【28】デート・オブ・ザ・デッド
「映画とても面白かったですね。何度も血がブシャーっと飛び散って!」
隣町にあるショッピングモール。
その一角にある映画館から出てきた天城さんは、肌をつやつやさせながら感嘆の声をあげた。
「ゾンビ化の魔術書が同人誌として頒布されていたことには驚きました。あのまま広まると日本が滅亡しそうですね。ふふふっ」
「ホラーはバッドエンドがお決まりだからな……」
「どうしました? 顔色が悪いですよ」
俺が青い顔で曖昧に頷くと、天城さんが心配したように声をかけてきた。
今にも吐きそうな顔をしていたんだろう。軽く背中をさすってくれる。
「もしかしてホラーが苦手だったんですか?」
「まあな。グロは耐性あるんだけど、幽霊やオカルト寄りの話はちょっと……」
「気がつかなくてごめんなさい。向こうで少し休憩しましょう」
「そうしてくれると助かる」
俺は天城さんに肩を支えられながら、近くにあった休憩用の椅子に腰を下ろした。
天城さんは入場記念グッズのうちわで俺の顔を扇ってくれた。
うちわの表面にはゾンビの顔が書いてあり、サブリミナル的に視界に入ってくるんだが……俺は目を瞑って風を浴びることにした。
「ホラーが苦手なら先に仰ってくださればよかったのに」
「天城さんが熱心に映画を推してくるからさ。話を聞いているうちに観てみようかなって思ったんだ。それに……」
「それに?」
俺は続きを話すのを躊躇ったが、すでに十分情けない姿をさらしている。観念して告白した。
「ホラーで怖がるなんてガキっぽいだろ。そういうところ天城さんに見られたくなくて」
「結果は散々でしたね」
「わかってる。迷惑をかけてすまない」
「わたしの方こそ無理にお誘いして申し訳ありませんでした。でも……」
天城さんは手にしていたうちわで俺の前髪を扇ぎながら、意地悪な意味を浮かべた。
「風馬くんの情けない姿も見られて両得でした。えへへ♪」
小学生みたいな生意気な笑顔に不意を突かれる。
天城さんはこんな表情もできるんだな。
(天城さんを知れば知るほど、別の顔が見えてくる)
表情もコロコロと変わるし、付き合っていて飽きない子だ。
俺が付き人でなければ、こんな可愛い子とお近づきにすらなれなかっただろう。
「もう平気ですか?」
「だいぶマシになった。ありがとう」
俺は椅子から立ち上がると、腕時計で時刻を確認した。
13時過ぎか……。昼飯を食べるにはちょうどいい頃合いだ。
「この後は予定あるか? 天城さんさえよければ飯を食いにいこう」
「行きます行きますっ。もちろん予定はありません。あ、ですけど……」
「どうした? 用事を思い出したのか」
「そういうわけではなくて。こういう人の多いお店は初めてなもので勝手がわからなくて」
天城さんは不安そうに周囲を見回す。
休日のショッピングモールだけあって、家族連れやカップル、学生グループなど大勢の客で賑わっていた。
一人での外出を禁じられているようだから、これまで一度もショッピングモールを訪れたことがなかったのだろう。
「だったら俺を頼ってくれ。こういう時のために世話を任されてるんだから」
「ありがとうございます。それなら一度食べてみたかったものがあるのですが」
◇◇◇
天城さんが食べてみたかったもの。それはファーストフード店のハンバーガーだった。
俺と天城さんはモールの1階にあるイートインコーナーに立ち寄り、先に席を確保してから注文を取りにいくことにした。
幸いにもタイミング良く二人席が空き、俺は慌てて席を確保した。
「ふぅ……。とりあえずこれでよしと」
「すごい人ですね。席が空いてないとは思いませんでした」
「俺が世話する前はいつも外食してたんだろ? そのときはどうしてたんだ?」
「予約が可能なお店に通っていたもので。学生が一人で入るには勇気がいりましたが、お店の大将は気さくな方ですぐに馴染めました」
