出会いと手紙
「っしゃ! また俺の勝ちだな」
「なんでそんなに強いんだよ」
「俺にバトルゲームで勝とうなんて100年早いんだよ」
良く晴れた日の放課後、運動部の掛け声や吹奏楽部の部員が奏でる音をBGMに、如月 伯は屋上で友人たちとスマホゲームに明け暮れていた。
「しっかし、ハクはバトルものならなにやっても負けないよな」
「当たり前だろ、俺がどれだけゲームやってきたと思ってるんだよ。小遣いもバイト代もほぼ全てをゲームに費やしてきたんだ!」
「そんな誇らしげな顔で言われても……」
小さい頃からゲームが大好きだった俺は、人生の大半をゲームに捧げてきた。特にバトルゲームが得意で、今じゃ負け無しの伯と呼ばれるほどに成長している。
「このままじゃ納得できん! 次はゲーセンで勝負だ!」
「いいけどまた今度な。今日はもう帰る」
「勝ち逃げしようなんて許さねぇぞ!」
「買い物頼まれてんだよ、じゃあな~」
「おい!!!」
後ろでガヤガヤ騒いでいる友人を背に学校を出た俺は、店に行く道中柄にもなくこんな日常がずっと続けばいいと思っていた。
「レンもいればなぁ……」
「おい! 舐めてんのかてめぇ!」
突如聞こえた怒声に一瞬自分に言われたのかと思い身構えていたら、視界のすみでいかにもという格好の連中が小学生ぐらいの男の子に詰め寄っていた。
なにをやっているんだ一体。あの小学生なにやらかしたんだよ。俺は強くてかっこいい漫画の主人公みたいにかっこよく助けるなんてことはできない。俺が強いのはあくまでゲームでの話だ。だからどうすることもできない。
「おい、なにやってんだよお前ら」
「あ? 誰だてめぇ」
おっと、考えてることと行動が違う。どうすることもできないと結論付けたばかりではないか。
「小学生によってたかって恥ずかしくねぇの?」
「なんだと! てめぇ!」
あ、ヤバい殴られる。こうなるから関わりたくなかったのに。そう思って覚悟を決めた瞬間、目の前で信じられないことが起きた。今俺のことを殴ろうと向かってきた奴が突然宙に浮かび始めた。首元に両手をつけながら苦しみもがいている。まるで見えない誰かに首を絞められ持ち上げられているかのように。
「なんなんだよ!! これ!」
他の連中も目の前で繰り広げられている光景を目にして驚愕している。無理もない。誰が見たってこの状況は信じられない。しかし、1人だけこの状況に驚きもせず、ただ無表情にその光景を見ていた人物がいた。
「もういいよ、君たちに用はない」
少年がそう言った途端、宙に浮いていた男は急降下し、思い切り地面に叩きつけられた。
「なんなんだよ、いったい! 行くぞお前ら!」
突如起こった奇妙な事態に恐怖を覚えたのか、連中はこの場から逃げるように立ち去って行き、俺は少年と2人残されてしまった。
「やっと見つけた」
「え?」
「君、如月 ハクだよね?」
「なんで俺の名前……」
突如自分の名前を呼ばれ、俺は本能的に1歩後ずさった。俺の胸ぐらいまでしかない身長、パーマのかかった黒髪、そしてなにより心の内を見透かすかのような青く澄んだ瞳、こんな容貌をしている人間に会ったらまず忘れない。それでも俺はこの少年に見覚えがなかった。
「はい、これ。学院長からの手紙」
「手紙?」
「それを読むかどうかは君次第だよ」
「どういう意味だよ」
「そのままの意味だよ。読んでもいいし読まなくてもいい。ただ、これだけは言える。この手紙を読めば君は今まで通りの生活を送ることは出来ない。でも読まなければ必ず後悔する日が来る」
なんだよそれ。読んでも読まなくても最悪じゃねぇか。
「それにしても君、本当にレンとそっくりだね」
「レンのこと知ってるのか!? っていうかお前誰なんだよ」
「いずれわかるよ」
「どういう……」
「ともかく、僕はちゃんと手紙渡したからね」
そう言って去ろうとする少年の腕をほぼ無意識に掴んで引き止めた。
「ちょっと待てよ。なんなんだよいったい。この手紙もそうだし、さっきの出来事も……。あれ、お前がやったのか?」
「そうだって言ったらどうする?」
「ちゃんと説明してくれよ。訳わかんねぇって」
「僕が頼まれたのは君にその手紙を渡すことだけ、真実を知りたければその手紙を読んでみればいい」
読んでみればいいって……。その前にあんな脅しつけてきたくせに、と心の中で悪態をつきながら俺はどうすればいいのか考えていた。手紙を読めば今までの生活を送れない。でも読まないと真実を知れないどころかいつか後悔する。こんなの俺の頭では処理しきれない。
「大丈夫だよ、君はきっと答えを出せる」
「なに言って……」
「じゃあ、僕は帰るね」
「あ、おい!!」
「また会えるのを楽しみにしてるよ、ハク」
結局名前を告げることもなく、その少年は去っていった。俺の運命を変えるであろう手紙だけを残して。
辺り一帯が嵐が過ぎ去った後のように静まり返っている。まるで今見た光景が全て夢だったのではないかと思うくらい。しかし、確かにそこに手紙はある。それが夢ではないと語っていた。
「そういえば、この封蝋にある紋章どこかで見たような気が……」
そう考え込んだとき、意識を引き戻すように着信を告げる音が静寂の中でやけに大きく響いた。
『もしもし、ハク? あんた今どこにいんの?』
「家の近くの公園」
『遅いのよあんた。ちゃんと頼んだもの買ってあるんでしょうね?』
買うって何を……。そこまで考えたところで俺は自分の失態に気づいた。そういえば買い物をするためにゲーセン断ったんだ。早く行かないと売り切れてしまう。
「やべ!! 忘れてた!!」
『はぁあ? 朝あれだけ忘れんじゃないよって言ったじゃない! ほんと信じらんない!!』
放課後学校を出るときまでは覚えてた。忘れたのはさっきのあいつのせいだ、と文句をいいながら俺は全速力で走った。