第5話 お金とはなにか
僕とユリーナは島に隠されていた小舟で大陸に向かった。
大陸に着いたのは明け方だ。
ユリーナがあえて到着時刻を調整したようだ。
ニンゲンに見つかることはなかった。
「ユリーナ。僕たちはどこへ行けばいいんだろう?」
「ニンゲン世界には、町という集落があります。まずはそこがよろしいかと」
「場所は知っているの?」
「はい。魔王様の指示で、何度か偵察に来たことがあります」
「そうなんだ。じゃあ、案内してくれるかな」
「かしこまりました」
道を進んでいると、ニンゲンが馬車を引いて歩いていた。
僕は思わず島から持ってきた剣に手をかけ、戦闘態勢に入る。
「お待ちください、イロキ様。ここは私が」
するとニンゲンは穏やかな表情で話しかけてきた。
そうか、今はニンゲンの姿に化けているから、襲ってこないんだ。
「おや、旅の人かね。ポーションは持っているかい?」
ポーション。。回復アイテムだ。
この大陸にもあるのか。
「ちょうどいいですね。3つほどください」
「あいよ。450Gだ」
すると、ユリーナはカバンから《《金色の金属》》を取り出し、ニンゲンに渡した。
ニンゲンがユリーナにポーションを渡す。
「毎度あり。道中気をつけてな」
ニンゲンはそういうと、馬車を引いて去っていった。
「ユリーナ。今の金属は何なんだい?」
「あれは、《《お金》》というものです」
「お金?」
「はい。私たちは、誰かにモノをあげたり、誰かからモノをもらったりするとき、《《それは単なる譲渡》》です」
「そんなの、当たり前じゃないの? 持ってたらあげるし、欲しいならもらう」
「いえ、ニンゲン社会では、当たり前ではありません。ニンゲンの基本は、《《物々交換》》です」
「物々交換?」
「はい。何かをあげたら、何かをもらう。何かをもらったら、何かをあげる。例えばイロキ様がリンゴをいくつか持っているとします。私は包丁を持っている。イロキ様はリンゴを切るために包丁が欲しい。この場合、イロキ様は私から包丁をもらうかわりに、リンゴを1つ渡さなければなりません」
「なんか、面倒だね」
「このときの問題は、≪イロキ様は包丁を持っている人を探すだけではダメ≫だということです」
「え? どういうこと?」
「その包丁を持っている相手が、《《リンゴを欲しがっている》》必要があります」
「ああ、そういうことか。でも≪包丁を持っていて、かつリンゴを欲しがっている人≫なんて、そうそう見つからないんじゃないの?」
「その通りです。そのためにニンゲンは《《お金》》というものを生み出しました。つまりこういうことです。イロキ様はリンゴを渡す代わりに、お金をもらう。次に、包丁を持っている人を探して、お金を渡し、包丁をもらう。これならば、包丁をもっている人を探すだけで済みます」
「でも、それはその人がお金を欲しがっていないとダメじゃない?」
「ええ。しかし、お金はいわば、何とでも交換できる媒介です。ですので、みんなが欲しがる。いえ、《《みんなが欲しがらなければならない》》のですよ」
「あぁ、そういうことか」
「ですから我々のように、単にあげる、もらうという関係ではお金は必要ありません。物々交換だからこそ、お金が生まれたのです」
僕は、自分たちの社会とニンゲン社会の大きな違いを、さっそく知ったのだった。