4 転移先はグラビスニア
グラビスが俯いて黙り込む様子を三人が訝しく思っていると、やがてグラビスは再び口を開いた。
「わたくしはわたくしの「世界」を創造した後、ずっと観察してきました。もう40億年くらいになりますか。」
グラビスは遠い目をしていた。長きの時を思い出しているようだ。
「先ほどご説明した通り、「造物主」に与えられた権能は「世界創造」とそれに付随する若干の措置ですから、「世界」の物理法則と初期状態を完全に把握してはいるものの、その情報から「世界」の未来を正確に計算することはできません。」
「それでも、わたくしなりに「世界」がどのように運動するのかを予想し、わたくしが設定した物理法則と初期状態からのわたくしの「世界」が進んでいく様をわたくしはかなり楽しんで眺めていました。」
「そうした「観察」がわたしたち「造物主」の楽しみなのですが、ときには他の「造物主」の「世界」も見せてもらうことがあります。」
「そして先日わたくしは、あなた方の生きてきた「世界」の様子を見せてもらったのです。ですがそれがわたくしの不幸の始まりでした。」
グラビスのその言葉にカノンが言った。
「なんか嫌なものでも見ちゃったんですか?」
しかしグラビスはカノンの言葉を否定した。
「違うのです。あなた方の「世界」の素晴らしいところ、わたくしの「世界」には存在しないものを目にしてしまい、わたくしは自分の「世界」に不満を抱くことになってしまったのです。」
グラビスは愁いを帯びた表情になってため息をついた。
その様子を見てフウカが「事象が完全に決定されちゃってない方がいいなって思ったんですね。何もかもあらかじめ決まっちゃってるなんてなんだか寂しいもんね」と思い、独り言のようにそう言った。
ところがグラビスの答えは違っていた。
「いえ、そうではないのです。」あ、そうじゃないのね。
「わたくしの「世界」には、あなた方の生きてきた世界に当たり前のように存在している「エンタメ」がないのです。それ以外はあなた方の生きてきた世界とかなり似通っているのですけれど。」
「あなた方の生きてきた世界に…」
「ちょっとごめんなさい。」カノンがグラビスを遮った。
「その長ったらしい「あなた方の生きてきた世界」ってなんとかなりませんか?「世界」にはなんか名前とかはないんですか?」
カノンの言葉にグラビスは戸惑ったような表情になった。
「「世界」の名前ですか。名前で呼ぶ必要もありませんから考えたことがなかったですね。」
そう言うとグラビスは右手の人差し指を右頬に当ててしばらく考えた。実体がないっていう割にはずいぶんと人間っぽい仕草をするものである。
「そうですね。「世界」には特に名前はありませんが、各々の「世界」を創造した「造物主」には名前がありますから、「造物主」の名前で呼びましょうか。」
「そうしてください。」
「あなた方が生きてきた世界の「造物主」の名前は「モンドス」ですから、あなた方が生きてきた世界のことも「モンドス」と呼びますね。」
「そうしたらグラビスさんの「世界」は「グラビス」ってことでいいですか?」
「そうですね。」
グラビスがほほ笑んで話を進めようとしたがティアが押しとどめた。
「ちょっと待った。それだと「造物主」の名前と「世界」の名前がまったく一緒でこんがらがりそうよ。」
それを聞いたグラビスは「なるほど」と呟くと、またしばらく考えて「それでは「造物主」の名前の後に「ニア」をつけて「世界」の名前とするのはどうでしょう。モンドスの世界はモンドスニア、わたくしの世界はグラビスニア。」
「それで構いません。」
「世界」の名前が落ち着いたところで、改めてグラビスは話始めた。
「それで、わたくしは「モンドスニア」の様子を見て、人々が様々なエンタメを楽しんで幸せを感じているのがとてもうらやましく感じ、わたくしの世界「グラビスニア」にエンタメが存在しないことがとても残念で悔しかったのです。」
そう言った後、グラビスは「わたくしの世界があんなやつの世界に負けるなんて(怒)」と呟いている。やはりグラビスはモンドスにかなり含むところがあるようだが三人はその呟きをスルーして話を進めた。
「エンタメがないって、映画とかテレビとか何にもないんですか?」
そんな世界耐えられない、と自分がこれから転移しなければならない世界に絶望的な思いを抱いてフウカが勢いよく言った。だがグラビスの答えは冷たかった。「その通りです。」
「歌もないんですか?」そんなことはあり得ないだろう、と思いながらティアが尋ねた。
「歌はありますが、歌はグラビスニアではエンタメにはなっていません。子守歌だったり宗教的な儀式だったりです。」
「吟遊詩人とかはいないんですか?」とカノン。
「いませんね。歌を楽しむという文化が一切ないのです。」
「そんな世界楽しくなくね?」カノンが不満そうに言う。
「そうでしょう?まったく同感です。わたくしも「モンドスニア」を見たときにエンタメをとても素晴らしいと感じ、それと「グラビスニア」を比べて、わたくしの世界から色が失われたように感じてしまったのです。」