【4】100万円ポンッとくれたぜ
高層マンションの一室。
メイドの千駄木さんは懐から白い長形封筒を取り出した。
1,2センチほどだろうか。封筒は厚みがあり、中から日本銀行券――壱万円札が顔を覗かせている。
「わたくしのお願いを聞いてくださるなら、報酬として100万円お渡しいたします」
「掃除するだけで100万っ!?」
「左様にございます。即金即決。みんな笑顔のニコニコ現金払いです」
100万もあれば、今年分の学費を払った上で少し余る。
余った金で母さんを温泉旅行に連れていけるし、貯めて来年の学費に回すことも可能だ。
余裕が生まれれば母さんも仕事の量を減らせるだろう。
1年もあれば新しいバイトも見つかるはずだ。
「いかがでしょう。わたくしのお願いを聞いてくださいますか?」
「で、でき…………っ」
『できらぁ!』と言葉が喉から出かかる。
あまりのお金の欲しさに、喉から手も出ていたかもしれない。
けれど、俺は最後の最後で踏みとどまった。
(正気に戻れ、風馬颯人っ!)
美味い話には裏がある。当たり障りのいいことばかり口にする男には気をつけろ。あとで絶対裏切るぞ……と、母さんによく言われた。
掃除するだけで100万も貰えるなんて、そんな夢のような話があるはずがない。
(目の前にいる女性は天城さんの秘書と名乗ったが、証拠は何もない……)
金の出所だって怪しいものだ。
100万なんて大金、封筒に入れて持ち歩くのは不自然だ。
何かよからぬことに俺を巻き込もうとしているのではないだろうか。
最近話題の闇バイトとか。金を手にした途端、犯罪グループの仲間入りなんてご免だ。
疑惑と不安のタネが次から次へと芽を出す。
訊きたいことは山ほどあるけど、まず先に確認すべきことは……。
「天城さんは無事なのか?」
最初に確認したかったのが天城さんの安否だった。
千駄木千鶴と名乗るこの女性がオレオレ詐欺ならぬ、”メイドメイド詐欺”を働く犯罪者だった場合、天城さんが何かしらの事件に巻き込まれた可能性がある。
「あんたが本物のメイドだってんなら、いますぐ天城さんを呼べ。話はそれからだ」
俺はわざとぞんざいな言葉を選び、”千駄木千鶴”を睨みつける。
こういう時にコワメンは役に立つ。並の人間なら怖じ気づいて、自分から腹を見せるためだ。
(本当に事件に巻き込まれた場合、最悪この場で口を封じられるかもな……)
廊下には屈強な体つきの黒服たちがいる。
高校生の小僧一人、殴って言うことを聞かせるくらい朝飯前だろう。
俺は制服の裏で冷や汗をかきながら、けれど顔には出さず”千駄木千鶴”を睨み続けた。
俺の精一杯の虚勢に対して、”千駄木千鶴”は――。
「そう緊張なさらないでください」
口元に手を添えて上品に微笑むと、乱雑に積まれた段ボールの向こうに声をかけた。
「風馬様もこう仰ってます。いい加減、顔を出してください」
「あ、う、うん……っ」
部屋の奥から聞き覚えのある声がする。
声の主は積まれた段ボールを「よいしょ」と呟きながら退かして、俺の前に姿を現した。
「どうも……」
「天城さん……!」
天城さんはオーバーサイズのトレーナーに短パン姿という、ラフな格好をしていた。
後ろで束ねていた髪も解いており、ライオンのたてがみのように毛先が乱れまくっている。
トレーナーには仔猫のゆるキャラがデカデカと描かれており、無造作に広がる金色の髪ともあいまって子供っぽくて可愛らしかった。
縄で縛られているわけでもなく脅されてる様子もない。本当に無事なようだ。
「よかった……。天城さんに何かあったらと思ったら気が気じゃなくて」
「風馬くん……」
天城さんの顔を見た途端、緊張の糸が解けた。普段は伝えられないようなことまで口から出る。
言葉は止まらず、俺は頭に浮かんだ疑問をストレートにぶつけた。
「ずっと傍にいたのに、どうして顔を出さなかったんだ?」
「それは……」
おかげで余計な心配をした。千駄木さんも疑ってしまった。
口にこそ出さなかったものの、非難めいた感情が言葉の端に乗ってしまう。
そんな俺の問いかけに、天城さんは顔を真っ赤にさせながら。
「生きててごめんなさい……」
人間失格とばかりに、しゅんと肩を落として謝った。
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