理不尽には正論を
更新が遅くなり申し訳ないです。
それと、新作について活動報告をさせていただいていますので、お時間がある時に見ていただけると嬉しいです。
闘技場は、完全に静まり返っていた。
さっきまで暴れ回っていた番人の姿はどこにもなく、床には金属の残骸がキラキラと光っているだけ。
後に残されたのは、口を半開きにしたまま、呆然と立ち尽くす十四人の「勇者」たちだけだった。
「……ふぅ。終わりましたね、エリスさん」
「ええ……。ていうか、あなたが一人で終わらせたんでしょ、あれ……」
隣で、エリスさんが呆れたような声を出す。
私は彼女に、悪戯っぽく片目を瞑ってみせると、闘技場の壁際へと歩き出した。壁に深々と突き刺さっていた杖を、こともなげに引き抜く。
杖に傷一つないことを確認して、ほっと息をついた、まさにその時だった。
「――おい」
背後から、低くて、とても不機嫌な声が飛んできた。
振り返ると、魔槍を肩に担いだ葛城隼人が、こちらを睨みつけている。
「てめえ、何してくれてんだ?」
「……え?」
思わず、素っ頓狂な声が出た。
「何、とは……? ご覧の通り、あの番人を倒しただけですが……」
「だから、それを言ってんだよ!」
葛城は、イライラした様子で、槍の柄で床を強く打ち鳴らした。
「あと一歩だったんだよ! 俺たちが、あの鉄クズを倒す、その直前だったんだ! てめえが余計なことをしなけりゃな!」
あまりにも理不尽な言い分に、私は完全に困惑してしまった。
「え、ええ……? ですが、あなた方、かなり危ない状況に見えましたが……」
「うるせえ! あれは作戦だ! 敵を油断させて、一気に叩くためのな! お前みたいな素人が、しゃしゃり出てきたせいで、全部台無しにしやがった!」
「そ、そうだったのですか……。それは、すみません……?」
私がとりあえず謝ってみるが、彼の怒りは全く収まらない。
それどころか、葛城の隣にいた牧野や斎藤といった取り巻きたちまでが、ここぞとばかりに私を責め立て始めた。
「そうだぜ。俺たちの連携を、あんたが乱したんだ」
「せっかくの作戦が、全部パーだ」
「待て、お前たち!」
その時、彼らの身勝手な言葉を、凛とした声が遮った。
結城大和が、葛城の前に立ちはだかるようにして、割って入ってきたのだ。
「彼女がいなければ、俺たちは全滅していたかもしれないんだぞ! まずは、お礼を言うのが筋だろう!」
「ああ? 勇者様は、相変わらずおめでたい頭だな。こいつは、俺たちの手柄を横取りした、ただの泥棒だ!」
「葛城!」
二人が睨み合う。その一触即発の空気を、今度は、氷のように冷たい声が、静かに断ち切った。
「――やめなさい。見苦しいわよ」
賢者の高坂静流が、腕を組んだまま、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。
彼女は、葛城を、まっすぐに射抜いていた。
「作戦? 油断させる? ……笑わせないで。私が見たのは、自分たちが勝てないと分かった途端、仲間を見捨てて、一人で逃げ出す準備をしていた、卑怯な男の姿だけよ」
「……なっ!?」
葛城の顔色が変わる。
「て、てめぇ、何言ってやがる!」
「事実よ。あなたは、聖女様が結界を破られそうになった時、彼女を庇うどころか、その背後で、一人だけ転移結晶を使おうとしていた。……違うかしら?」
高坂の、静かな、しかしあまりにも痛烈な指摘。
大和パーティの何人かが、はっとしたように、葛城を見た。
葛城は、何も言い返せずに、「ぐ……」と呻くことしかできない。
高坂は、そんな彼に、冷たい視線を向けたまま、続ける。
「リィアさんとエリスさんは、仲間を見捨てようとしたあなたの代わりに、私たち全員を結果的に救った。それに対して、その言い草は、人として、あまりにもみっともないんじゃないかしら?」
その言葉は、どんな魔法よりも、どんな剣よりも、鋭く、葛城のプライドを切り裂いた。
完全に言葉を失った葛城の代わりに、今度は、後方で静観していた桐谷蒼が、その眼鏡の奥の目を光らせて、口を挟んだ。
「まあまあ、高坂さん。彼の言い分も分からなくはない。僕のスキル『神の瞳』で視たところ、彼女のステータスは、僕たちとは比べ物にならないほど低い。そんな相手に助けられたとなれば、彼がプライドを傷つけられるのも、無理はないさ」
「……そうか!」
桐谷の言葉に、葛城が、まるで救いの手でも差し伸べられたかのように、勝ち誇った表情を取り戻した。
「おい、聞いたかよ、勇者様! こいつは、俺たちを騙してたんだよ! 本当は、ただの雑魚のくせによ!」
大和と高坂の顔に、今度は明確な、彼らへの侮蔑の色が浮かぶ。
私は、ふぅ、と一つ、深いため息をついた。
「――もう、よろしいでしょうか」
私の、あまりにも静かで、しかし、全ての空気を支配するその一言。
その場の全員が、私へと視線を向けた。
私は、まず、大和と高坂に、穏やかな笑みを向ける。
「結城さん、高坂さん。あなた方の、公正なご意見に感謝します。ですが、この議論は、これ以上続けてもあまり意味がないようですね」
そして、私は葛城たちへと向き直った。
「あなた方の主張は、分かりました。では、一つ、ご提案があります」
「……何?」
「この番人を倒したのは、本当にあなた方だと言うのであれば、どうぞ、そのようにギルドマスター・グラハムにもご報告ください」
私のその、あまりにも予想外の言葉。葛城たちが、きょとんとした顔をする。
私は、にっこりと、完璧な笑みを浮かべて、続けた。
「その際、ぜひ、詳しくご説明されるとよろしいでしょう。ゴールドランクパーティですら撤退したこの任務を、あなた方が、どのようにして『あと一歩』まで追い詰めることができたのか。その、素晴らしい『作戦』とやらも。……ああ、それと、途中で仲間を見捨てて逃げ出そうとしたことも、正直に、報告すべきですね。きっと、ギルドマスターも、感心なさるに違いありません」
葛城と桐谷の顔が、みるみるうちに、真っ青になっていくのが分かった。
ギルドマスター・グラハムが、どれほど規律と信義を重んじるドワーフであるか、彼らとて知っているはずだ。そんな報告をすれば、自分たちがどうなるか。
「行きましょうか、エリスさん。ギルドマスターへの、本当の報告が、遅くなってしまいます」




