【20】芋子とだいだらぼっち
昼休み。美化委員の活動を終えて、ベンチで昼飯を食べていると……。
「あーん♪」
天城さんは口を開いて、俺の弁当箱にある筑前煮を求めてきた。
「な、なにしてるんだ。んなことしないって前に言っただろ」
いきなりの要求に俺は挙動不審になりながら弁当箱を脇に退ける。
天城さんは一度口を閉じて、子供のように頬を膨らませた。
「強権を発動します。わたしを貶した罰です。食べさせてくれないと許しません」
「ぐぐぐ……っ。だけど」
「わたしたちの関係もここまでのようですね。さようなら風馬くん。フォーエバー……」
「わ、わかったよ。食べさせるから機嫌直してくれ」
思いっきりからかわられている。冗談だとしてもバイトを首になったら困る。
俺はため息をつきながら、内心（役得だ……）と思いながらレンコンを箸でつまんだ。
「ほらよ。口を開けろ」
「あ～ん♪」
天城さんは餌を待つひな鳥のように口を広げた。
俺に向かって唇を突き出す天城さんの表情は、まるでキスを待つ彼女みたいで……。
（って、何を考えてんだか）
意識しすぎだ。俺は首を振って邪な考えを吹き飛ばしたあと、落とさないように注意しながら天城さんの口にレンコンを運んだ。
「はむっ。もぐもぐ……」
「どうだ？ 天城さんも食べやすいように甘さを調整してみたんだけど」
「すっごく美味しいです！ 味が芯まで染みこんでいて柔らかくて。あまりの美味しさに頬が緩んでしまいます」
「そいつは何よりだ。筑前煮に免じて許してくれるか？」
「しかたないですね～。特別ですよ？」
「はいはい。ありがとさん」
「最近の風馬くん、わたしの扱いが雑ではないですか？ 前はもっと優しくしてくれたのに」
「甘やかすとつけあがるからな」
箸で直接食べさせるのは恥ずかしがったが、筑前煮ひとつで機嫌を直してくれるならチョロイものだ。俺は気を取り直して弁当を片付けることにした。
「あっ！」
「どうした急に大声をあげて。これ以上はやらないぞ」
「い、いえ。気がついていらっしゃらないなら、それはそれで……」
天城さんは俺が持っている箸を熱心に眺めたあと、なぜか頬を赤く染めながら自分の弁当を食べ始める。
洋食メインのラインナップだから、筑前の甘辛い味が恋しくなったのだろうか？
そうやってお互いに食事を進めていると、天城さんは小さくため息をついた。
「しかし、まさかわたしの格好がイケていなかったなんて。芋子と陰で呼ばれていたのは気づいていましたが」
「千鶴さんは指摘してくれなかったのか？」
「天城の人間にふさわしい素敵な格好だと褒めてくれましたよ。髪型も実家にいた頃のままでして」
天城さんはそう言って自前の三つ編みを指で撫でる。
天城さんはお嬢様として育てられた。服装や髪型で冒険しないのは、ある意味で教育が上手くいった証だろう。
「普段がだらしないのは自分でもわかっているので、せめて外を歩くときはしっかりしようと心がけているんです」
「確かに。下着姿で町をウロウロされたら敵わない」
「風馬くんっ！」
「わ、悪い。冗談だって」
小粋なトークで繋げようとしたら失敗した。顔を真っ赤にした天城さんに怒られる。
けれど、怒った顔も可愛いのでオッケーだ。
「今の格好が悪いわけじゃないんだ。着飾るだけがファッションじゃないからな。ただ、いまどきではないと言うか……」
「風馬くんはファッションに詳しいのですか？」
「意外そうな顔してるな」
「い、いえっ。けっしてそのようなことは……あるかも」
「おい」
「ふふっ。さきほどのお返しです」
「はぁ……。まあいいけど。この顔でファッションとか我ながら笑えるからな」
天城さんも遠慮しなくなってきたな。けれど、この距離感が心地よい。
俺は食べ終わった弁当箱をしまってからスマホを取り出した。
