厄介な四人組
「――第三班、一組より、セラフィーナ・フォン・ヴァルノスト。……そして、もう一人」
「――同じく一組より、セラフィーナ様の護衛役として、わたくし、リリアーナ・フォン・ローゼンベルクも同行させていただきますわ!」
金髪縦ロールが特徴的な少女――リリアーナさんの、あまりにも唐突な、そして芝居がかった自己紹介。
その手には、どこから取り出したのか、深紅の薔薇が一輪握られている。
(……ええと、どちら様でしたっけ……?)
確か、セラフィーナさんの後ろにいつもいる、取り巻きの筆頭格の子だったはずだ。
教室中が、その予想外すぎる展開に、完全に静まり返っていた。
「……お待ちください、エラーラ先生」
最初に沈黙を破ったのは、他ならぬセラフィーナさん本人だった。
「どういうことですの? わたくしが、なぜ二組の……それも、この者たちと組まなければならないのですか」
その言葉は、明確な侮蔑を含んでいた。
教室にいた二組の生徒たちが、悔しそうに唇を噛む。
だが、エラーラ先生は動じない。
「これは、課題だ。ヴァルノスト君。君に足りないものを学ぶためのな」
「わたくしに、足りないもの……ですって?」
「そうだ。君には力がある。知識もある。だが、他者と協調し、異なる才能を認め、活かすという視点が、決定的に欠けている」
先生のその、あまりにも的確な指摘。
セラフィーナさんは、ぐっと言葉に詰まった。
その横で、リリアーナさんが「そ、そんなことはありませんわ! セラフィーナ様は完璧です!」と叫んでいるが、誰も聞いていない。
エラーラ先生は、そこで初めて、穏やかな笑みを浮かべた。
「この実習の目的は、素材採取だけではない。互いの違いを学び、認め合うことにもある。……良い機会だと思いなさい。君にとっても、そして、リィア君、君にとってもな」
---
野外実習の当日。
私たちは、指定された集合場所――「静寂の森」の入り口に立っていた。
そこは、背の高い銀色の木々が天を覆い、昼間だというのに薄暗い、神秘的な雰囲気に満ちた場所だった。
他の班は、すでに和やかな雰囲気で打ち合わせを始めている。
だが、私たちの班だけは、ひどく気まずい沈黙に包まれていた。
「……」
セラフィーナさんは、腕を組んだまま、不機嫌そうにそっぽを向いている。
「さあ、セラフィーナ様! わたくしが先陣を切って、全ての魔物を焼き払って差し上げますわ!」
リリアーナさんは、一人でやる気満々だ。
そして、その二人の間で、ミエルがどうしていいか分からず、オロオロするばかりだった。
私が内心で溜め息をついていると、エラーラ先生が私たちの前にやってきて、一枚の羊皮紙を差し出した。
「第三班の採取目標は、これだ。『月光花』。森の奥深く、月の光が差す場所でしか咲かん、貴重な花だ。健闘を祈る」
先生はそれだけを言うと、悪戯っぽく笑い、他の班の元へと去っていった。
残された私たちは、さらに絶望的な空気に包まれる。
「月光花、ですって? そんなもの、そう簡単に見つかるとは思えませんわ」
セラフィーナさんが、吐き捨てるように言う。
「ですが、ご安心ください、セラフィーナ様! このわたくしが、森ごとひっくり返してでも見つけ出してご覧にいれます!」
「あなた、少し黙っていなさい」
私は、天を仰ぎたい気持ちをぐっとこらえ、一歩前に出た。
「皆さん、少しよろしいですか」
私が穏やかに、しかし凛とした声でそう言うと、三人の視線がこちらへ向いた。
「このままでは、おそらく何も進展しないでしょう。まずは、私たちの役割分担を決めませんか?」
「役割分担、ですって?」
セラフィーナさんが、訝しげに眉をひそめる。
「ええ。この実習は、チームで行うものです。誰か一人の力で進んでも、意味がありません」
私は、まずミエルに向き直った。
「ミエル、お願いします。あなたには、この班の『目』になってほしいんです。あなたの力で、この森の『声』を聞き、私たちを最も安全な道へと導いてください」
「う、うん! わかった!」
役割を与えられたことで、ミエルは少しだけ、落ち着きを取り戻したようだった。
次に、私はリリアーナさんを見る。
「リリアーナさん。あなたには、ミエルの護衛をお願いします。彼女が森に集中している間、その死角を守ってあげてください。……できますね?」
「せ、セラフィーナ様のお側を離れるわけには……」
「ミエルが危険に晒されれば、この実習は失敗します。そうなれば、セラフィーナ様の名誉に傷がつくかもしれませんよ?」
私のその言葉に、リリアーナさんは「うっ……」と顔を引きつらせ、しぶしぶといった様子で頷いた。
(……よし、チョロい)
最後に、私はセラフィーナさんに向き直った。
「そして、セラフィーナさん。あなたのその強大な魔力は、私たちの『切り札』です。むやみに使うべきではありません。この先に待ち受ける、本当の脅威のために、その力は温存しておいてください」
それは、命令ではなく、提案。そして、彼女の力を認めた上での、役割の提示。
セラフィーナさんは、私のその言葉に、しばらく何かを考えていたが、やて「……好きになさい」とだけ、短く呟いた。
どうやら、一応は納得してくれたらしい。
「では、私は全体の指揮と、斥候を兼任します。……よろしいですね?」
私がそう言ってにっこりと微笑むと、誰も、もう何も言い返せなかった。
こうして、私たちの奇妙な四人組は、ようやく森の奥へと第一歩を踏み出した。
先頭を行くのは、ミエル。彼女は、まるで森と対話するかのように、時折立ち止まっては、植物の葉に触れたり、土の匂いを嗅いだりしながら、最も安全な道を選んでいく。
その後ろを、私と、ミエルの左右を固めるリリアーナさん、そして一番後ろで、まだ少し不満げなセラフィーナさんが続く。
森の中は、ミエルの言う通り、不気味なほど静かだった。




