5 エンタメを広めてほしいですってぇ!
エンタメがないってどういうこと?と考えていたティアは、ふとあることを思いついてグラビスに尋ねた。
「グラビスニアの人には「楽しい」っていう感情はあるんですか。」
「それはもちろんありますよ。」とグラビスは答える。「何をどういう風に楽しんでるんですか?」
「楽しい」という感情があるということは何か具体的に人々が楽しんでいることがあるということで、それならば何かしらエンタメと言えるものがありそうなものだけど、と思い、ティアは重ねて尋ねた。
ティアのこの問いに対するグルビスの答えはこうだった。
「例えば、読書を楽しむといったことはあります。ですがエンタメ小説などは存在しません。お芝居は存在しますがもっぱら教育や政治目的で、見て楽しむということはありません。映画もありますがお芝居と同じかニュース映画だけです。」
グラビスの答えを聞けば聞くほどなんだか寂しい気持ちになってくるが、なるほど、エンタメの土台になるものがまったくないわけではないということか、とティアは理解した。
グラビスは言った。
「「モンドスニア」の様子を見せてもらったときに「モンドス」に聞いたのですが、「モンドスニア」では何千年も前からエンタメが文化として存在していということです。あなた方はご存じでしたか。」
三人は目を見合わせた。何千年も前と言われてもそのころ日本はないし、歴史でエンタメのことを習った記憶もない。
「エジプトとか古代ギリシャ・ローマとかかなぁ」とティアが首をかしげながら言うのが精いっぱいだった。
グラビスは続けた。
「「グラビスニア」の文明の進展具合は「モンドスニア」よりは少々、そうですね100年くらいでしょうか、遅れているようですが、現時点でエンタメが存在しないのに、今後自然にエンタメ文化が発生するとは到底思えないんです。そこで、わたくしにできる「介入」をすることで「グラビスニア」にエンタメを持ち込むしかないか、と決断したのです。」
「ということは、わたしたちが「グラビスニア」にエンタメを持ち込むことを期待しているってことですか?」ティアが心底嫌そうな顔になってそう言った。
「そうです。持ち込む、に止まらず根付かせてほしいと期待しています。」
そんな大それた期待を持たれても困るよ。三人は心底思った。
「なんでわたしたちなんですか?ハリウッドの巨匠とかもっと凄い人がいっぱいいるじゃないですか。日本人だって〇本康とか。〇海誠とか。」
そこまで言ってティアはふと思いついた。
「あ、わたしたちが地下アイドルだから「モンドスニア」からいなくなってもほとんど影響がないだろう、とかそういう理由ですか?」ティアは怒りを爆発させた。
「あなた方を選んだのは」
グラビスは慌てる様子もなく答えた。
「あなた方がセルフプロデュースアイドルだから、というのが一番の理由です。」
その答えにティアは目を見開いて驚いた表情になる。まったく予想外の答えだったのだ。
「グラビスニアにはエンタメがありません。ですからエンタメを支える産業的基盤もスキルや知識を持った人材もいません。ハリウッドの巨匠や凄腕プロデューサーも彼らの才能を発揮できるインフラが整っているからこそ素晴らしい仕事ができるのであって、彼らを転移させたとしても、彼らがその能力を発揮できるインフラが一切ないのです。そして彼らはそのようなインフラを自ら作ってきたわけではありませんから、グラビスニアでそうしたインフラを作り上げるためのスキルは持っていません。」
「その点あなた方はアイドルとしての活動をほぼ自前で行っていますよね。曲も歌詞も振り付けも、自分たちや友達という範囲で作り上げています。そんなあなた方なら、アイドル活動のインフラのないグラビスニアに「アイドル」というエンタメを根付かせられるだろうと期待しているのです。まあ、巨匠を転移させたいとわたくしが思ったとしてもモンドスが合意しないでしょうから結局転移は実現しないですし。」
「話はわかったけど一方的に転移させられるのは嫌だよね。」
カノンがティアとフウカに言い、二人も同意する。
「そうよそうよ。家族とか友達とか彼氏とも会えなくなるんでしょ?まぁ彼氏はいないけど。」
「いつか戻れるんですか?」
それを聞いたグラビスは一応申し訳なさそうな顔をする。
「転移した後は「モンドスニア」の方たちとは一切会えなくなりますし、再び戻ることもできません。」
案の定、という感じだがはっきり言葉で言われて三人は反発した。
「じゃあ嫌だ。わたしは転移しない。」
カノンが転移を拒絶する。ティアとフウカもそれに同意しようとしたが、その暇を与えず、グラビスは言う。
「転移はわたくしとモンドスの合意によって成立していますから確定事項です。あなた方に拒否はできません。というか、既にあなた方の身体は「モンドスニア」からここへ移ってしまっているので、わたくしもモンドスもあなた方を戻すことができません。そのような権能は「造物主」には与えられていませんから。」
「何よそれ!」
「意思確認もしないで勝手に!」
「あんたが悔しいからなんていう身勝手な理由で納得できるわけないでしょ!」
三人は入れ代わり立ち代わりグラビスに向かって激しくクレームを投げつけた。