【12】隣の席の天城さん
結論から言うと、楽しいお喋りはできなかった。
お互い気恥ずかしくなって、ろくな話題が浮かばなかったからだ。
やがて1時限目の授業が終わり、教室内がにわかに騒がしくなる。
俺の席は教室の一番後ろ、窓際にあった。
背が高いのもあって後方の席に追いやられたのだ。
(他のみんなはクジ引きだったのにな。俺もいい席を当ててワイワイと騒ぎたかった……)
己の境遇を嘆き、ため息をつきながら窓の外に浮かぶ千切れ雲を眺める。
あの雲も、俺と同じ”ぼっち”だ……。
すると、教室の片隅にいた二人組の女子がひそひそと話を始めた。
「見てアレ。”だいだらぼっち”が怖い顔で窓の外を睨んでる」
「風馬くんはウチの番格だからね。他の学校の不良が攻めてこないか窓から監視してるのよ」
「八幡、あんたヤンキー漫画の見過ぎ~」
八幡、というのは片方のギャルっぽい子の苗字だろう。
八幡さんの言葉を受けて、もう片方の子が納得したように頷く。
「けど確かに、あの目で睨まれたら日和って逃げ出しそうだよね。番犬みたいなもん?」
「番犬というか狂犬だけどね~」
「だから”棚橋の狂犬”って呼ばれてるのか。家も学校の近くなんだっけ?」
「そうそう。地元じゃ最凶って噂だよ。ワンパンで不良を5人も倒したんだって」
「うわこわっ。マジで近寄らないでおこう」
(聞こえてるんだよなぁ……)
本人達は聞こえないように喋ってるつもりだろうが、思い切り耳に入っていた。
いつものことだから別に気にしない。怒鳴りつけるつもりもない。そんなことをしたら余計に孤立するからだ。
「あの……」
「ん? ああ、天城さんか」
そうやって俺が黄昏れていると、隣の席に座っていた天城さんが声をかけてきた。
後ろの席だと嘆いていたが、隣が天城さんになったのは不幸中の幸いだと言えるだろう。
同じ委員で隣の席だったので、自然とよく喋るようになったのだ。
「次は英語ですよ。当てられたら遠慮なく助けを求めてくださいね。こっそり答えを教えますので」
「ありがとな。けどカンニングはよくないぞ」
「あっ、それもそうでした。余計な真似をしてごめんなさい」
「いいよ。その気持ちだけで十分だ。ありがとう」
「い、いえっ」
俺が苦笑を返すと、天城さんは慌てたように顔を背けた。
よくわからないが耳が真っ赤だ。まだ今朝のやり取りを引きずっているのだろうか。
(教科書の貸し借りも仕事のウチと言ってたな……)
千鶴さんに言われた仕事内容を思い出して、俺は天城さんに訊ねる。
「念のために訊くけど、まさか教科書を忘れてないよな?」
「ふふっ。わたしもそこまでズボラじゃないですよ」
天城さんはお上品に微笑むと机の中を漁った。
けれど、中から出てきたのは英語のノートだけだった。
「WHY? なぜ教科書が見当たらないのですか?」
「しらんがな」
天城さんはエセ外国人みたいな喋り方で驚く。
机の中だけでなく、鞄もひっくり返して教科書の行方を捜した。
しかし、どこにも教科書は見当たらない。天城さんは涙目になってしまった。
「あぅ~。おかしいです。今朝出るとき、きちんと鞄の中身を確認したのに」
「あ~……」
今朝はバタバタしていたから、うっかり入れ忘れたんだろう。
けれど、口に出して指摘はできない。俺が天城さんの家にいたことは秘密だからだ。
「仕方ないな……」
俺は言いたいことを飲み込んでから、自分の机を天城さんの方へ寄せた。
「俺の教科書でよければ見せてやる。もうちょっとこっちに近づいてくれ」
「ありがとうございます♪ 風馬くんはやっぱりお優しいですね」
天城さんは俺の厚意を素直に受け取って、柔和な笑みを浮かべる。
それから机と椅子の位置を調整して俺の隣に並んだ。
けれど、距離が近すぎたのか肩と肩が触れあってしまう。
「あっ……! ごめんなさいっ」
「い、いやっ。俺の方こそすまん」
俺と天城さんは同時に身を離して、真っ赤になった顔を背けた。
すると――
「ざわ……っ!」
周りにいたクラスメイトたちが一斉にざわめいた。
けれど、具体的な言葉を発することなく高速でスマホをいじりはじめる。
(クラスのチャットにあることないこと書き込んでるな……)
生徒が管理しているクラスチャットに誘われたことはなく、俺はネットでもぼっちだった。
本人の前で直接陰口を言う度胸はないんだろう。
俺が視線を向けると、クラスメイトたちは慌てたように顔を背ける。
そんな周囲の喧噪(誰も喋ってないが)を余所に、天城さんは天使のような笑顔を俺に向けてくる。
「お勉強頑張りましょうね。目指せクラストップテン、です!」
「お、おう……」
天城さんの天真爛漫な笑顔に、スマホを操作するクラスメイトたちの指の速度が上がる。
昨日までろくに喋ったことがなかった二人が、急に仲良くなったら不審がられると思うんだが……。
この子……本当に秘密を隠す気あるのか?
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