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学院への道

父と母、そしてミエルの両親に見送られ、私たちは森の小道へと足を踏み出した。

しばらく歩いて、家の姿が完全に見えなくなったところで、ミエルがぽつりと呟く。


「……行っちゃったね、私たち」

「ええ。ここからはもう、私たち二人だけですね」


初めて、父と母のいない場所へ行く。

少しだけ心細い。でも、それ以上に、胸いっぱいに広がるワクワクする気持ちの方が、ずっと大きかった。

隣を歩くミエルの横顔も、不安より期待の方が勝っているように見える。


私たちの故郷である首都シルヴァヌスから、アルボリア学院までは、歩いて半日ほどの距離だ。

危険な魔獣が出るような場所ではないけれど、私たちにとっては、初めての二人きりの旅。


「見て、リィア! あんなところに、水色のキノコが生えてる!」

「本当ですか? 図鑑でしか見たことがありませんでした。傘の裏に、魔力を溜め込む性質があるとか」

「うん! 触るとね、少しだけひんやりしてて、気持ちいいんだよ」


ミエルは、まるで宝物でも見つけたかのように、目を輝かせている。

彼女と一緒にいると、これまで書斎の窓からしか見ていなかったこの森が、全く違う顔を見せてくれる。

本の中の知識が、彼女の言葉を通じて、どんどん生きたものに変わっていく。

この感覚が、私はたまらなく好きだった。


道中は、とても穏やかだった。

澄んだ小川のせせらぎを聞きながら、母が作ってくれたお弁当を食べ、木陰で少しだけ昼寝をする。

それは、冒険というよりは、楽しい遠足に近いのかもしれない。


(でも、こういう時間も、きっと大切なんだろうな)


エレーナさんのような旅人になるためには、まず、自分の足で歩くことの楽しさを知らなければ。

私は、木漏れ日の中で気持ちよさそうにうたた寝をしているミエルの寝顔を見ながら、そんなことを考えていた。


しばらく歩くと、道の先に、私たちと同じような年の頃のエルフたちの姿が見え始めた。

どうやら、同じように学院を目指す、新入生たちらしい。


(ふふ、色々な人がいますね)


やけに立派な装飾の杖を、自慢げに振り回している男の子の一団。

(……あの一団、見るからに裕福そうですけど、装備の選び方は素人ですね。魔力の流れが全然整っていません)


かと思えば、一人で黙々と、分厚い本を読みながら歩いている女の子もいる。

(……なんだか、少し前の私を見ているようです)


それぞれが、それぞれの期待を胸に、同じ場所を目指している。

その事実が、私をなんだか不思議と、誇らしい気持ちにさせた。

私たちは、これから始まる物語の、同じページの登場人物なのだ。



やがて、森の木々が緩やかに拓けたその先に、その学び舎はあった。

私とミエルは、思わず足を止める。


アルボリア学院――それは、巨大な樹々が複雑に絡み合い、一体となって形成された、壮大な生きた建築物だった。


いくつかの巨大な樹の幹が校舎そのものとなり、その間を蔦で編まれた吊り橋が繋いでいる。窓という窓からは柔らかな木漏れ日が差し込み、壁を覆う苔は銀色の燐光を放っていた。屋根という概念はなく、頭上には世界樹の雄大な枝葉が、天然の日傘のようにどこまでも広がっている。

空気は澄み渡り、花の蜜の甘い香りと、古い木の落ち着いた匂いが混じり合っていた。遠くから、澄んだ鐘の音が風に乗って聞こえてくる。


「すごい……」

隣で、ミエルがぽつりと、夢見るような声を漏らす。

「本当に、あったんだね。学院……」


「ええ」

私も、目の前の光景から目を離せないまま、静かに頷いた。

「私たちの夢の、入り口ですね」

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