姉の咬み痕
「姉さん。ご飯できたよ」
ライトは姉であるエニグマの部屋の前までやってきていた。
「……また籠って何かやってるの? ご飯の時間だから部屋から出てきてよ。……ノックしても返事ないや。入っちゃうよー?」
ゆっくりドアノブを回して部屋の中へ、しかしそこにエニグマの姿はない。
「……本当に居ないだなんて。この感じ、また新しい子を造ってるのかな」
ライト含め家にいる者はみんなエニグマによって造られた者である。
「あ、この子呼吸してる。ちゃんと生まれることができたんだね…………え?」
鳥の赤ん坊の首元辺りに、咬み痕が見えた。エニグマがつけたものだと理解できた。
他の者達の身体も確認する。いずれも咬み痕がついていた。
「もしかして、みんなついてる……?」
ライトは自分の身体を確認した。しかし見えるところには咬み痕はない。なら服の下か?
否、自分の身体のことは自分が一番理解している。自分に、姉の咬み痕は刻まれていない。
「あ………」
途端に襲ってくる悪寒。孤児の如き心情と孤独。
焦燥、絶望、落胆、失念。
吐き気が込み上げてくるが、吐けるようなものは喉の一歩手前で出てこない。浮かんでくるエニグマの顔、育ててきた忠誠心が崩壊していくのがわかる。この場から逃げたい、一刻も早く。未だ目覚めない兄弟姉妹の顔は、皮肉にも安らいでいるように見えた。
「なんで、なんでなんでなんでぇ………」
「おはよう」
「ぁ、ぅ、ぇ、ねえさん?」
「地下室。びっくりしたぜ、私の部屋の中でゲロぶちまけて倒れてたんだぞ?」
「姉さん、あの?」
「なんだ?」
「私は、姉さんに造られたんだよね?」
「……どうしたんだ急に」
「……姉さんの部屋に居た子、姉さんの咬み痕ついてたの。でも、私にはそれがなかったから……私は、姉さんの作品じゃないのかなって……」
「……何言ってんだお前? お前はこの私が造ったぞ?」
「だけど!」
「そうだな、お前には確かに咬んでない。お前は私の作品じゃねぇし」
「……ぁ、そっ……か………そう、なんだ……」
「………何か勘違いしてるみてぇだから言っておくが―――」
エニグマは顔を近づけて言う。
「―――お前は私の『妹』だ。『作品』じゃねぇ」
「……え?」
「お前は『特別』ってことだ。まぁ、どうしても欲しいってぇなら……」
そっと、額にキスをする。
「今はこれで我慢しな? さ、飯にしようぜ」
「…………」
「ライトー、早く飯作ってくれー」
「あ、すぐ作るね!」
これからも、姉の傍に居よう。この身に姉の証を刻んでもらうために。