【30】お嬢様の可愛いワガママ
撮影を終えたあと、クレーンゲームで遊んで猫のヌイグルミをゲットした。
買い物もしたいとのことなので、その後はウィンドウショッピングを行うことにした。
今まで自由に買い物をする機会はなかったのだろう。
天城さんは猫のヌイグルミを胸に抱きしめながら、バレエを踊るようにクルクルとその場で回っている。天城さんは先ほどからテンションが爆上がりだった。
「風馬くんとショッピングだなんて夢のようです。ヌイグルミもありがとうございます!」
「わかったから落ち着いてくれ。他のお客にも迷惑だ」
「あっ、そうでしたね」
周囲の視線に気がついて天城さんは肩身を狭くする。
真っ赤になった顔をヌイグルミで隠しており、その仕草が反則級に可愛かった。
道行く男どもも天城さんの可憐さ(それと奇抜な行動)に目を奪われており、立ち止まってこちらをジロジロと見ていた。
(どうしてあんなヤツと一緒なんだ、とか思ってるんだろうな)
学校とは違って無遠慮な発言は聞こえてこなかったが、目は口ほどにものを言う。周囲の視線が痛かった。
だけど天城さんは周りなど気にせずに笑顔で俺にスマホを見せてくる。
「見てください。さきほど撮った写真を待ち受けにしました。シールとしてプリントするだけでなく、データ転送までできるなんてスゴイですね」
「確かにスゴイけど、待ち受けにするのはちょっと……」
「いいじゃないですか。わたしと風馬くんの初体験の記念ですよ。大事にしないと」
「うん。人前でそういう発言は控えようか」
思わぬところで天城さんの世間知らずな部分が露見する。
家でくつろいでいる時と同じ感覚で喋られると、世話役としては心労に耐えない。
(けど、やっぱり天城さんと一緒だと楽しいな)
契約がなくても天城さんと一緒にいたい。この気持ちに嘘はなくて。
「次はあちらのお店に行きましょう。風馬くんにお洋服を選んでほしいんです」
俺の心の声が届くはずもなく、天城さんは元気いっぱいに前方を指差す。
これから向かう先は化粧品や洋服、下着などを取り扱っている女性向けのゾーンで、天城さんと一緒でなければ立ち寄りもしなかっただろう。
「俺でいいのか? 洋服選びなら千鶴さんに頼んだ方がいいと思うけど」
「千鶴さんに任せきりですと自分のセンスを磨けませんので」
「なら俺の意見も参考にしちゃダメじゃないか」
「風馬くんはいいんです。風馬くんが選んでくださるから意味があるんです」
「よくわからないが、これも付き人の仕事か。荷物運びはそれこそ従者の務めだからな」
「わたし的には風馬くんをコキ使うつもりはないのですが」
「家事をすべてやらせておいて今さらだろ」
「あはは……。そう言われると立つ瀬がありません」
俺がジト目を向けると天城さんは苦笑を浮かべて、そっと手を差し伸べた。
「それならいっそ強権発動です」
天城さんは俺の手を取り、指を絡めてきた。
不意打ちだったので俺は対処できず、反射的に大声を上げてしまう。
「天城さん!? いったいなにを!?」
「見てください。通りには大勢のお客さんがいらっしゃいます」
天城さんは俺の戸惑いを無視しながら、空いた方の手で人混みを指差す。
「わたしが迷子になってもいいんですか? 監督不行き届きでお給料減っちゃうかもですよ」
「そうきたか……」
こういうときだけ天城さんは頭の回転が速い。
俺の良心に訴えるのと同時に、給料の話まで持ち出してきた。
内側と外側から退路を塞がれ、俺は観念したようにため息をついた。
「わかったよ。喜んでエスコートさせていただきます」
「わーい♪」
「わーいって……」
俺が手を握り返すと、天城さんは子供のように無邪気な笑みを浮かべた。
(はぁ……。ほんと可愛いかよ)
付き人だからと遠慮していたが、お嬢様が自ら望んで近づいてきたのだから言い訳は立つ。
俺としても役得だ。この状況に甘えてしまおう。
「何を買うか決めてるのか? 闇雲に歩いても疲れるだけだぞ」
「そうですね……」
天城さんは考え事をするように唇に人差し指を当てる。
と、そこで店頭に並べられたマネキン人形を指差した。
「あのお店に行きましょう。丁度ああいうのが欲しかったんです」
「へぇ~。どれどれ……」
天城さんが指し示したお店。そこは――
「ランジェリーショップじゃないかっ!」
天城さんが指差したマネキン人形は、黒いレースの下着を身につけていた。
それもそのはず。天城さんが俺を誘った先はランジェリーショップだったからだ。
「俺に下着を選ばせるつもりか?」
「あっ! そうなっちゃいますねっ。気がつかなくて申し訳ありません」
俺がジト目を向けると、天城さんは頬を赤く染めて慌てふためく。
何度真っ赤になれば気が済むのだろう。天城さんのドジなところがまた露見してしまった。
(黒のレースか……。天城さんはああいう下着を欲しがっているのか)
洗濯も俺の仕事のうちだが、さすがに肌着は天城さんが自分の手で洗っている。
けれど、何度もマンションを出入りしているのだ。脱衣所にこっそり干してあった下着を目撃する機会は少なくなかった。
天城さんが普段使いしている下着の色は、白やピンクばかりだ。
千鶴さんに憧れているようだから、黒や紫といった大人な色合いの下着を求めているのだろう。
(大人っぽい下着を身につけた天城さんか。それはそれでありだな……)
そうやって俺が下着姿について思いを馳せていると、天城さんが上目遣いでぽつりと訊ねてきた。
「本当に選んでみますか?」
「えっ……!?」
「マネキンを見て難しい顔をなさっているので下着に興味がおありなのかと。もしくは……」
天城さんは少しだけ言いどよんだあと、消え入るような声でそっと呟いた。
「興味があるのは、わたしの下着姿だったりして」
「ば、ばかっ。冗談でもそういうこと言うな」
「ですよねっ。ごめんなさいっ」
お互いの顔が熟れたリンゴのように真っ赤に染まる。
本当にいきなり何を言い出すのか。図星過ぎて、思わずバカと言ってしまった。
店の前で騒いでいるのを不審に思ったのだろう。女性店員が怪訝な顔を浮かべてこちらを見つめている。
「迷惑になるから次の店に行こう」
「そ、そうですね」
俺と天城さんは居心地が悪くなり、そそくさと店の前から離れる。
すると、そのとき――
「颯人?」
聞き覚えのある女性の声で俺の名前を呼ばれた。