「あ~……。なんとなく想像できた」
天城さんは金に困ってるわけじゃないんだ。
駅前に店を構える老舗の料亭とか、回らないお寿司屋に通っていたとしてもおかしくない。
「だからハンバーガーを食べたいと言い出したんだな」
「はい。ドコドコのナントカバーガーが美味しい、みたいな話を教室でよく耳にしていたので」
「天城さん友達少ないもんな。一緒に買い食いをする友達がいなかったのか」
「風馬くんだって同じでしょう。いつも一人で帰っていたの知ってるんですからね」
「おっ。言うようになったな。けど、その通りすぎてまったく反論できない」
「ふふっ。でしたら今日はお互いに初体験の日ですね。最初のお相手が風馬くんでよかったです」
「お、おう……」
「どうかしましたか? お顔が真っ赤ですよ。青くなったり忙しいですね」
「なんでもない……」
そんな嬉しそうに”初体験”とか口走らないでほしい。
思春期の男子はアホなのだ。どんな些細なワードにも過敏に反応してしまう。
「俺が注文してくるから天城さんは座っててくれ」
「よろしいのですか?」
「慣れない場所で下手に動くと席を見失うだろ。鞄をパクられても大変だ」
俺一人ならかまわないが、天城さんの荷物が盗まれたら千鶴さんに大目玉を食らう。下手したらバイトを首になるだろう。
(もう少し天城さんの傍にいたいんだ。せめて俺をどう思っているか聞くまでは……)
◇◇◇
腹ごしらえを済ませた俺たちは(注文したダブルチーズバーガーセットを、天城さんはとても美味しそうに食べていた)、モールの3階にあるゲームコーナーへ向かった。
せっかく来たのだから遊んでいこう、と天城さんから誘ってきたのだ。
「わぁ~! ここがかの有名な不良の聖地。ゲームセンターなんですね!」
天城さんは大変失礼なことを口走りながら、光や音を放つゲーム筐体を眺める。
俺は苦笑を浮かべながら入り口近くに置いてあったクレーンゲームを指差した。ちょうど小学生のキッズが猫のぬいぐるみを取ろうと悪戦苦闘していた。
「あの子を見ろ。ここはショッピングモールにあるなんちゃってゲームコーナーだ。不良のたまり場じゃない」
「そうなんですか? ゲームセンターは都会のアウトローたちが巣くう邪悪なお城だから近づくな、と言われていたのですが」
「いつの時代の話だ……」
天城さんは箱入りみたいだからな。世間知らずなところはあるだろう。だからこそ一人暮らしをさせられているわけで。
「男の子って普段こういった場所で遊んでいるんですか?」
「そういう連中もいるけど、俺は滅多に来ないかな。ゲームって無限に金が吸い込まれるイメージしかないから」
「では、またまた初めまして同士ですね。せっかくなので一緒にできるゲームを探しませんか? 初めての共同作業です」
「お、おう……そうだな……」
「お顔がまた真っ赤ですよ? やはり体調が優れないのでは?」
「だから平気だって」
平気じゃないのは俺の胸中だ。
(初めての共同作業……いい響きだなぁ)
それから俺と天城さんはゲームコーナーを見て回り、記念すべきファーストゲームを探すことにした。
そこで母さんとのやり取りを思い出して、とある筐体の前で足を止めた。
「”シールクラブ”か」
「これ知ってます! 撮影した顔写真をデコれるんですよ。プリントアウトしたシールは履歴書やパスポートにも使えるとか」
「証明写真と勘違いしてるな」
”シールクラブ”なら流行に疎い俺でも知っている。
母さんが現役女子高生(笑)だった頃からある、カップル御用達のシールプリントマシンだ。
(カップル御用達の……)
「これなら二人の初めてにピッタリですね」
「だろ? 深い意味はないけど記念に一枚撮るのもいいかなって。深い意味はないけど」
「大変素晴らしいと思います。さっそく撮りましょう」
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