理屈はありませんよ」
私のその、あまりにもシンプルな答え。
セラフィーナさんは、しばらくきょとんとしていたが、楽しそうにふっと息を漏らした。
「……まあ、そんな難しい話は、また今度にしましょう。お茶が冷めてしまいますわ」
彼女は、少しだけ照れたようにそう言うと、ミエルの空になったお皿に、新しい焼き菓子をそっと置いた。
「さ、ミエルさん。もっとお食べなさい。ここの菓子は、なかなかのものですのよ」
「あ、はい! いただきます!」
嬉しそうにお菓子を頬張るミエルと、それをどこか優しい目で見つめるセラフィーナさん。
(ふふ、照れてますね、セラフィーナさん。でも、これで本当の意味で、私たち『友達』に近づけたのかもしれません)
バルコニーには、三人の少女たちの穏やかな笑い声が、午後の陽光の中に溶けていった。




