ひと時の休息
私たちは、こつん、とグラスを軽く打ち合わせる。
エリスさんが、さっそくエールを勢いよく喉に流し込む。
「ぷはーっ! やっぱり戦いの後はこれに限るわね!」
その顔は、心の底から満足している、最高の笑顔だった。
私も、果実水に口をつける。
凝縮された果実の酸味が、戦闘で疲れた身体に優しく染み渡っていくようだった。
私たちが最初の一杯を味わっていると、タイミングよくバルガーさんが厨房から戻ってきた。
「おう、待たせたな! うちの自慢のシチューだ、熱いうちに食え!」
湯気を立てる大皿が、ドン、とテーブルに置かれる。 肉厚なキノコと角切りベーコンがたっぷり入ったクリームシチューに、焼きたての黒パン。それに、ハーブと香辛料で味付けされた鶏肉のグリルだ。どれも食欲をそそる香りを漂わせている。
「わぁ……!」
エリスさんが、スプーンを手に取り、シチューを一口食べた瞬間、顔を輝かせた。
「美味いだろ? うちの自慢だ」
バルガーさんが、カウンターの奥から満足げに鼻を鳴らす。
「特に今日のキノコは、第十階層から採れたての『強壮茸』だ。疲れた体にいいぞ」
「へぇ、迷宮の食材を使ってるのね。どうりで味が濃いわけだわ」
エリスさんは、スプーンを忙しく動かしながら、再びエールを豪快に煽る。
私も、シチューを一口運んだ。 濃厚なクリームのコクと、キノコの芳醇な香り。
そして、ほのかに感じる魔力の余韻。
「……ええ、本当に。身体の芯から温まります」
果実水の甘酸っぱさで口の中をさっぱりさせてから、パンをちぎってシチューに浸す。
空腹だった胃袋に、温かい食事が染み渡っていった。
バルガーさんが、グラスを磨く手を止めて、身を乗り出してきた。
「お前さんたち、また随分と派手にやったみてぇだな。店に来る連中、みんなお前さんたちの噂話で持ちきりだぜ」
「噂…」
「おうよ。『南地区のゴロツキどもを一網打尽にした美人コンビがいるらしい、ってな」
バルガーさんは、冗談めかして笑うが、その目は真剣にこちらを探っている。 私とエリスさんは顔を見合わせ、苦笑した。
「……まあ、当たらずとも遠からず、といったところかしらね」
エリスさんが肩をすくめる。
「化け物退治は冒険者の常よ。いちいち気にしてもいられないわ」
「へっ、言うねえ。ま、無事に帰ってきたならそれでいいさ。お前さんたちが無事なら、うちの売り上げも安泰だからな」
「あら、心配してくれてたわけじゃなくて、そっち?」
「商売人だからな!」
バルガーさんの豪快な笑い声につられて、私たちも声を上げて笑った。
食堂の喧騒、食器の触れ合う音、そして温かい料理。
ここには、飾らない日常があった。
食事を終え、お腹も心も満たされた私たちは、部屋へと戻った。 ランプの灯りをともし、エリスさんがベッドに腰を下ろす。
「……ふぅ。生き返ったわ」
彼女は大きく伸びをして、窓の外、天井に輝く鉱石の星空を見上げた。
「ねえ、リィア」
「はい?」
「さっきはああ言ったけど……やっぱり、少しだけ気にしてるんでしょ? あの勇者たちのこと」
エリスさんの声は、食堂での明るい調子とは違い、静かで優しいものだった。 私は、机の上に置いた杖を指でなぞりながら、少しだけ考えた。
「……そうですね。気にしていないと言えば、嘘になります」
私は、窓辺に歩み寄り、ガラスに映る自分の顔を見つめる。
「彼らは、まだ自分の足で立っていない。誰かに与えられた『勇者』という役割を、あまり受け止めきれていないように感じました」
「……あんたにも、そんな時期があったの?」
「ええ。ほんの少し前まで、ですけどね」
私が微笑むと、エリスさんもつられて小さく笑った。
「ま、あいつらがどうなるかは、あいつら次第よ。私たちが口を出すことじゃないわ」
「そうですね。彼らには彼らの冒険がある。私たちには、私たちの旅がある」
私は窓から視線を外し、部屋の隅に置かれた地図を見た。
「それより、明日のことです」
「ん? 報告に行くんでしょ?」
「ええ。ですが、それが終わったら……少しだけ、寄り道をしてもいいですか?」
「寄り道?」 エリスさんが怪訝な顔をする。
「ピヨのことです。ずっと迷宮の中にいて、彼も少し窮屈そうでしたから。地上の広い空で、思いっきり翼を伸ばさせてあげたいんです」
私の提案に、エリスさんは呆れたように、でも温かい目で笑った。
「……あんたって本当に、身内には甘いのね」
「相棒ですから」
「はいはい。付き合うわよ。どうせ、私も久々に地上の空気を吸いたいと思ってたところだし」
「ありがとうございます、エリスさん」
夜が更けていく。 窓の外の鉱石の光も、少しずつその輝きを弱め、迷宮都市に夜の静寂が訪れようとしていた。
明日は、ギルドマスターへの報告。そして、久しぶりの地上。 やるべきことは多いが、今はただ、この心地よい疲労感に身を委ねよう。
「……おやすみなさい、エリスさん」
「ええ。おやすみ、リィア」
ランプの灯りを消すと、部屋は優しい闇に包まれた。
、私は目を閉じ、明日の空の青さを思い描きながら、深い眠りへと落ちていった。




