S2 英雄の器(修正)
俺たちは騎士に導かれるまま、玉座の間を後にした。
案内されたのは、先ほどの広間や廊下とは全く雰囲気の違う部屋だった。
装飾はほとんどなく壁には見たこともない複雑な魔法陣がいくつも描かれている。まるで神聖な研究室のようだ。
部屋の中央には黒曜石の台座の上に一点の曇りもない巨大な水晶玉が鎮座していた。
部屋の隅で待機していた痩身の老人が俺たちに向き直る。
宮廷魔術師か、あるいは鑑定を専門とする学者なのだろう。その瞳は値踏みするように俺たち一人一人をじろりと見ている。
彼が口を開こうとしたその時だった。俺はそれを遮って前に進み出た。
「あの、すみません! 始める前に一つだけ確認させてください!」
俺の必死な声に案内役の騎士が眉をひそめる。
「何だ、勇者よ。陛下の御前では黙していたというに」
そのどこか嘲るような口調に、俺はぐっと拳を握りしめた。
「俺たちのクラスメイトが一人足りません。召喚されたのは21人のはずですがここにいるのは20人です。一ノ瀬悠真という男がいません。彼はどうなったんですか!?」
俺の問いにクラスメイトたちも不安そうにざわめく。
騎士は答えず鑑定士の老人へと視線を送った。老人は面倒くさそうに手元に浮かべた魔力の羊皮紙に目を落とす。
「ふむ……記録によれば今回の召喚術式で、こちらの世界エルドリアへの転移が確認された魂は二十体。間違いありませんな」
老人は淡々と事実だけを告げた。
「そんなはずは……!」
「術式の座標がほんのわずかにずれたか。あるいはその『イチノセユウマ』とやらの魂が、転移の負荷に耐えられなかったか。いずれにせよ結果が全て。ここにいない者は存在しないも同然ですな」
そのあまりにも冷たい言葉。
俺たちは息を呑んだ。まるで壊れた道具の話でもするかのようなその口調。
俺の隣で高坂がかすかに唇を噛みしめるのが見えた。
「さあ感傷に浸るのはそこまでです」
老人は俺たちの絶望など意にも介さず水晶玉を指し示した。
「――これより貴方がたの能力値を拝見する。一人ずつこの水晶に手を触れなさい。さすれば貴方がたの魂に刻まれた天命――クラス、ステータス、スキルがそこに映し出される」
俺たちは反論の言葉も見つけられないままごくりと息を呑んだ。
最初に一人の男子生徒がおずおずと前に進み出る。
彼が水晶に手を触れた瞬間、水晶がまばゆい光を放ちその上空に光の板が浮かび上がった。
【名前:斎藤 健】
【クラス:剣士】
【レベル:1】
【HP:250/250】【MP:50/50】
【筋力:55】【耐久:45】【敏捷:40】【知力:15】【器用:30】【幸運:20】
【スキル:剣術、身体強化(中)、応急治療】
「ふむ。バランスの取れた戦士タイプか。次」
鑑定士は淡々とそう告げると次の生徒を促す。
何人かの鑑定が同じように続いていく。そしてついにクラスの中心人物の一人に声がかかった。
「次――高坂 静流」
教室の「女王」がその冷たいほどに静かな瞳で、まっすぐ水晶を見据えながらゆっくりと前に進み出た。
クラス中が固唾を呑んで彼女の姿を見守る。
静流は、何の感情も浮かべないままそっと水晶に手を触れた。
その瞬間、水晶が深くそして知的な蒼色の光を放つ。
【名前:高坂 静流】
【クラス:賢者】
【レベル:1】
【HP:180/180】【MP:450/450】
【筋力:12】【耐久:18】【敏捷:25】【知力:88】【器用:35】【幸運:30】
【スキル:古代魔法、並列思考、魔力探知、高速詠唱、魔法解析】
「……なんと。賢者か」
鑑定士の老人が思わず感嘆の声を漏らす。
「知力の初期値が80を超えるなど王宮魔術師の中でも一握りだぞ……。末恐ろしいな」
「次――長谷川 詩織」
呼ばれた長谷川は、びくりと肩を震わせながらも、小さな歩幅で前へと進んだ。
彼女が水晶に触れると、柔らかく、清らかな乳白色の光が灯った。
【名前:長谷川 詩織】
【クラス:神官】
【レベル:1】
【HP:160/160】【MP:400/400】
【筋力:8】【耐久:15】【敏捷:20】【知力:80】【器用:45】【幸運:40】
【スキル:治癒魔法(中)、状態異常回復、精神防御(中)】
「ふむ。純粋な神官か。貴重な回復役だ」
鑑定士が次に名前を呼んだのは、物静かで、読書が好きだった少女だった。
「次――水野 栞」
水野は少し緊張した面持ちで、しかし落ち着いた足取りで水晶へと歩み寄る。
彼女がそっと水晶に触れた瞬間。
水晶が緑、青、赤、そして茶色の四色の光が渦を巻くように、激しくそして美しく輝き始めた。
【名前:水野 栞】
