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【2】メイドinマンション


 やがて放課後となり、俺は制服を着たまま駅前へ向かった。

 棚橋市は海沿いの街だ。海近くの小高い山の上にある学校から駅前では、徒歩で20分ほどかかる。

 俺が向かおうとしている目的地は、駅前に建っている高層マンションだ。

 立体駐車場が併設された20階建ての豪華なタワーマンションで、第一印象は……。



(掃除が大変そうだ……)



 というものだった。


 俺は母親と二人で、町外れにある古びたアパートに住んでいる。

 築40年のボロ屋で、二人で暮すには手狭だが掃除をする分には楽だった。

 そんな我が家と比べて、目の前にそびえ立つ高層マンションは掃除もゴミ出しも大変そうだった。



(何度見ても間違いない。地図に書かれている住所はこのマンションだ)



 俺はマンションの入り口に佇み、紙の地図に目を落とす。

 天城さんが渡してきた手紙には、手書きの地図と『大事なお話があります』と書かれたメモが同封されていた。

 訪問時間も指定されており、一人で来るように書かれていた。

 天城さんは恥ずかしがり屋のようだから、人気のない場所で告白したがるのはわかる。

 だからと言って、いきなり自宅に呼び出すか?



(まさか告白からの即ベッドイン……!?)



 エッチな漫画だとよくある展開だ。

 金がないから漫画は無料アプリでしか楽しんだことがない。

 だから”本番”シーンを見たことはない。だけど……。



(お見せできないページでは、それはもうスゴイことが起きてるんですよね!?)



 誰にでもなく敬語で問いかけながら一人で興奮する。

 俺は善良な一般市民だ。今年で16になる健康な一般男子だ。

 隠れ巨乳の女の子に自宅へ誘われたら、エロエロと妄想するわけで。



「いったん落ち着こう。そうと決まったわけじゃない」



 俺は声に出して自分に言い聞かせたあと、エントランスロビーへ向かった。

 受付用のインターフォンに部屋番号を入力。呼び鈴を鳴らす。



『はい。天城です』


「俺俺、俺だけど」


『風馬くんですか?』


「そうそう。俺だ。風馬だ」


『来てくださったんですね。よかったです』



 インターフォン越しだが、天城さん本人の安心したような声が聞こえる。

 ほっとしたのは俺も同じだ。これで悪戯ではないことが証明された。



『鍵を開けますね。エレベーターを使って20階に上がってください』



 エントランスロビーの自動ドアが開いた。

 高そうな絵画が飾ってあるロビーを経由して、エレベーターに乗りこむ。

 カウントアップしていく階数表示を眺めながら、俺はこれから会う天城さんに思いを馳せた。



(天城さんは最上階に住んでるのか……)



 天城さんは礼儀正しい子だ。

 良いところのお嬢様だと言われても驚かないが、まさかこんな高級マンションに住んでいたなんて。



(けれど不用心だな)



 結果的にオレオレ詐欺になってしまったが、俺が本物の詐欺師だったら天城さんはまんまと騙されたことになる。



(天城さんは頼りないところがあるからな……)



 天城さんとは高校に入学してからの仲だ。

 教室ではあまり話したことがなくて、美化委員として一緒に掃除を行うときだけ言葉を交わす。そんな薄い繋がりだった。


 交わす言葉こそ少なかったものの、天城さんが何事にも一生懸命に取り組む頑張り屋なのは知っている。

 誰もやりたがらない美化委員に立候補して、文句も言わず掃除に励んでいる。

 天然でそそっかしいのか、せっかく集めたゴミを転んだ拍子にぶちまける……といったドジな一面も目撃した。



(護りたくなるというか。なんとなく放っておけないんだよな)



 誘われるままにマンションを訪れたのも、天城さんと話をしたかったからだ。

 告白じゃなかったとしても、俺に話があるのは本当だろう。

 そうでなければ、わざわざ手紙を寄越したりしない。

 もしも困っていることがあるなら力になりたい。それは俺の本心だった。



『――20階です』



 アナウンスが流れて、エレベーターが20階に到着した。

 廊下に出たところで――



「お待ちしておりました。風馬颯人様ですね」



 目の前にメイドさんが現れた。



「は……? えっ……?」



 突然のことで頭の整理が追いつかない。驚きで目が丸くなる。


 俺の前に立ち塞がる女性は、メイドとしか形容できなかった。

 黒を基調としたシックなデザインのエプロンドレスに身を包み、青みがかった黒髪をアップにまとめている。

 これをメイドと呼ばずして何と呼ぼう。

 年齢は二十歳前後だろうか。メイドのお姉さんは濃い群青色の瞳を冷ややかに細め、値踏みするように俺の体を見つめた。



「背の高さは合格。筋肉量も申し分なさそうですね。これなら”使える”でしょう」


「なんだぁてめぇ……」



 何ですかあなたは。僕はこの階にいる天城さんに用事があるんです。そこを退いてください。

 そう伝えようとしたが、俺の舌は上手く回らず相手を挑発してしまった。



「くすっ。まるで狂犬のような目つき。気に入りました。やる気も十分のようですね」



 メイドさんは俺の挑発(誤発)など意に介さず、キツネのように目を細めて妖艶に微笑むと。



「確保っ!」



 パチンと指を鳴らす。

 次の瞬間、メイドさんの背後からサングラスをかけた屈強な黒服たちが現れた!



「な……っ!?」



 予想外の状況にまたもや思考が停止する。

 俺が戸惑っているうちに、黒服たちは俺の手足を掴んで神輿のように担ぎ上げる。

 廊下の奥にあるドアを開くと、「えいや」と部屋の中に俺の体を放り投げた。



「うわぁっ!?」



 俺は受け身も取れず、床にたたきつけられ……。



「ない?」



 衝撃が体を襲うかと思ったが、ふかふかとした何かがクッションになった。

 クッションの正体は、体長1メートルほどの巨大な猫のぬいぐるみだった。



「ここはいったい……」



 体を起こして周囲を見回す。

 玄関から廊下にかけて、通販用段ボールや空のペッドボトルが所狭しと積まれていた。

 それだけでなく、脱ぎっぱなしのまま放置された靴下、女性用下着(!?)までもが床に散乱しており、足の踏み場がなかった。



「見事なまでの汚部屋だ……」


「ふふふ。この部屋の秘密をご覧になりましたね」



 オートロックのドアがガチャン、と閉まる。

 振り向けば、ドアを背にしたメイドさんが仁王立ちしていた。

 メイドさんは玄関に置いてあったコードレスハンディ掃除機を手にして、俺に呼びかける。



「デッドorダイ○ン。清掃か死か。好きな方をお選びください」

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