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召喚され損ねたこの世界で、ありのままに生きてみる  作者: オオマンティス
迷宮都市ランパード編

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ガルドランへの帰り道

闘技場を後にした私たちに、もう誰も声をかける者はいなかった。 あの場に残された勇者たちが、どんな顔で私たちを見送っていたのか。今はもう、知る由もない。


「……はぁ。なんなのよ、あいつら!」


第19階層へと続く、長い階段を降りながら、エリスさんが溜まりに溜まった鬱憤を吐き出すように、悪態をついた。


「せっかく、あのワケの分からない番人を倒したっていうのに、後味が悪いにもほどがあるわ。感謝の一つも言えないのかしら!」


その声には、隠しようのない怒りが滲んでいる。無理もない。彼女は、私以上に、彼らの理不尽な言動に憤慨してくれていたのだから。


「ええ、お気持ちは痛いほど分かります。せっかくの大一番だったのに、最後があれでは台無しですね」 私も、エリスさんの怒りに静かに頷く。


「でしょ!? 特にあの槍使いの男! 次会ったら、私が叩きのめしてやるんだから!」


「葛城隼人、でしたか。……ふふ、彼なら相変わらずですよ」


「相変わらず?」


エリスさんが怪訝な顔をする。私は階段の壁に灯る光ゴケを見つめながら、以前の出来事を思い返していた。


「ええ。私がこの街に来た初日のことです。彼は広場で、小さな女の子から魔獣の卵を力ずくで奪おうとしていました。『俺たちの方が有効に使える』なんて言って」 「はぁ!? 最低じゃない!」


「その時も、自分の思い通りにならないと分かると、すぐに顔を真っ赤にして怒鳴り散らしていました。……どうやら彼は、世界が自分中心に回っていないと気が済まない、困った性分のようですね」


私の言葉に、エリスさんは呆れ果てたように天を仰いだ。


「何よそれ……。救いようがないわね」


「ええ。ですから、まともに相手をするだけ損というものです。道端で喚く野良犬に、いちいち説教をしてあげる義理もありませんでしょう?」


私がそう言って肩をすくめると、エリスさんはしばらくブツブツと言っていたが、やがて大きく息を吐き出した。


「……はぁ。あんたがそう言うなら、そういうことにしておくわ。あんな奴のためにイライラするのも、馬鹿らしくなってきたし」


「その通りです。忘れてしまいましょう。楽しい冒険の記憶だけを、お土産に持ち帰ればいいんです」


そんな会話を交わしているうちに、私たちは、何事もなく、中継都市ガルドランのある、第15階層へと戻ってきた。 闘技場の、あの張り詰めたような静寂が嘘のように、ガルドランは、いつもと変わらぬ冒険者たちの熱気と喧騒に満ちている。


宿屋「風追い人の羽根亭」の、私たちの部屋に戻ると、エリスさんは、鎧を脱ぎ捨て、ベッドに倒れ込んだ。


「……疲れた。身体より、精神的に、ね」


「ええ、お疲れ様でした。少し、休みましょうか」


「……それにしても」


ベッドの上で、大の字になったまま、エリスさんが、天井を見上げながら呟く。


「あんた、これからどうするつもり? あの勇者たち、この先も、何かと絡んできそうじゃない」


「そうですね……。ですが、私の方から、彼らに関わるつもりは、今のところありません」


私は、机の上に、ランパードの地図を広げた。


「まずは、ギルドマスター・グラハムに、今回の件をきちんと報告しないと。彼に依頼された調査は、無事に終わりましたから」


「そういえば、あのギルドマスター、第20階層の件でピリピリして、数日前からガルドランの支部に乗り込んできてるって噂よ。あの謹厳実直な爺様が、ね」


「まあ、それなら話が早いです。わざわざ地上に戻る手間が省けましたね」


私は地図を畳むと、エリスさんに向かってにっこりと微笑んだ。


「報告は明日でも大丈夫でしょう。それより、行きましょうか。ガルドランの美味しいごはんが、私たちを待っていますよ」


私のその言葉に、エリスさんの顔が、ぱあっと輝いた。


「……いいわね、それ! 賛成!」


エリスさんは、ベッドから勢いよく起き上がると、すっかりいつもの調子を取り戻していた。


「あの連中の顔なんて、美味い酒で洗い流してやるんだから!」


私たちは、階下の食堂へと向かう。


夕食時を少し過ぎた時間帯だったが、食堂は、依頼を終えた冒険者たちの熱気で満ちている。 私たちの姿を認めると、何人かが


「おお」と声を上げ、少しだけ道を開けてくれた。

私たちの噂も、少しずつこの街に広まっているらしい。


「よう、お帰り。ずいぶんと、大層なもんを片付けてきたらしいじゃねえか」


カウンターの奥から、宿の主人であるドワーフのバルガーさんが、ニヤリと笑って声をかけてくる。


「噂が早いですね、バルガーさん」


「当たりめえよ。この街の噂は、風より速えんだ。で、祝杯か?」


「ええ、もちろん! とびきり濃いやつをお願い、バルガーさん!」


エリスさんが、楽しそうにカウンター席に腰掛ける。


私も、その隣に座った。


「私は、果実水でお願いします。甘いやつを」


「へっ、嬢ちゃんは酒じゃねえのか」


バルガーさんが、手際よくエールと、綺麗な赤い果実水を、私たちの前に置いてくれる。 私たちは、こつん、とグラスを軽く打ち合わせた。


「報告が無事に終わったら、一度ピヨを地上の広い場所で休ませてあげたい気もします。……でも、また15階層分を、徒歩で登るのは少し億劫ですね」


私がそうこぼすと、エリスさんが「あんた、まさか知らないの?」と、呆れたように笑った。


「ガルドランのギルド支部にはね、地上の本部に繋がってる、公式の転移装置があるのよ」


「転移装置……!」


「ええ。アイアンランク以上のギルド員なら、簡単な手続きで地上へ一方通行で飛べるわ。報告や物資補給のための、重要なインフラよ。いちいち自分の足で戻ってちゃ、日が暮れちまうでしょ」


「……なんだか、拍子抜けしちゃいました。早く教えてくださいよ、もう」


私がそう言って、少しだけ拗ねたように見せると、エリスさんは「ごめんごめん」と楽しそうに笑った。


バルガーさんも、そんな私たちを見て、白い髭を揺らしている。


「まあ、そういうこった。だから、今夜は、そんな難しい顔してねえで、ゆっくり飲んでいきな」


「……そうですね。そうさせていただきます」


私は、甘い果実水を、ゆっくりと一口、味わった。 これで、明日やるべきことも、はっきりと決まった。 まずは、このガルドランの支部にいるギルドマスター・グラハムに、この大仕事の完了を報告する。


今はただ、この一杯の休息を、楽しむとしよう。

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