適性検査の結果
セラフィーナさんが放った真紅の光がもたらした衝撃。それは、新入生たちの心に、憧れと、そして一種の諦めにも似た感情を刻み付けたようだった。
彼女の後に続く数人の生徒たちの検査は、どこか気の抜けた雰囲気の中で行われ、その光も、セラフィーナの輝きの前では霞んで見えてしまう。
(……すごい人ですね、セラフィーナさん。あれが、四大氏族……)
私もまた、彼女が放ったあの純粋な破壊の魔力に、静かな感嘆を覚えていた。
だが、それは決して気後れではなかった。むしろ逆だ。
この学院には、私がまだ知らない、たくさんの「すごい」が眠っている。その事実が、私の知りたいという気持ちを心地よく刺激していた。
ざわめきが完全に収まらない中、エルミナ学長が次の名前を呼び上げた。
「――ミエル・アルドンネ」
「……!」
自分の名前を呼ばれ、ミエルの肩がびくりと大きく震えた。
彼女は不安そうに、助けを求めるような目で私を見つめる。その手は、自分の服の裾をぎゅっと握りしめて、白くなっていた。
「大丈夫ですよ、ミエル」
私は、彼女の冷たくなった手を、そっと両手で包み込んだ。
「あなたの力を、そのまま見せてあげればいいんです。あなたの優しさは、きっと誰よりも綺麗な色をしていますから」
「……うん」
私のその言葉に、ミエルは一度だけ、力強くこくりと頷いた。
そして、意を決したように立ち上がると、壇上へと続く階段を、一歩一歩、確かめるように登っていく。その小さな背中を、私は祈るような気持ちで見守った。
壇上の中央に立ったミエルは、深呼吸を一つすると、目の前の水晶に、おずおずと手を触れた。
一秒、二秒――。
水晶に、変化はない。
講堂の隅から、「なんだ、魔力なしか?」という、心ない囁き声が聞こえてくる。ミエルの肩が、また小さく震えた。
――その時だった。
ふわり、と。
水晶の中心に、小さな光の点が灯った。
それは、セラフィーナの光のような爆発的な輝きではない。陽だまりの中に生まれた、若葉のような、どこまでも優しく、穏やかな緑色の光。
光は、ゆっくりと、しかし確かな力強さで、水晶全体へと広がっていく。
するとどうだろう。セラフィーナさんの強大な魔力に当てられて、悲鳴を上げるように軋んでいた水晶が、その緑の光に癒されるかのように、穏やかな輝きを取り戻していくのが分かった。
光は、水晶の外にまで柔らかく溢れ出し、波紋のように講堂全体へと広がっていく。
その温かい光に包まれた生徒たちの間に流れていた緊張感が、すっと解けていく。誰かがこらえていた咳が止み、強張っていた肩の力が抜ける。
それは、破壊の対極にある、生命そのものを育み、癒す光だった。
「おお……」
壇上の教師たちから、感嘆の声が漏れる。
「なんと……純粋な『生命』属性の魔力だ。これほどの才能、何年ぶりだろうか」
やがて光が収まると、ミエルは少し呆然とした顔で、自分の手を見つめていた。
そして、私の方を見ると、はにかむように、最高の笑顔を見せた。
講堂は、先ほどのセラフィーナさんの時とは違う、温かい拍手に包まれていた。
ミエルの検査が終わると、講堂の空気は少しだけ和やかなものになっていた。
彼女のあの優しい光が、新入生たちの過度な緊張を解きほぐしてくれたのだろう。
その後も検査は続き、やがてリストの最後の一人となった、私の名前が呼ばれた。
「――リィア・フェンリエル」
その声に、講堂にいた全ての生徒と、教師たちの視線が一斉に私へと突き刺さるのを感じた。
彼らの視線には、純粋な好奇心と、そして値踏みするような色が混じっていた。
遠くの席で、セラフィーナが、腕を組んで私をじっと見つめているのが分かった。
私は静かに立ち上がると、まっすぐ水晶へと向かった。
壇上に上がり、一礼する。その所作に、迷いはない。
そして、ひやりとした水晶の表面に、そっと両手を触れた。
―――瞬間。
水晶が、まばゆいほどの純白の光を放った。
それは、セラフィーナさんの真紅の光のような破壊的な輝きではない。まるで雪山の頂で輝く朝日か、あるいは清められた泉の底から湧き上がる光か。どこまでも清浄で、神々しいほどの白色の光。
「む……! これもまた、なんと純度の高い『治癒』属性か!」
「ミエル・アルドンネ殿と甲乙つけがたい……。今年の二組は、本当に才能が揃っておるな!」
教師たちが、興奮したようにそう分析した、次の瞬間だった。
講堂の誰もが、息を呑んだ。
純白の光の中心から、まるで太陽が昇るかのように、もう一つの色が、ゆっくりと滲み出すように現れたのだ。
それは、陽だまりのように温かく、溶かした金属のように力強い、黄金色の光。
白と金の光は、反発することなく、互いに混じり合い、螺旋を描きながら、穏やかに、そして美しく水晶の中で舞い始めた。
それは、誰も見たことのない、神秘的な光景だった。
「白と金、どちらの純度も、極めて高い……!」
教師たちの声が、驚愕に上ずる。
生徒たちも、ただ呆然と、そのありえない光景を見つめていた。
腕を組んでいたセラフィーナが、その体勢を崩し、身を乗り出すようにして、私の手元にある水晶を凝視している。その瞳には、初めて見る、純粋な驚愕と知的好奇心が浮かんでいた。
やがて私がそっと手を離すと、光はゆっくりと水晶の中へと収まっていく。
後に残されたのは、水を打ったような静寂だけ。
私は壇上の教師たちに、もう一度、静かに一礼すると、何事もなかったかのように自分の席へと戻った。
ミエルが、大きな瞳をさらに大きく見開いて、私の袖を掴む。
「リィア……すごい……すごすぎるよ……!」
「……そうでしょうか。自分でも、少し驚きました」
私がそう言って微笑むと、壇上のエルミナ学長が、手元の羊皮紙と、私の顔を、何度も見比べていた。
そして、その口元に、誰も気づかないほどの、微かな笑みを浮かべた。




