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そして最後に駆け落ち婚

 謎ばかりの綺麗な瞳の女性によって、私は応接間から引っ張り出され、いつのまにやら廊下に出ていた。


「あの」

「しっ。夫があなたのお母様を抑えている間に動きましょう。持っていきたい大事なものはあるかしら?」


「何も無いです。大事なものは恋をした人に差し上げました」


 私はそこで自分の口が何を言ったのか気が付いた。

 何を言ってしまったのかも。

 これから嫁ぐ私が、成就なんてしない恋を語っているなんて。


「恋、ええと、じゃあ、結婚話は迷惑かしら?」


 私はこの上品なのか下品なのかわからない魔女に混乱したまま、いえ、私を本気で心配してくれる彼女に縋りたい気持ちのまま、笑顔で答えていた。


「失恋ですからいいのです。あなたの息子さんでしたら、光栄すぎるほどですわ」


「そう?それなら大丈夫ね。で、では、急いでいきましょう」


 水色の瞳の人は私の手首をつかみ、ものすごい勢いで走り出した。

 実際はそんなに足は早くないのだが、私を引っ張る勢いが大きかったことと、私こそこんな風に走り出した事が無かったから、突風になった気がしたのだ。


 全ての悪い事を薙ぎ払ってくれる突風。


 私と彼女は、ええ、いつの間にか親友のように笑っていた。

 気が付いたら目の前には大きな馬車。

 扉が開き、私は殆ど放り込まれるように馬車の中に飛び込まされていた。


「きゃあアーロ!!乱暴よ!!」


「ハハハ。ちゃんとヨアキムがそこにいる!!」


 そう、私はしっかりした腕に抱きしめられていた。

 私が拾った天使。

 天に帰るならと、私の大事なお守りを捧げた彼。

 彼は真っ青な瞳を煌かせて私に笑顔を作ったあと、馬車の扉の向こうに大声を上げた。


「急いで乗ってくれ!!あいつらがこいつを取り戻そうとする前に駆け落ち婚を完成するぞ!!」


 老人だった夫妻が笑いながら次々と馬車に乗り込んで来る。

 私はヨアキムに少々乱暴に彼の横に座らされた時には、臭くて汚れ切っていた老人夫婦が目を見開くほどの美男美女に戻っていた。


「あ、あの」


「はじめまして。ヴェルヘルミーナ・カム・シーララと申します」


「初めましてだね。ヨアキムに面倒をかけられっぱなしのアーロ・シーララだ」


 私は国の有名人を目の当たりにした驚きで目を丸くするしかなく、自分が錆びたブリキになった気持ちになりながらヨアキムを見返した。

 彼は尊大風に左の眉毛をグイっと上げた後、不遜そうな声を出した。


「俺には心ときめかないか?俺は君じゃないと嫌なんだけどな」


 私ははふっと大きく息を吸った。

 彼の言葉は私の息の根を止めたのだ。

 不幸だった私の。

 ヨアキムは私の振る舞いが気に触ったのか、怒鳴りながら馬車の床に踵を大きくぶつけた。


「ほら!!馬車を出せ!!特急だ!!だが事故るな!事故ったら殺すぞ!!」


「うわあ、最悪」


 御者席の声はよく知っている声である。

 ヨアキムを迎えに来た、あの人であるに違いない。


「まあ!サミさんもご無事でしたのね!」


「君はサミが良かったか?だが、あいつは妻帯者で、悪魔の双子の父親だ」


「いいえ。最初から叶わないと思っていた方に私の心はあります」


「そいつは誰だ?」


 私の目の前は真っ暗だ。

 私はヨアキムにしっかり抱きしめられているどころか、彼の胸に顔を押しつけられているという状態なのだ。


「もちろん、あなたです」


「聞こえないな」


「愛しています!!ってきゃあ!」


 私はさらに抱きしめられた。

 だけどこんな風に抱きしめられるなんて初めてだから、私には嬉しいしか無かった。夢だっていい。明日死んだっていい。


 私は愛する人の腕の中にいるのだわ!!


「バカ!ヨアキム!花嫁が死ぬぞ!!」


「アハハ。仕方ねえだろ?愛した女を抱けるのがこんなに気分がいいって、俺は初めて知ったんだからな。放せるわきゃないなあ」


 私こそヨアキムを抱き返した。

 そして無理やりにでも彼の腕の中から顔を出して息を吸った。

 愛する人の為に死ぬわけにもいかない。


 ちゅ。


 ヨアキムは顔を出した私に優しい笑顔を見せつけたそのまま、私に口づけたのである。


 私の意識はここでお終い。

 人間て感極まると失神してしまうのね。




「ほら起きて、愛する人」


 軽くゆすられて目覚めて見れば、馬車は既に止まっており、向いに座っていた小汚い格好をした有名人夫婦の姿が消えていた。

 でも、彼らが消えたその代わりという風に開きっぱなしの馬車の扉から見える風景に、私は再び失神しそうになっていた。


 いいえ、私はきっと死んで天国にいるんだわ。

 小さな教会の前には着飾った人々と、沢山の花と大きなケーキが見える。

 それだけじゃない。

 花で飾られた私の大事なお友達、トーリとフィンが幸せそうに草を食んでいる。


「俺の本気が分かったかな?俺の美しき人。教会の控室にドレスも用意してある。俺との結婚に異義が無いなら、俺の花嫁になってくれ。願わくば、着換えは出来る限り早く」


「私は自分がこんなに幸せだと思えた日はないわ」


「君は挑戦的だな。俺は君を毎日幸せにするつもりだぞ」


「私もあなたを幸せにしたいわ」


「俺に笑ってくれ。俺は君の笑顔が大好きなんだ」


 ヨアキムは微笑んだ。

 ごめんなさい、あなた。

 私の顔は幸せで勝手に笑顔になるのに、零れる涙が止まらないの。



お読みいただきありがとうございます。

毒親への最大のざまあは、虐げられていた子供が幸せになることだと思います。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 心優しい娘が、愛されて幸せになるお話、有難うございました。最近、蔵前様の作品を読みふけっております。面白いです!どうかお体、お大事になさって下さい。一人でも多くの方が、打つ前に気づいて打た…
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