1 え?ここどこ?
「うー、るんるん……、あれ?」ふと気が付くと、ティア、カノン、フウカの三人は何もない空間にいた。
この三人は歴としたアイドルである。まあアイドルとは言ってもいわゆる地下アイドルである。
「いや、おまいら地底やろ」という人ももしかしたらいるかもしれないが、三人はそれは決して認めない。
まあいずれにしてもアイドルであることは間違いない。ついてきてくれるオタクだって……それなりにはいる。いるったらいる。ねえ、あんたたちうちらのオタクだよね?
彼女たちのグループ名は「るん☆ぱっしょん」、「『るん』を溢れさせて世界を救う」をコンセプトにした三人組女性アイドルグループで、そのメンバーは「世界を救う妖精」である。
友人などにそれを説明すると、「ふぅん。そういう設定なんだね。」と少し呆れたように言われるのが常だが、断固として妖精なのだ。決して設定とかそういうのではない。
るん☆ぱっしょんリーダーのティアは17歳の現役女子高生。るん☆ぱっしょんのピンク妖精担当である。メンバー最年少だが精神年齢は一番大人で、他の二人をぐいぐいと引っ張っている。るん☆ぱっしょんを立ち上げたのもティアであり、その計画力と実行力は抜きんでている。
カノンは18歳のこれまた現役女子高生。るん☆ぱっしょんの黄色妖精担当。オシャレ大好きで自分磨きに精を出している。自分を磨き上げて最高の女になり最高の男を掴まえるという野望の実現のために日々努力を怠らない。もっとも今はアイドルなので恋愛はしない、たぶんしないと思う、しないんじゃないかな、だそうだ。
フウカはグループ最年長の19歳で建築系の専門学校生。地方で生まれ育ったが、何としても東京に出たかったため、高校を卒業すると上京して進学し、現在は一緒に進学した双子の姉と二人暮らしを満喫中だ。天真爛漫で誰にでも好かれる性格だが、食いしん坊と口が軽いのが玉に瑕だ。
デビューして間もない地下アイドルである「るん☆ぱっしょん」は、まだまだ大きな箱でライブをすることなど思いもよらない。今日も今日とて三人は、東新宿の「satelite satelite」通称「さてさて」で対バンライブに出演中であった。
今日の出番も佳境に入り、ラストの曲、グループ名がそのままタイトルになっている「るん☆ぱっしょん」を歌唱中だったはずなのだが、今この空間では、音は消えてしーんと静まり返っているし、目の前でMIXを打ったりコールをしてくれていたはずのオタクたちの姿も掻き消えている。
あまりにも予想外の出来事に戸惑いつつ、メンバー同士でお互いを見てみると、直前まで歌っていた「るん☆ぱっしょん」の立ち位置通りの位置関係になっているし、妖精をモチーフにした背中に羽の生えた各自の担当カラーでデザインされたステージ衣装を着たままである。
その一方で、手に持っていたはずのマイクはどこかへ消え失せていて、マイクを持って歌っていたときのまま口元に手を持っていっているポーズをとっているのが、誰が見ているというわけでもないのに何とも気恥ずかしかった。
三人は今自分たちが存在しているこの何もない空間からとても不思議な感じを受けていた。
その場所(場所と言って良いのかも定かではないが)が明るいのか暗いのかもよくわからない。足元に床があるようにも思えないのだが、かといって不安定というようなことはまったくない。重力を感じていないように思える一方で、ふわふわと浮遊しているような感覚があるわけでもない。
三人は自分たちが置かれた状況に混乱の極みに陥って、身動き一つできず声も発することもできないでいたが、しばらくしてようやく我に返ったように「え、ここどこ?」とカノンが小声で呟いた。カノンにそう言われてもティアもフウカも当然答えようもなく、戸惑ったような眼をして周囲を見回すばかりだった。
すると、そんな三人の目の前に、突然小さな光の玉のようなものが現れた。三人は突然現れたその光の玉のようなものに目を引かれ、いったい何が起こるのか、と見入った。
三人が見つめる中、その玉のようなものは徐々に徐々に発している光の強さを強め、またそれにつれてその大きさも段々と大きくなっていった。不思議なことに、光がどんなに強くなっても三人がまぶしいと感じることはなかった。
光の玉の直径が50センチくらいになると、玉はその幅はそのままに、上下にだけ細長く伸び始めた。やがて光の上下の長さが人の身長くらいになると光は伸びることをやめ、今度はゆらゆらと揺らめきながら形を変え始めた。
目の前で突然展開した不思議な光景から目を離せず、瞬きもろくにできないままずっと見つめていた三人だったが、今はその光が人の形をとろうとしているのだろうということがわかってきた。
なおも光は形を変え、ついにはっきりと人の形を形作った。まばゆく輝く人型の光が三人の目の前で揺らめいていた。するとその光は今度は徐々に明るさを弱めていった。
しばらくして光が完全に失われると、そこには白いローブのようなものを纏った人(?)がいた。