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【14】ひな鳥のような可愛さで

 

 天城さんと協力してホースを片付けたあと、昼飯を食べるため木陰のベンチへ向かった。

 花壇とベンチは校舎裏にあり、俺たち以外に生徒の姿はなかった。俺と天城さんの貸し切りだ。

 校舎は海近くの山の上に建っているため、風が吹くと爽やかな潮の匂いが鼻をかすめていく。日差しもそれほど強くなくて、絶好のランチ日和だった。

 それはいいんだが……。



「ふふふ。風馬くんとお昼♪」


(近い……!)



 無意識なのだろう。天城さんは俺の真横に座ってビニール袋を広げる。

 気を抜いたら肩が触れあう距離だ。


 英語の授業の時も思ったが、天城さんは警戒心がなさすぎる。

 俺は居心地の悪さを覚えながら持参した弁当箱を開けた。

 俺の弁当箱を横から覗いた天城さんは、子供のようにキラキラと目を輝かせる。



「わぁ! 風馬くんのお弁当、美味しそうですね」


「これくらい普通だろ?」



 今日のおかずは、からあげに自家製マッシュポテト、ベーコンと枝豆のキッシュ。それと卵焼きだ。

 おかずが少ない分、白飯は多めに詰めている。余り物は母さんの昼飯(昼に起きるので朝飯だ)になる。

 一方、天城さんが持参した袋の中にはクリームパンとイチゴ牛乳が入っていた。

 食べられそうなものはクリームパンだけで、おにぎりや惣菜パンすら見当たらなかった。



「天城さんはそれだけ? クリームパンひとつだけで腹は減らないのか」


「けっして小食ではないんですが、たくさん買って余らせると後が大変で」


「家でも外食ばかりしてるみたいだからな。極力ゴミを出さないようにしてるのか」


「どうしてわかるんですか?」


「キッチンを使った様子がなかった。通販でレトルトやカップ麺を買いあさっているわけでもない。だから外食ばかりしてると思って」


「さすがは風馬くん。見事な洞察力ですね」



 気持ち悪がられると思ったが、天城さんはパチパチと手を叩いて俺を褒めてくれた。

 それからため息まじりにクリームパンを小さくちぎる。



「お察しの通り、わたしは掃除だけでなくお料理もダメで。一人暮らしを始めてからは、お昼はいつもパンだけです。自分でも体に悪いと思ってるんですけどね」



 天城さんはちぎったパンを口に入れると、モキュモキュと口を動かして咀嚼していた。

 うさぎが餌を食べているみたいで可愛い。いつまでも見ていたい。



「反省してるなら改善の余地はあるな」



 俺は苦笑を浮かべると、爪楊枝に刺した卵焼きを天城さんに差し出した。



「くださるのですか?」


「仕えてるお嬢様に倒れられたら敵わない。卵はビタミンが豊富なんだ。こいつでまともな栄養を取ってくれ」


「ありがとうございます。それなら……」



 天城さんは素直に微笑むと。



「あ~ん♪」



 何を勘違いしたのか、天城さんは餌を求めるひな鳥のように口を開いた。



「ば、ばかっ。んなこと誰がするか」


「え……? あっ……!」



 自分のしでかしたことに気がついたのか、天城さんは一瞬で耳まで赤く染めて慌てて口を閉じた。



「ごめんなさいっ。千鶴さんはいつもこうやって食べさせてくれるので」


「甘やかされすぎだろ……」



 俺はため息をついて、爪楊枝に刺した卵焼きを手渡した。

 ウチのお嬢様はプライベートではかなりの甘えん坊らしい。

 天城さんに甘えてもらえる千鶴さんが羨ましいくらいだ。



(ある意味チャンスだったが、さすがに今のは恥ずかしすぎる……)



