表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/43

【22】ウチの(お嬢様)に手を出すな

「ウチのに手を出さないでもらえるか」



 俺は天城さんを背中に庇うと、暴漢(俺のことだ)に脅されていると勘違いしたイケメンの完禪院(かんぜんいん)先輩と対峙した。

 咄嗟に『お嬢様』と抜いたのはファインプレーだった。

 天城さんは誰もが羨むお姫様に変身を遂げたが、”本物”だと悟られるわけにはいかない。



「ナンパなら余所でやれ」



 俺は眉間に力を込めて完禪院先輩を睨みつける。

 厳つい顔を隠す必要はなくなった。全力で思いっきり脅しをかける。

 これには余裕ぶっていた先輩も思わずたじろいだ。



「な、なんだ。ボクとここでやるつもりか。そっちがその気なら相手になるぞ」


「お待ちください」



 一触即発の雰囲気の中、俺の背後に隠れていた天城さんが声を上げる。一歩前に出て俺の隣に並んだ。



「完禪院先輩。すべては誤解なのです」


「誤解……? キミはそこの1年生に絡まれているんじゃないのか」


「違います。絡んでいるのは先輩です」



 普段のオドオドとした態度はどこへやら。天城さんは先輩を真っ正面から見つめた。

 子犬みたいな可愛い顔だからわからないが、睨みつけているのかもしれない。



「わたしと風馬くんはクラスメイトです。同じ美化委員なこともあり、普段から仲良くしていただいています」



 天城さんのその言葉にギャラリーの中から声が上がる。



「風馬と同じクラスの美化委員って……。もしかしてあの子、天城さんか!?」


「えっ!? いつも教室の片隅でパンを食べていたあの芋子ちゃん?」


「なんだ。クラスメイトなら仲が良くてもおかしくないわね」



 こういうのを同調圧力というのだろうか。

 俺と天城さんの関係が健全なものだとわかった途端、周囲の生徒たちが一斉に手の平を返した。



「てか。完禪院先輩、勘違いで声をかけたわけ? ダサ」


「くっ……!」



 空気が完全にアウェーになる。完禪院先輩は苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべる。

 天城さんはそんな完禪院先輩に頭を下げた。



「わたしを気にかけてくださったことは感謝いたします。ですが、一方的な思い込みから風馬くんを悪く言ったのは許せません。この場で謝ってください」


「悪かったよ。ボクの早とちりだった。この通りだ。すまなかったな、風馬くん」


「俺もすみませんでした。本当にナンパかと思って」



 まさか天城さんが先輩を叱りつけるとは思わなかった。俺は威を削がれ、頬を掻いて先輩の謝罪を受け入れる。

 逆上して難癖を付けてくるかと思ったが、完禪院先輩は常識人のようだ。

 頭を下げる先輩に俺が謝罪で返すと、完禪院先輩はパッと笑顔を浮かべた。



「なんだ。話に聞いていたよりも良いヤツじゃないか。気に入った!」


「へ……?」


「本当にすまなかったね。二人が想い合っているのはよくわかった。こういうのをやぶ蛇って言うんだろうね」


「想い合っているって……」



 完禪院先輩の爽やかな謝りっぷりに、天城さんも面を喰らったように目を白黒させる。

 頬が赤くなっているのは別の意味があると思うが……ややこしくなるので今は突っ込まないでおこう。



「お詫びになるかわからないけど、困ったことがあればボクを頼ってくれ。これでも学校では有名人でね。それなりに顔が利くんだ。それじゃあまた」


「は、はぁ……」


「ほらほら、みんなも散った散った。人の恋路を邪魔すると馬に蹴られるよ」



 完禪院先輩は手を振って、集まってきたギャラリ-を散らす。

 先輩に言われたら仕方ない、とばかりに生徒たちは歩みを再開させた。

 ものの数分もすれば辺りは静かになり、通学路には俺と天城さんだけが残された。



「いったいなんだったのでしょうか?」


「先輩は噂通りのいい人だったって話かな」



 完禪院先輩はナンパ目的ではなく、心からの善意で暴漢(俺のことだ)から天城さんを守ろうとしたのだろう。

 人は見かけによらないと言うけれど、見かけ通りの場合もある。

 天城さんも前に言っていた。人の心は行動に現れるもので。



「俺のために怒ってくれてありがとな」


「風馬くんだってわたしを守ってくださったじゃないですか」



 天城さんは首を横に振り、照れたように両手で鞄を持ちながらポツリと言葉をこぼす。



「俺のに手を出すなって。あれはどういう意味ですか? もしかして……」


「言葉足らずだったな。本当はウチのお嬢様に手を出すなって言いたかったんだけど、ボロが出て素性がバレたら大変だと思って咄嗟に言い換えたんだ」


「…………」



 俺が頬を掻きながら事情を説明すると、天城さんは黙ってしまった。



(あ、あれ? おかしいな。なにかおかしなこと言ったかな)



 俺が戸惑っていると天城さんは深いため息をつく。



「風馬くんは正直者ですね。今のは黙っていた方がポイント高かったですよ」


「何のポイントだ?」


「ないしょです。でも――」



 天城さんは唇に人差し指を当てて、悪戯が成功した子供のような愉しそうな笑みを浮かべる。



「そんな風馬くんだからこそ、傍にいたいと思えるんです」


「天城さん……」


「そろそろチャイムが鳴りますよ。急ぎましょう」


「そうだな」



 俺と天城さんは一緒に校門へと向かう。

 誰も見ていないことをいいことに、仲良く肩を並べて。



 ◇◇◇



 その日の昼休み――



「聞いたぞ風馬! 完禪院先輩とボクシングでやり合って勝ったんだって!?」



 弁当を持って席を立とうとしたところ、クラスの男子に囲まれてしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