【クラス:精霊術師】
【レベル:1】
【HP:170/170】【MP:420/420】
【筋力:10】【耐久:16】【敏捷:28】【知力:85】【器用:40】【幸運:40】
【スキル:精霊魔法、四大元素操作、魔力感知、契約の儀】
「精霊術師だと……!? 賢者や神官とはまた系統の違う、古の魔法の使い手か。なんとまあ……」
鑑定士が再び驚きの声を上げる。
続いて呼ばれたのは、いつも柔和な笑みを浮かべていた、お淑やかな少女だった。
「次――桜井 美羽」
桜井は祈るようにそっと水晶に手を触れた。
その瞬間。
部屋中が太陽のような、温かくそして神々しいほどの黄金の光に包まれた。
【名前:桜井 美羽】
【クラス:聖女】
【レベル:1】
【HP:150/150】【MP:480/480】
【筋力:8】【耐久:15】【敏捷:22】【知力:82】【器用:45】【幸運:65】
【スキル:聖魔法、祝福、聖域結界、浄化の光】
「ひっ……! せ、聖女……! まさかこの時代に聖女の天稟を持つ者が現れるとは……!」
鑑定士だけでなく周りにいた神官たちが、その場にがたりと膝をついた。その反応は明らかに高坂の時とは違う、信仰と畏怖の色を帯びていた。
「けっ、魔法使いばっかじゃねえか。次は俺だ」
その空気を断ち切るように葛城隼人が前に進み出る。
そして乱暴に水晶へとその手を置いた。
水晶は禍々しいほどの深紅の光を迸らせた。
【名前:葛城 隼人】
【クラス:魔槍士】
【レベル:1】
【HP:300/300】【MP:150/150】
【筋力:85】【耐久:50】【敏捷:75】【知力:30】【器用:40】【幸運:15】
【スキル:魔力付与、重力操作、空間跳躍(小)、身体強化(大)、威圧】
「魔槍士……! これまた古の文献にしか残っていないクラスだ……!」
鑑定士が興奮したように叫ぶ。
興奮する鑑定士。圧倒的なステータスを見せつける葛城と高坂。そして新たに判明した精霊術師と聖女。
そんな重くなった空気の中、俺の名前が呼ばれた。
「……次、結城 大和」
俺は静かに一歩前に進み出た。
クラスメイトたちの期待と不安が入り混じった視線が背中に突き刺さる。
俺はゆっくりと水晶に手を置いた。
その瞬間、世界が白金色に染まった。
【名前:結城 大和】
【クラス:勇者】
【レベル:1】
【HP:350/350】【MP:250/250】
【筋力:70】【耐久:70】【敏捷:65】【知力:60】【器用:60】【幸運:70】
【スキル:聖剣術、光魔法、絶対守護、カリスマ、勇者の鼓舞、全属性耐性(中)】
「勇者……!」
鑑定士と周りにいた神官たちが一斉にその場に膝をついた。
「おお、預言は真であった……!」
勇者。俺は目の前に浮かぶその二文字をただ呆然と見つめていた。
俺の鑑定の後、残りのクラスメイトたちの鑑定も次々と進んでいった。
【名前:汐見 明日香】
【クラス:吟遊詩人】
(中略)
【名前:牧野 剛志】
【クラス:狂戦士】
(中略)
【名前:佐伯 健太】
【クラス:聖騎士】
(中略)
それぞれが俺たちの知る彼ら彼女たちらしい天命を与えられていく。
そして最後に一人だけ名前を呼ばれていなかった男がいた。
「……最後、桐谷 蒼」
鑑定士に促され桐谷がおどおどと水晶の前に進み出る。
彼が震える手でそっと水晶に触れた。
瞬間、水晶は他の誰とも違う淡い銀色の光を放った。
【名前:桐谷 蒼】
【クラス:解析者】
【レベル:1】
【HP:150/150】【MP:400/400】
【筋力:10】【耐久:15】【敏捷:20】【知力:90】【器用:65】【幸運:25】
【ユニークスキル:神の瞳】
【スキル:高速思考、魔力構造分析、弱点看破】
「解析者……? 神の瞳……?」
「……へえ。勇者の結城のステータスは……なるほど、バランス型か。それに比べて葛城のステータスは、面白いほど攻撃に偏ってるな。ピーキーすぎて扱いが難しそうだ」
「あ? んだとテメェ……!」
自分の能力を勝手に分析され、葛城が歯ぎしりをする。
高坂静流が、鋭い目で桐谷に問いかけた。
「……桐谷くん。あなた、私たちの能力が見えるの?」
「見える、なんてもんじゃない」
その時、俺たちを玉座の間から案内してきた、騎士の男が一歩前に出た。
「鑑定は済んだようだな。……お主たちの、その驚きと戸惑いはよく分かる。だが、感傷に浸っている時間はない」
俺たちは、騎士に導かれるまま、あてがわれた宿舎へととぼとぼと歩いていった。
廊下の大きな窓から、外の景色が見える。
見たこともない、赤い月と、青い月が、二つ、夜空に浮かんでいた。




