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【23】風馬颯人は伝説になる

 

 完禪院(かんぜんいん)先輩と一騒動があった日の昼休み――



「聞いたぞ風馬! 完禪院先輩とボクシングでやり合って勝ったんだって!?」



 弁当を持って席を立とうとしたところ、クラスの男子に囲まれてしまった。

 誰もが少年漫画の最新号を読んだ後のような、興奮と感動に満ち満ちた目で俺を見つめてくる。



「いつかヤルとは思ってたが、あの完禪院先輩を打ちのめすなんてな」


「ケンカした理由も天城さんを護るためだったんだよな。誰にでも噛みつく狂犬だなんて噂して悪かった。おまえは本物の男だ。これからはウルフ風馬と呼ぼう」


「これ以上おかしな名前で呼ばないでくれ……」



 今朝の騒動は瞬く間に学校中に広まり、昼休みを迎える頃には尾ひれを付けて俺の耳にも届いた。

 クラスの男子はその噂を真に受けて、俺を褒めそやしているのだ。

 悪い噂を立てられた過去の経験から、訂正してもどうせすぐに別の噂が広がる。鎮まるまで適当にあしらうのが良策だ。

 しかし……。



(このままだと天城さんと飯が食えない……)



 男子は俺の武勇伝を聞きたがっており、机の前に人垣を作っていた。

 俺は苦笑を浮かべて適当に対処しながら天城さんの様子を窺う。

 天城さんは天城さんで女子に連行されて、教室の隅で質問攻めにされていた。

 天城さんに詰め寄っているのは、八幡(やわた)という苗字のギャル子さんだった。



「どこのヘアサロン通ってるの? 髪マジで綺麗だよね」


「最近明るくなったと思ったんだよね~。それも風馬くんの影響? てか二人は付き合ってるの?」


「え、えっと~、それはぁ~……」



 女子の質問は好意的なものと、興味本位なもので半々だった。

 注目されることに慣れていないのか、天城さんは困ったように目を泳がせている

 噂の美少女が教室にいた”芋子”ちゃんだったのだ。噂好きの女子が放っておくはずもない。

 今朝からずっと質問攻めにあっており、俺もまともに会話ができていなかった。

 俺と天城さんが双方で困っていると――



「改めて見ると天城さんってどことなく気品があるよね。実は天城グループのお嬢様だったりして」


「……っ!」

「……っ!」



 女子の何気ない一言に、俺と天城さんは同時に肩を震わせた。



(まずい! ボロが出る前に誤魔化さないと……っ!)



 だけど、どうやって誤魔化す? ここで取り乱したら肯定しているようなものだ。

 考えている時間はない。とりあえず――



「天城さん!」



 俺は天城さんの名前を叫びながら立ち上がった。

 弁当が入った巾着袋を掴んで、人垣をかきわけながら天城さんのところへ向かう。



「メシ、行こうぜ……」


「は、はい……」



 考えがまとまらなかったので、ひとまず天城さんをこの場から連れ出すことにした。

 衆人環視でのお誘いだ。俺は頬を熱く火照らせながら天城さんを誘う。

 天城さんもまた頬を赤く染めて、お淑やかな態度で頷いた。

 一連の様子を窺っていたクラスメイトたちは……。



「白昼堂々と彼女を誘うなんてやるじゃねぇか! さすがはウルフ風馬だぜ! 俺たちにできないことを平然とやってのける! そこに痺れる憧れるぅ!」


「きゃーーー! やっぱり二人は付き合ってるのね!」


「い、いえっ。わたしたちは……」



 天城さんはチラチラと横目で俺の顔色を窺う。強く否定しないところが、なんともむず痒かった。

 けれど、この状況は使える。俺は呼吸を落ち着けてからクラスメイトに言い放つ。



「そーいうわけだから俺たちのことは放っておいてくれ。余計な詮索をするのもナシだ」


「風馬くんっ!?」



 俺の発言を受けて、天城さんが驚いたように目を丸くする。

 すると天城さんを取り囲んでいた女子が肩をすくめながら、その場を退いてくれた。



「めっちゃラブラブじゃん。これ以上邪魔しちゃ悪いか」


「いろいろ詮索してごめんね」


「天城さんにコクるのはナシか。ウルフ風馬が傍にいちゃ噛まれるもんな」


「だからその呼び名はやめろ」



 女子はいいとして男子は完全にからかっている。

 けれど、みんな俺と天城さんの”嘘”を優しく受け入れてくれた。

 余計な混乱を生まないためにも、クラスメイトには誤解させたままにしておこう。



 ◇◇◇



 教室の喧噪を離れ、俺と天城さんは裏庭の花壇へ向かった。

 本当なら別の美化委員が水やりをしているはずだが、当番はサボっているのだろう。俺たち以外に人の姿はなかった。

 これ幸いにと俺と天城さんはベンチを占拠して、お互いの弁当箱を広げる。



「正直者だって褒めてくれたばかりなのに嘘をついてすまない」


「いえ、わたしのための誤魔化してくださったのは理解していますから」



 教室での一幕を謝ると、天城さんは恐縮したように首を横に振った。

 それから目をそらして、消え入るような声でぽつりと呟く。



「それにあながち間違っていないと言いますか……」


「え……? それって……」


「わたしたちは付き人と雇い主の関係ですからね。”お付き”合いしてると言えるのではないでしょうか?」


「屁理屈にしか聞こえないんだが……」



 天城さんはからかっているのだろう。期待した俺がバカみたいだ。

 ため息まじりにウィンナーを食べていると。



「……なら、本当にお付き合いしますか?」



 天城さんは爆弾を落とした。

ここまでお読みいただきありがとうございます。読者さまの☆や♡、作品フォロー等が後押しになります。少しでも面白い、先が気になると思われたら、ぜひ応援よろしくお願いいたします。

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