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【24】モヤモヤスマッシャー

 

「……なら、本当にお付き合いしますか?」



 昼休み。いつもの花壇脇のベンチで昼食を取っていると、天城さんは爆弾発言をかました。



「え……?」



 いきなりのことだったので俺は呆気にとられてしまい、掴んでいたウィンナーごと箸を落としてしまう。



「大変ですっ。箸を落としてますよ」


「うわっ!? 3秒ルール!」



 幸いにもウィンナーはズボンの上に落ちた。俺は急いでウィンナーを拾い上げて口に放り込む。

 俺の慌てふためく姿を見て、天城さんは愉しそうに微笑んだ。



「冗談ですよ。風馬くんはお仕事でわたしの傍にいてくださるんですもんね」



 大胆な発言をしたにも関わらず、天城さんはまったく意に介していなかった。

 けれど次の瞬間、顔を曇らせて寂しそうに地面を見つめる。



「それにそんなこと、お父様が許さないでしょうから……」


「天城さん……」


「このお話はここまでにしましょう。せっかくのお弁当タイムが台無しになります」


「あ、ああ。そうだな」



 本人が話題を変えようというのだ。これ以上は踏み込めない。



(天城さんと付き合う……か)



 これまで何度か妄想したことがある。

 けれど、そのたびに俺は首を横に振って考えるのを辞めていた。


 天城さんが語ったように、俺はバイトとして彼女の世話を焼いているのだ。

 天城さんも千鶴さんも俺を信用して契約を持ちかけてくれた。

 状況を利用して”お嬢様”に手を出そうものなら、即時解雇は免れない。

 もしもそうなったら俺は……。



(モヤモヤするな……)



 その日食べた弁当は味がしなかった。



 ◇◇◇



 やがて日が暮れて、俺は天城さんちで夕食の支度を進める。

 俺の隣に立つ天城さんは、制服の上に猫の刺繍が入ったエプロンを羽織っており、家庭科の調理実習をしているみたいで可愛かった。



「ジャガイモ潰し終わりました」


「どれどれ……。お、いい感じだ」


「でしょ~。ふふふ」



 天城さんはボウルを傾けると、スマッシャー(ジャガイモを押しつぶす調理器具のことだ)片手に得意げな笑みを浮かべる。

 天城さんに包丁を握らせるのはまだ早いので、素人でもできる簡単な下ごしらえをさせていた。

 いずれは野菜の皮むきや、フライパンを使った炒め物にも挑戦させたい。



「おジャガをスマッシュするのストレス発散にいいですね」


「天城さんもストレス感じることあるんだ」



 俺は天城さんからボウルを受け取り、中身を耐熱皿に移しながら天城さんに訊ねる。

 天城さんは頬を膨らませながら頷いた。



「当然ですよ。現代社会はストレスで満ちあふれてます」


「例えば?」


「体育の授業ですね。どうして先生方はやり方を教えず、適当にボールを渡して試合をさせるのでしょうか。基礎を学ばなければ応用も効かないというのに」


「おお。お嬢様が日本の教育界にもの申しておられる。いいぞいいぞ、その調子」



 天城さんは体育が苦手だ。日頃から鬱憤が溜まっているんだろう。いい機会だから膿を出してあげよう。



「他にご不満は?」


「このお部屋ですね。一人で暮すには広すぎます。だから掃除が行き届かないのです」


「それはわかるな。俺も最初に訪れたときに掃除が大変そうだなって思った」


「でしょー」



 俺は耐熱皿に牛乳とバターを投入したあとレンジに入れた。

 焦げないように様子を見ながら天城さんの愚痴に耳を傾ける。

 レンジと同じくヒートアップしてきたのか、天城さんは頬を膨らませて腕を組む。



「もっと手狭なお部屋がよかったのにお父様が入居を決めたのです。いつも自分勝手で困ってしまいます」


「一人暮らしをしろと言ったのもオヤジさんだったな」


「はい。外に出て自分を見つけろ、だなんて曖昧な理由で追い出したんです」



 さらに愚痴が続くかと思ったが、天城さんはそこでトーンダウンした。

 どこか寂しげに肩を落として、ぽつりと呟く。



「外に出たのは同意の上でしたけどね。わたしも実家には居づらかったので」


「……理由を聞かせてもらっても?」



 俺はレンジから耐熱皿を取り出して、何でもないことのように訊ねる。

 デリケートな話題だ。座して真面目に話を聞くと天城さんも負担に思うだろう。

 嫌なら断ってくれればいい。そう思ったのだが……。



「実家に、もう一人のお義母様がいるのです」



 天城さんは下を俯いたまま、そう言葉をこぼした。

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