写真フォルダを検索して、俺にヘッドロックをかけている母さんの写真を表示した。
「こちらの女性は？ まさか彼女さんとか」
「んなもんはいねーよ。俺の母さんだ」
「そうだったんですか。ほっ……」
俺が苦笑を浮かべて否定すると、天城さんは安堵のため息をついた。
俺に彼女がいないことで安心したのか？ まさかな。
「失礼ながらずいぶんとお若いんですね。お姉様かと思いました」
「メイクでそう見せてるんだよ。化粧したり服を着飾るのも仕事のうちというか」
詳しい話は省こう。千鶴さんからウチの事情を聞いているかもしれない。
「母さんはメイクやファッションにうるさくてな。家にそういう雑誌が置いてあって、暇なときにペラペラめくってたんだ。だから少しは心得がある」
「女装のですか？」
「メイクだよ！」
「ですよね。二度も驚かせないでください」
「勝手に誤解したのはそっちだろ……」
天城さんがおかしなことを言うから女装した自分の姿を想像してしまった。
長身のコワメンが女装したら、別の意味で威圧感が出る。
そういう趣味や性癖を否定するつもりはないが俺には似合わなかった。
「ここからは提案なんだけど」
俺は水筒に入れた麦茶で喉を潤したあと、天城さんに訊ねる。
「天城さん。自分を変えたくないか？」
「自分を変える……？」
「悪口を言われて悔しいと思ったことはないか？ 俺はあるぞ。慣れる前はいつも陰で泣いてた」
「風馬くん……」
「俺と違って天城さんは素材がいいんだ。少しの工夫で変身できる。天城さんはこんなにも可愛いのに、芋だなんて言われて俺は悔しい」
「わ、わかりましたからそれくらいで。それ以上言われたらお弁当の味がわからなくなります」
天城さんは慌てたように手を左右に振る。話している間、顔がずっと真っ赤だった。
少し落ち着いてきたところで、天城さんは箸を止めてポツリと言葉をこぼした。
「悔しい……とは違いますが疑問に思うことはあります。どうしてわたしの姿を見て笑うんだろうって。風馬くんに指摘されてようやくその理由がわかりました」
「……すまない」
「謝らないでください。風馬くんは勘違いしていただけですから。わたしなりには全力でイケてる格好をしていたつもりなんですけどね。ふふっ、ふふふふ……」
「マジで悪かったって」
自虐的な笑みを浮かべて鬱に入る天城さん。
俺は苦笑を浮かべたあと、真剣な顔で天城さんに語りかける。
「自分を変えたいなら俺が力になる。素人がやることだから上手くいく保証はないけど……一緒に頑張ってみないか？」
「わたしが変わったら風馬くんは嬉しいですか？」
「もちろん」
何度も語っているように、俺は天城さんの可愛さが世に広まっていないことに不満だった。
そこまで不満に思う理由。それは……。
「こんなこと言うと怒られるかもしれないけど、俺は天城さんと自分を重ねて見てるのかもしれない。お互い陰口を言われてるだろ？」
「それは……」
「けど、天城さんは噂なんて気にせず俺を”伝説の掃除屋”だって褒めてくれた。最初は照れくさかったけど、誰かに自分を認めてもらうのって嬉しくてさ。天城さんもその気持ちを味わってほしいんだ」
「風馬くん……」
「余計なお節介だったなら言ってくれ。なにも困らせたいわけじゃないんだ」
「いえ。わたしのために提案してくださったんですよね。そのお気持ちだけでも嬉しいです」
俺が頬を掻きながら苦笑を浮かべると、天城さんは首を横に振った。
「自分を変えるのは正直怖いですが……風馬くんと一緒ならやれそうな気がします。どうぞよろしくお願いします」
「決まりだな。周りの連中をあっと言わせてやろう」
「はい！」
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