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ガルドランへの帰り道

闘技場を後にした私たちに、もう誰も声をかける者はいなかった。



「……はぁ。なんなのよ、あいつら」


第19階層へと続く、長い階段を降りながら、エリスさんが、溜まりに溜まった鬱憤を吐き出すように、悪態をついた。


「せっかく、あのワケの分からない番人を倒したっていうのに、後味が悪いにもほどがあるわ。感謝の一つも言えないのかしら。」


その声には、隠しようのない怒りが滲んでいる。無理もない。彼女は、私以上に、彼らの理不尽な言動に憤慨してくれていたのだから。


「まあ、落ち着いてください、エリスさん」


「落ち着いていられるわけないでしょ! 特にあの槍使いの男! 次会ったら、私が叩きのめしてやるんだから!」


「ふふ、それも面白そうですね。ですが、きっと、その必要はありませんよ」


「どういう意味よ?」


私は、壁際に灯る光ゴケの、淡い光を見つめながら、静かに答えた。

「彼らも、きっと、必死なだけなのですよ」

「……必死?」


「ええ。突然、訳も分からない世界に連れてこられて、『世界を救え』だなんて、とてつもない重圧をかけられている。……自分たちが何者で、何をすべきなのか、その答えを探して、必死にもがいている。……私には、そう見えました」



「……甘いわよ、リィア。あいつらは、あんたに恩を仇で返したのよ?」


「そうかもしれません。ですが、彼らが未熟だからといって、私たちまで同じ土俵に上がる必要はありませんでしょう?」


私がそう言って、穏やかに微笑むと、エリスさんは、何か言いたげに口を開きかけたが、やがて、諦めたように、一つ大きなため息をついた。



そんな会話を交わしているうちに、私たちは、何事もなく、中継都市ガルドランのある、第15階層へと戻ってきた。

闘技場の、あの張り詰めたような静寂が嘘のように、ガルドランは、いつもと変わらぬ冒険者たちの熱気と喧騒に満ちている。


宿屋「風追い人の羽根亭」の、私たちの部屋に戻ると、エリスさんは、鎧を脱ぎ捨て、ベッドに倒れ込んだ。


「……疲れた。身体より、精神的に、ね」


「ええ、お疲れ様でした。少し、休みましょうか」


私も、壁に立てかけてあった杖を、そっと机の横に置く。

窓の外では、天井の光る鉱石が、夜空の星のように、きらきらと輝き始めていた。


「……それにしても」


ベッドの上で、大の字になったまま、エリスさんが、天井を見上げながら呟く

「あんた、これからどうするつもり? あの勇者たち、この先も、何かと絡んできそうじゃない」


「そうですね……。ですが、私の方から、彼らに関わるつもりは、今のところありません」


私は、机の上に、ランパードの地図を広げた。


「まずは、ギルドマスター・グラハムに、今回の件をきちんと報告しないと。彼に依頼されたは、無事に終わりましたから。これで、また気兼ねなく、旅を続けられます」


エリスさんが、私のその言葉に、少しだけ呆れたように、でも楽しそうに笑う。


「昔、私に旅の楽しさを教えてくれた人がいまして。この迷宮も、まだまだ見て回りたい場所がたくさんありますから。……さあ、行きましょうか。ガルドランの美味しいごはんが、私たちを待っていますよ」


私がそう言って微笑むと、エリスさんの顔が、ぱあっと輝いた。


「……いいわね、それ! 賛成!」


エリスさんは、ベッドから勢いよく起き上がると、すっかりいつもの調子を取り戻していた。


「あの嫌味な連中の顔なんて、美味い酒で洗い流してやるんだから!」


「ええ。それが一番ですね」


私たちは、階下の食堂へと向かった。

夕食時を少し過ぎた時間帯だったが、食堂は、依頼を終えた冒険者たちの熱気で満ちている。

私たちの姿を認めると、何人かが「おお」と声を上げ、少しだけ道を開けてくれた。どうやら、私たちの噂も、少しずつこの街に広まっているらしい。


「よう、お帰り。ずいぶんと、大層なもんを片付けてきたらしいじゃねえか」


カウンターの奥から、宿の主人であるドワーフのバルガーさんが、ニヤリと笑って声をかけてくる。


「噂が早いですね、バルガーさん」


「当たりめえよ。この街の噂は、風より速えんだ。で、祝杯か?」


「ええ、もちろん! とびきり濃いやつをお願い、バルガーさん!」


エリスさんが、楽しそうにカウンター席に腰掛ける。


私も、その隣に座った。

「私は、果実水でお願いします。甘いやつを」


「へっ、嬢ちゃんは酒じゃねえのか。まあ、エルフはそういうもんだわな」


バルガーさんが、手際よくエールと、綺麗な赤い果実水を、私たちの前に置いてくれる。

私たちは、こつん、とグラスを軽く打ち合わせた。


「それにしても」


エリスさんが、エールを一口、美味そうに呷ってから、言った。


「ギルドマスターへの報告って言ったって、どうするのよ。ここから地上まで、また十五階層も、階段をえっちらおっちら登っていく気?」


「……それも、考えものですね。正直、少しだけ、億劫です」


私のその素直な言葉に、エリスさんが「でしょ!?」と我が意を得たりと頷く。

すると、私たちの会話を聞いていたバルガーさんが、グラスを拭きながら、口を挟んできた。


「はっ、嬢ちゃん、そんなことも知らねえのか」


「何か、別の方法があるのですか?」


「ああ。あるぜ、冒険者のための公的なインフラがな」


彼は、店の奥、ランパードの地上へと続く方向を、親指でくいと指し示した。


「このガルドランのギルド支部にはな、地上の本部に繋がってる、公式の転移装置があんだよ。ただし、15階層から地上への、一方通行だけどな」


「転移装置……!」


「おう。迷宮で活動する冒険者が、報告や物資の補給のために、いちいち自分の足で戻ってちゃ、日が暮れちまうからな。アイアンランク以上の、正式なギルド員なら、誰でも使えるぜ。プレートを見せて、簡単な手続きをするだけだ」


「……なんだか、拍子抜けしちゃったわね」

「ええ。私たちの心配は、杞憂だったようです」


バルガーさんは、そんな私たちを見て、楽しそうに笑った。

「まあ、そういうこった。だから、今夜は、そんな難しい顔してねえで、ゆっくり飲んでいきな」

「……そうですね。そうさせていただきます」


私は、甘い果実水を、ゆっくりと一口、味わった。

これで、明日やるべきことも、はっきりと決まった。

まずは、地上のギルドマスターに、この大仕事の完了を報告する。


今はただ、この一杯の休息を、楽しむとしよう。

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