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【43】新しい契約

 


 放課後。俺と瑠璃は商店街でアイスを買って食べ歩くことにした。

 無事10位以内に入れたことに対する些細(ささい)なお祝いだ。

 俺はバニラ、瑠璃はイチゴチーズケーキ味を注文した。相変わらず甘いものが好きらしい。



「テスト終わりのアイスは格別ですね」


「行儀が悪いってオヤジさんに怒られそうだけどな」


「これくらいは大目に見てくださるでしょう。あれから黒服さんの監視も解かれました。(とが)める人はもういません」



 瑠璃曰く。外に出かける際は黒服に行動を監視されていたらしい。

 黒服はSPも兼ねており、万が一の場合は即座に瑠璃の身柄を護ってくれたそうだ。

 今は監視の目がなくなり、自由に行動できる。その代わり、有事の際は俺が身を(てい)して瑠璃を護らないといけなくなった。



(これも試練のうちだろう。だけど逃げるつもりはない)



 千鶴さんもオヤジさんも、俺を信じて瑠璃を託してくれたんだ。その期待に応えたい。

 瑠璃は美味しそうにアイスを舐めながら微笑みかけてくる。



「テスト本当にお疲れ様でした。おかげで文句を仰る方はいなくなったみたいですよ」


「こうなることを見越して、オヤジさんは10位以内に入れって言ったのかもな」



 瑠璃も前に言っていた。思いは行動で示せ、と。

 テストで好成績を叩きだした結果、俺と瑠璃の関係を問題視する声は収まった。

 俺と瑠璃にまつわる悪い噂が払拭されるのはこれからになる。

 けれど、そう遠くないうちに誤解は解けるだろう。


 火消しに協力してくれたのは完禪院先輩だけでない。

 クラスメイトの八幡(やわた)さん(陽キャなギャルの子だ)も力を貸してくれた。


 俺が瑠璃のマンションに入り浸っている噂を広めたのは、事情をまったく知らない第3者だった。

 たまたま偶然、俺と瑠璃が一緒に歩いているところを見て”裏チャット”に書き込んだようだ。

 八幡さん曰く『モテない男の僻みキショ』とのこと。

 八幡さんは瑠璃の味方のようで、チャットを駆使して噂を消して回ってくれた。


 顔つきは変えようがないけど、然るべき結果を出せば周りも黙る。

 結果を出して黙らせたい相手はもう一人いた。バイトに口を出してきた母さんだ。

 クラスではなくて学年で10位以内に入ったのだから文句はないだろう。



「わたしたちの関係、茉莉さんにも打ち明けるのですよね」


「母さんの同意を貰わないといけないからな。その……カップルと認められるためには」


「そ、そうですね」



 口に出すと途端に恥ずかしくなる。

 俺と瑠璃は熱く火照った顔を鎮めようとしてアイスを急いで食べた。


 テスト勉強で忙しくて、心の準備は出来ていなかった。

 いまは友達以上恋人未満……といった感じだろうか。

 けれど、母さんに認められたら晴れてカップルになれるわけで。



「お付き合いを前提にお付き合いするためにも、きちんとお話を通さなくては」



 瑠璃はやる気に満ちた顔で小さくガッツポーズを作る。

 いざとなると肝が据わるのは瑠璃のいいところだ。隣にいてくれると心強い。

 俺は瑠璃の手を握ると、駅前のマンションを見上げた。

 マンションの20階に待つ、大魔王の姿を想像しながら。



 ◇◇◇



「いいよ。オッケー」



 話を聞いた母さんは二つ返事で交際の許可を出した。

 あまりの軽い受け答えに、俺も瑠璃も呆気にとられて目を丸くする。



「そんなあっさりと許可してよかったのか?」


「いまさらでしょ? むしろ待ちくたびれたわよ。あらかたの事情は千鶴さんから聞いてたから」



 キャミソール姿の母さんは本革のソファーに足を組んで座りながら、ヒラヒラと手を振って苦笑を浮かべる。

 それからテーブルに置いてあった同意書にサインした。



 瑠璃のオヤジさんが用意した同意書には、三つの同意項目が設けられていた。


 一つ目は、瑠璃の付き人を辞めること。

 以前、俺の出した条件を千鶴さんが組み込んでくれたのだろう。

 それまで働いた分の給料は振り込みで分割払いされる旨も記載されていた。


 二つ目は、瑠璃の花婿候補になること。

 これには天城と風馬両家の同意が必要で、いま目の前で母さんが署名をしている。


 そして三つ目が――



「瑠璃ちゃんのお父さんのおかげで、こんな大きな部屋に住まわせてもらえるだから。これで文句を言ったら罰が当たるわ。引っ越し祝いに高いお酒も貰っちゃったからね」



