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【10】契約更新

 汗を洗い流そうとバスルームのドアを開く。

 すると、一糸まとわぬ姿の天城さんとバッタリ鉢合わせてしまった。



「!!!!!!!???????」

「!!!!!!!???????」



 突然のことで思考が停止する。最近、こんなことばかりだ。

 混乱した頭と止まった時間の中で、俺は目の前にある天城さんの裸体に目が釘付けになった。


 シャワーから上がったばかりなのだろう。

 長い金色の髪と、張りのある裸体が艶やかに湿っていた。

 肌は絹布のように白くてきめが細かく、体のほてりで桃色に染まっている。

 手足はスラっと長くて腰も細かった。それなのに胸とお尻はしっかりと出ており、その姿はまるで水浴びを終えた妖精や天女のようだった。

 そう錯覚するほどに、天城さんの裸はとても綺麗で……。



「ぴ…………っ」



 俺が思わず見惚れていると、天城さんは小動物のような短い鳴き声をあげて。



「ぴしゅぅぅぅぅぅ~~~~」


「天城さんっ!?」



 全身をゆでタコのように火照らせて、その場に倒れてしまった。




◇◇◇



 それから20分後。俺はジャージ姿のままリビングの床に頭を擦りつけた。



「本当にすまないっ! 天城さんが入ってるとは思わなくて!」


「頭を上げてください。鍵を閉め忘れたわたしも不注意でした」



 ブレザーに着替えた天城さんは、リビングのソファーに座りながら慌てたように手を振る。



「申し訳ございません。お嬢様の行動を読み違えたわたくしの落ち度です」



 俺が土下座をしていると千鶴さんが二人分の紅茶を運んできた。

 二人分のカップをテーブルに置きながら、お茶請けのクッキーも配る。



「お嬢様にストリップのご趣味があったとは。この千駄木の目をもってしても見抜けませんでした」


「そんなのありませんよぅ。風馬くんの前で人聞きの悪いこと言わないでくださいっ」


「では、風馬様に覗きの趣味があった。そういうことですね」


「ないですよっ! 人をからかうのはやめてください」


「でしたら今回は双方痛み分け。不幸な事故ということで」



 俺と天城さんの抗議を意に返さず、千鶴さんは涼しい顔で笑みを浮かべる。

 千鶴さんの不注意でブッキングしたと思うのだが……。自分の責任を棚に上げたな。



「これからは風馬様が身の回りのお世話を行うのです。よい機会ですからお嬢様は生活態度を改めてください。遅寝遅起きはもってのほか。寝ぼけたりするから鍵をかけ忘れるのですよ」


「はい……。今後は気をつけます……」



 千鶴さんの指導が入り、天城さんは肩を落としながら紅茶を口にする。

 俺は床に正座したまま、片手を挙げて千鶴さんに質問をした。



「俺が天城さんの世話をするって、どういう意味ですか?」


「言葉通りです。契約に従い、風馬様にはお嬢様の付き人になっていただきます」


「は……? そんな契約結んだ覚えないんですけど……」


「お忘れですか? 契約書にサインしたではございませんか」



 千鶴さんは妖狐のようにニヤリと口元を歪めると、懐から契約書を取り出した。

 それから書類の欄外に書かれている小さくてゴチャっとした文字を指差す。



「こちらに『(甲)は(乙)の身の回りの世話を行う』とあります。お世話の内容は家事代行の他にも、登下校中の身辺警護、教室での物の貸し借りなど多岐に亘ります」


「そこまでやるなんて聞いてないですよ!?」


「見落とされたのではございませんか? 口頭での説明を省いたのは確かですが、すでにご家族の同意も得ております。契約は成立です」



 千鶴さんはしれっとした顔を浮かべて別の書類を取り出した。

 昨日、母さんにサインをしてもらった同意書だ。



「『ぼちぼちクリーニング』はお部屋の清掃だけでなく、ご依頼者様の心の不安も解消するアフターケアが行き届いたホワイトでマーベラスな会社です。このような会社で働けるなんて風馬様は幸せ者ですね」


「なにがホワイトだ! だまし討ちなんてブラックだろ!」



 もはや遠慮はいらない。敬語をやめて千鶴さんを責めると。



「そうですよね。わたしのワガママで風馬くんを振り回すわけには参りませんもんね」



 天城さんは悪戯を咎められた子犬のように目を潤ませて頭を垂れた。

 それから札束の入った封筒をテーブルの上に差し出す。



「お部屋は綺麗になりました。残りのお給金はお支払いします。これで契約終了です」


「え? それはその……」


「これまでのことは忘れて、お互いただのクラスメイトとして過ごしましょう。短い間でしたが楽しい時間をありがとうございました」



 天城さんは別れ話を切り出した恋人のように気落ちして、目に涙さえ溜めていた。

 以前から意識していた女の子に目の前で泣かれたら……。



「はぁ……。わかった。契約に従うよ……」


「本当ですか!?」


「ただし、やるのは身の回りの世話だけだ。ボディガードとか無理だぞ。武術の心得もない」


「お嬢様の身の安全はその道のプロにお任せください。努めて意識する必要もございません。風馬様はこれまで通り、普通の学生としてお過ごしください」


「まあ、それでいいのなら……」



 世話を焼くだけで天城さんとお近づきになれるのなら願ったり叶ったりだ。

 俺は頬を掻きながら、天城さんに封筒を差し戻す。



「金は今度でいい。それまでの仕事っぷりに不服があったら払わなくていいから」


「よろしいのですか?」


「まだ何もしてないうちに報酬を貰っても座りが悪いだろ? それとできれば分割にして振り込んでほしい。現金で渡されると隠し場所に困る」


「では、そのように。お嬢様もよろしいですね」


「風馬くんがそう仰るなら」


「ありがとう」



 俺は感謝の言葉を述べて、天城さんの顔を正面から見つめる。

 怖がらせるかもしれないが、どうしても天城さんの目を見て気持ちを伝えたかった。



「というわけだから、これからもよろしく頼むよ。天城さん」


「こちらこそよろしくお願いします。風馬くん」



 いま鳴いた烏がもう笑う。天城さんはとびきりの笑顔で頷いた。

 選択を誤った気がしないでもないが、この笑顔を見られたのならヨシとしよう。

 俺は決意を新たに、天城さんの付き人としてこれからも傍に……。



「あっ、やべ……」



 と、そこで母さんとの約束を思い出した。

ここまでお読みいただきありがとうございます。読者さまの☆や♡、作品フォロー等が後押しになります。少しでも面白い、先が気になると思われたら、ぜひ応援よろしくお願いいたします。

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