【26】母心と下心
ここから第4幕スタート。デート編です!
土曜日の朝。俺は早起きをしてシャワーに入り、身支度を調えた。
母さんがいつも使っている鏡台の前に座り、見栄えが良くなるように髪型をチェックする。
(服はさすがに間に合わなかった……)
仕方ないので、普段遣いしている洋服からキレイめなジャケットとスラックスを選択。
この顔でアクセサリーを身につけると本物の"輩"に見えてしまう。シンプルな格好でいいだろう。
「これでよし……」
「終わった?」
「どわぁぁっ!?」
いきなり背後から声をかけられて、俺は大声をあげてのけぞった。
案の定、後ろにいたのは母さんだった。
「いきなり声をかけるな」
「ごめんごめん。あんたが鏡を使ってるのが珍しくて、つい悪戯したくなっちゃった」
母さんはニヤリと歯を見せて笑う。
オフの日の母さんはキャミソール一枚にショートパンツというラフな格好をしていた。
「んで? 彼女とはドコまで行ったの?」
「なななな何を言ってるんだ!? 彼女なんているわけないだろ」
「ビンゴ。隠すつもりならもっと上手くやりなさい。これからデートだって顔に書いてあるわよ」
「ど、どうしてそれを……」
「遅くまで家に帰ってこないで、自分に無頓着だったあんたがオシャレに気を遣い始めた。これで気がつかない方がおかしいでしょ?」
母さんは肩をすくめると、欠伸を噛み殺しながらタンスを漁る。
「相手は同じ学校の子でしょ。歳は同じくらいで向こうがリードしてる。違う?」
「どうしてそう思うんだ」
「ヘタレなあんたが自分から言い寄ることはないからね」
「ぐ……っ!」
「それとアタシの化粧品」
母さんはそう言って、鏡台の前に置いてあるメイクセットを指し示す。
「相手が年上なら自分のを使うでしょ? アタシのを借りていったってことは、メイクに興味があるけど手を出してこなかった子かなって。学生さんが自分で買うにはお高いものばかりだから」
「勝手に借りて悪かったよ」
「別に責めてるわけじゃないのよ。アタシも学生のときは100円ショップの安い化粧品で我慢してたから気持ちはわかる」
母さんは天城さんを貧乏学生だと勘違いしているのだろう。
職業柄、様々な人間と接してきた母さんは洞察力が鋭い。
だが、推測が100パーセント当たるわけではない。探偵ではないのだから当たり前だ。
「な~んてそれっぽいことを言ったけど、ホントは八百屋の源さんに聞いたのよねぇ。あんたが可愛い子を連れて歩いてるって」
「タレコミかよ……」
源さんとは商店街で八百屋を営んでいるおっちゃんのことだ。つい先日、天城さんを連れて店を訪れたばかり。
源さんは母さんのお店の常連なわけで、俺の行動は筒抜けだった。
「今日はこれからヘルプで出かけるけど、時間があるときに紹介しなさいよね。写真だけでもいいから。あるでしょ、ほら。携帯の裏に貼ったプリントシールとか写メとか」
「んなもん撮ってねぇよ。つうか写メって何時の時代だよ。そもそも付き合ってねーし」
「あはは」
「なんで笑うんだ」
「我が息子ながら可愛いなぁと思って。子供の頃のあんたのおち○ちんみたい」
「いちいち下ネタを挟むなっ!」
「っと。あったあった」
ようやくお目当てを見つけたのだろう。母さんはタンスの奥から白い小箱を取り出した。
箱は手の平サイズで、青いリボンが巻かれている。
「この時計、あんたにあげるわ。お客さんからの貰い物で悪いけど」
「いいのか?」
「誕生日プレゼントにしようと思ってたけど、デートに行くならちょうどいいでしょ。あんたも高校生になったんだから時計くらいは良い物を身につけなさい」
「正直ありがたいけど、お客さんに悪いと思わないのか」
「だってこれ男物よ? 向こうも承知でくれたのよ。売るかあげるか選べってね」
「そっか……。なら遠慮せず貰っておく。お客さんによろしく伝えてくれ」
受け取った箱を開けてみると、メーカーはよくわからないが高そうな本革ベルトのシックな腕時計が入っていた。
「せっかくだから身につけてみて。お礼に写メを送るから」
「だから、何時の時代だっての」
時計をくれた相手が喜んでくれるなら、いくらでもポーズを取ろう。
俺が左腕を掲げると、母さんは愉しそうにスマホで写真を撮った。
「これでよし……と。お客さんも喜ぶわ」
「ちなみにデートじゃないけどな」
「じゃあ返して」
「いやだ。俺のものは俺のものだ。貰ったものは返さない」
「あんたって独占欲強いわよね。背は高くなってもやっぱりまだ子供なのね。早く童貞卒業して大人になりなさい」
「余計なお世話だっ!」
せっかくいいムードだったのに台無しだ。
母さんには日頃から感謝しているが、この性格なので素直になれない。
つい反抗的な態度(正当なツッコミ)を取ってしまう。
「落ち着いたら事情を話すから。今はそっとしておいてくれ」
「ん。わかった。息子を信じましょ」
母さんは飄々とした笑みを浮かべると俺の股間を指差した。
「だが、下の息子は信じられるかな? ヤルなら同意を得なさいね。強引なのは嫌われるわよ?」
「だから、いちいち下ネタを挟むなっ!」
◇◇◇
(はぁ……。朝から疲れた……)
そうやって母さんに送り出された俺は、駅前にある赤い帽子を被った少年の彫像『たっちゃん像』の前で天城さんを待っていた。
使い慣れない腕時計で時刻を確認する。
落ち着かなくて、待ち合わせより30分も早く着いてしまった。
(遅れるよりはいいよな)
とはいえ時間はかなり余っている。近くのトイレに行って、もう一度髪型をチェックしよう。
そう思って『たっちゃん像』の前から離れようとしたら……。
「風馬くん?」
後ろから声をかけられた。