 母さんは同意書を俺に返すと、グラスにブランデーを注いで満面の笑みを浮かべた。

 俺たちがいる部屋は瑠璃の家ではない。母さんの名義で借りている隣室……2002号室だった。



「家賃だけでなく光熱費まで負担してくれるなんて。さすが大企業の会長様は太っ腹ね」


「天城家の事情に颯人くんを巻き込んでしまいましたから。これくらいは当然です」


「あはは。颯人ならいくらでも巻き込んでかまわないわ。アイツ、口では嫌がっても人の世話を焼くの好きなのよ。ツンデレのドMってやつ?」


「おいこら。瑠璃におかしな知識を吹き込むな」



 夕方から酒を入れて上機嫌なのだろう。母さんはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる。


 同意書の三つ目の項目。

 それは瑠璃の住む”2001号室の隣に引っ越す”、というものだった。

 マンションの最上階は2部屋あり、ひとつを瑠璃のオヤジさん名義で借りていた。

 もうひとつの部屋は空室だと思っていたのだが……。



「失礼いたします」



 奥の部屋で片付けを行っていたメイド服の千鶴さんが、”風馬家のリビング”にやって来た。



「ブリーフィングルームの片付けが終わりました。これにて引き渡し作業は完了といたします」


「おつかれちゃーん。千鶴さんも一緒に飲まない?」


「ありがたい申し出ですが、運び出した荷物を事務所に移動させなくてはならないので」



 千鶴さんは背筋を伸ばしたまま首を横に振り、母さんの誘いを断る。

 母さんは不服そうに唇を尖らせると、一人でグラスを傾けた。



「それなら今度お店に来てよ。瑠璃ちゃんの知り合いなら安くしとくわ」


「考えておきます」



 俺たちが今いる部屋は、瑠璃の行動を監視するために千鶴さんが使っていた。

 有事の際にいつでも駆けつけられるよう、瑠璃には内緒で隣の部屋を借りていたのだ。

 瑠璃はこれからも一人暮らしを続けるが、俺がそばにいると約束したので監視体制を解いた。

 部屋を引き払うことになり、空いたこの部屋に俺と母さんを押し込んだわけだ。


 部屋の契約者は母さんだが、家賃も光熱費もオヤジさんが出してくれることになった。マンションの管理会社が天城グループの傘下にあり、何かと融通を利かせたらしい。

 曰く。花婿候補に娘の世話を頼むのだ。それくらいの援助は当然……とのこと。




(やっぱり過保護だよな。あのオヤジさん……)



 俺との交際が始まったとしても、瑠璃の部屋が自動的に片付くわけでもない。

 これからは同じマンションに住むお隣さんとして、また花婿候補として瑠璃の世話を焼くことになる。

 ズボラなところがある恋人(候補)の世話を焼くのだから、後ろ指を差される謂れはない。大手を振って付き合える。

 ここから俺と瑠璃の新しい生活が始まるんだ。



「瑠璃……ちょっといいか?」



 俺は瑠璃をベランダに連れ出すと、そっと手を握った。

 臆さず正面から”恋人”を見つめて、改めて交際を申し込む。



「花婿候補としてこれからも瑠璃の傍にいさせてくれ」


「はい。ずっとずっとお世話を焼いてください」



 コワメン男子がポンコツお嬢様の世話を焼くという、傍目から見たらおかしな関係だろう。

 だけど、これが俺たちの日常だ。誰にも文句は言わせない。


 一ヶ月前の俺に伝えたい。

 同じ時間を過ごしている中で育まれる恋物語。

 そういうのもあるんだよ、世の中には。

 これから先、多くの困難が立ち塞がるだろう。だけど二人でなら笑顔で乗り越えられる。


 ――――なんて思っていた時期が俺にもありました。



 ◇◇◇



 ――某日。



「ここがあの男のハウスね……」



 季節外れの暴風の中、一人の少女が白銀色の長髪をなびかせながらマンションを見上げる。



「パパが認めてもワタシが認めないんだから!」



 親の敵を前にしたかのように激昂する少女。

 憎悪に燃える紅い瞳に映るのは、果たして誰の姿か。


 一足早い夏の嵐が到来したことを、その時の俺は知る由もなかった……。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

これにて終了とさせていただきます。

感想などいただけると今後の参考になりますのでお気軽に書き込みどうぞ☆

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