 天城さんとまともに話すようになったのは付き人を始めてからだ。

 昨日今日の関係で、いきなり甘やかするのはハードルが高かった。



「改めていただきます」



 天城さんは気を取り直して、卵焼きを口にする。

 次の瞬間、澄んだ蒼い瞳がきらりと輝いた。



「おうひぃれふぅ~~~!」


「飲み込んでから喋れ」


「でもでも、本当に美味しいんですよ! 甘すぎずしょっぱすぎない絶妙な塩加減で。こんな美味しい卵焼きを食べたの初めてです!」


「ありがとな。こっちの唐揚げもオススメだぞ」


「いただいても?」


「遠慮せず好きなだけ食べてくれ」


「ありがとうございます!」



 俺が弁当箱を差し出すと、天城さんは爪楊枝を使って唐揚げを食べ始めた。



「ふわぁ~! 唐揚げも美味しいです。ニンニク醤油のジャンクなお味が最高です」


「お気に召したようでなによりだ」



 まともな食事に飢えていたのか、天城さんは唐揚げを口にしただけで感激していた。

 唐揚げならコンビニでも買えるが、スナックフードを買い食いする発想がないのかもしれない。



「お弁当はお母様が?」


「マッシュポテトはそうだ。それ以外は俺が作った」


「風馬くんが!? お掃除だけでなくお料理もできるんですか!?」


「そんな驚くことか。ほとんど焼いただけだぞ。味付けも適当だ」



 俺が苦笑を浮かべて答えると、天城さんは長い三つ編みをブンブンと左右に振った。



「いえいえそんな! ご自身でお弁当を作れる時点で100億点満点です。あなたが神ですか?」


「そんな大げさな……」


「ご謙遜を。風馬くんは素晴らしい才能の持ち主だと千鶴さんも言っていたじゃないですか。わたしもそう思います。さすがは”伝説の掃除屋”さんです」


「その通り名、誰から聞いたんだ?」


「え……?」


「昨日から気になってたんだ。柄が悪いと噂されても、いい評判はまるで聞かないからな」



 言いよどむ天城さんに俺は詰め寄る。

 美化委員に所属はしてるが、学外のボランティア活動に参加した覚えもない。

 だから、俺の掃除好きは身内しか知らないはずだ。考えられるとしたら……。



「風馬くんを千鶴さんに推薦したのはわたしです」


「やっぱりそうか。だけど、どうして?」


「ずっとそばで見ていたからです」



 俺の問いかけに、天城さんは頬を染めてポツリと呟いた。

 俺から視線を逸らして、膝の上に握りしめた自分の両手を見つめる。



「きっかけは、初めての美化活動の日です。右も左も分からないわたしに、風馬くんは優しく掃除の仕方を教えてくれましたよね」


「そんなことあったか……?」



 天城さんを手助けした回数は両手では数えきれないほどだ。よく覚えていない。

 一方で、天城さんは胸にしまった大切な記憶を広げるようにゆっくりと思い出話を続ける。



「風馬くんがお忘れでもわたしは覚えています。クラスで噂されているような素行の悪さは見受けられず、一緒に活動するうちに風馬くんの気配りの良さとかその真面目さが伝わってきて」


「そ、そうか……」



 そんなストレートに言われると照れるな。けれど、評価してくれるのは素直に嬉しい。



「そんな風馬くんになら、わたしの身を預けられると思ったんです。それで千鶴さんにワガママを言って付き人として雇うことにして」



 気がつけば、天城さんは潤んだ瞳で俺をじっと見上げていた。

 異性にここまで好意的な評価をされたのは初めてだ。かなりドキドキする……。



「すべてわたしが勝手に進めたことです。ご迷惑でしたでしょうか?」


「そんなことない。そんなことはないが……」



 不安そうに瞳を揺らす天城さん。俺は頬を掻きながら目をそらす。



「あまり近くで見つめないでくれ。調子が狂う」


「あ……っ。ごめんなさいでしたっ」



 目をそらしているのでわからないが、天城さんはきっと耳まで真っ赤にしているだろう。

 天城さんは普段恥ずかしがり屋のくせに、ここぞという時に大胆になる。

 俺の言葉で我に返った天城さんは、話をまとめるようにポンと手を叩いた。



「と、とにかく。風馬くんはご自分で思っているよりも素敵な男性だ、というお話です」


「ありがとう。お世辞として受け取っておく」


「むぅ……。お世辞じゃないのにな……」



 お世辞と言って受け流したのは、ただの照れ隠しだ。本当は飛び上がりたいくらいだった。

 俺がそっぽを向いたまま素っ気なく答えると、天城さんは小さな子供のような口調で不服そうに文句を垂れた。

 照れたり怒ったりと本当に忙しい子だ。けれど、以前と比べていろいろな表情を見せてくれるのは嬉しかった。



 ◇◇◇



 午後の授業は滞りなく進み、気がつけば校舎の窓に西日が差し込んできた。

 やがて放課後となり、俺は5月の涼やかな夕風を全身に浴びながら校門を出る。

 数分ほど歩いたところにある曲がり角に差し掛かると、鞄を手にした天城さんが俺の前にぴょこんと顔を出した。



「わぁ! 偶然ですね。そこまで一緒に帰りましょうか」

ここまでお読みいただきありがとうございます。読者さまの☆や♡、作品フォロー等が後押しになります。少しでも面白い、先が気になると思われたら、ぜひ応援よろしくお願いいたします。

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