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35.無駄なことを


 オーロがラレーシェの修行についていた頃。


「……また迷ったか」


 一方で、生命の樹では昨日に続き警護任務に当たっていた瀧が、広大な空間の中で一人、道が分からなくなり迷子となっていた。


「なんなんだ、まったく」


 瀧の周りを覆い尽くすは透き通る碧で彩られた壁面に、数多の水泡が浮く空間。


 そこは、水のマナで造られた世界、”形成の間”。


 地面の至る所には湖が張り巡らされ、その全てが透明度高く、見た者全てそれが鏡だと見間違うほどに恐ろしく澄んだものだった。さらに湖の表層からは絶えず気泡が発生し、それらは水面から離れると、外から漏れる陽の光を浴びては金色の輝きを球の内面に帯びながら空間の中を浮遊していた。


「……はぁ、どこを歩いても全部同じ場所にしか見えんのだが」


 湖の上、人ひとり歩けるだけの幅の大理石が迷路状に敷き詰められ造られた道を歩く瀧は、どこへ行こうと足を運ぼうと変わらぬ景色に辟易し、思わずため息を吐いては、ステンドグラス風の眼鏡の真ん中に人差し指を当て、少しだけズレていた角度を直す。

 

「仕方ない、またさっきの道に」


 そして、出口を探そうと後ろを振り返ったその時。


「……なんでお前がいる」


 瀧が振り返った先にいたのは。


「やっと……みつけ……た」


 先ほどフィヨーツに到着したばかりのメルクーリオだった。


「タキ……さん」


 突如この場に現れたメルクーリオに対し、大して驚く様子は見せなかった瀧。だがその顔は、何かを恨むような形相で目の前の聖女を睨みつけ、明らかに不快感を露わにしたものだった。

 しかし、当のメルクーリオは瀧の表情など気にもせず、ようやく会えたとばかりに嬉しく目を細め、頬を薄く赤らめては軽やかな足取りで近づいていく。


「あの……タキ、さん」


 とうとう、手を伸ばせば届く位置まで縮まる距離。

 大理石の上に乗る両者の間には、せせらぐ湖のみが隔たりゆく。


「えっと……お聞き……したい、こと……が」


 息を弾ませながら瀧の顔を見るメルクーリオ。一度、スッと目を逸らし、一息ついてから再び視線を戻す。


「その……」


 そして、意を決したかのような表情を向け、次に言葉を発しようとした時。


「メル様っ!!」

「っ!」


 メルクーリオの後方から、彼女を呼び止める聴き慣れた声が。


「メル様っ! はぁ、はぁ……。ようやく見つけましたよ! こんな所でなにを!」


 呼吸を乱し、大声を上げながら懸命な顔でメルクーリオを追いかけてきたのは侍女のレフィ。宿に向かうはずが途中で主人の姿が見えなくなったことに気付き、どこに行ったのかと、道行く者に尋ねながら国中を走り回り、ようやくここまで辿り着き、メルクーリオを見つけ出したのだった。


「レ、レフィ……。その」


 誰にも言わず勝手にいなくなったことに対して、主人とはいえ流石に怒るレフィにたじろぐメルクーリオ。


「ごめん……なさ」


 すぐに謝ろうと、レフィの下へ向かおうとした。


 その時。


「ッグ! カハッ! ゲホッ!!」

「っ!?」


 突如、激しくせき込み始めると、喉元を掴み、そのまま地面へと膝から崩れ落ちる。


「っ! メル様っ!?」


 地面に伏せ、苦しそうに倒れる主人を見て驚き、慌てるレフィ。


「瘴気による呪いが……! だから先に宿で休みましょうと申しあげましたのに!」


 急いでメルクーリオの下まで走ると、自身の懐から大人の小指ほどの大きさの、薄水色の液体が入った小瓶を取り出し、すぐにメルクーリオの口元へと近づける。


「ほらっ、メル様。これを」


 血を吐きグッタリとするメルクーリオの身体を支え、ゆっくりと、小瓶に入った薬を流し込む。


「ン、んぐ……」


 喉が焼けるような激痛に苦悶の表情を浮かべながらも、侍女から差し出された薬を飲み干すメルクーリオ。


「……あ、あり……がと……う」


 レフィによる介抱のもと、暫くしてほんの少し容態が落ち着くと、ゆっくりと目を開け、視界が霞む中で途切れ途切れになりながらもレフィに感謝の言葉を告げる。


「……はぁ、あなたって人は」


 初期治療が間に合ったことに安堵するレフィ。しかし、その表情はすぐに不快感を露わにし、主人から目を離す。


「……なんですか、先ほどから」


 次に目を向けたのは、メルクーリオが倒れてからずっと同じ場所で立ち尽くし、じっと二人のやり取りを見ていた瀧。


「…………」


 静かに寝息を立てるメルクーリオを抱えるレフィに問い詰められるも、返事はせず。


「なにか言いたい事でもありますので!?」


 何かを言うわけでもなく、人が目の前で倒れているにも関わらず手助けをするわけでもなく。ただただ、不愉快な顔をして突っ立っている瀧にイラつくレフィ。


「なぜ」


 そして、ようやく口を開いたかと思えば。


「なぜ、自分の身体を酷使してまで、誰かの為に頑張るなど。どうしてそんな馬鹿みたいに無駄なことをし続ける」


「……は?」


 出てきた言葉は思いやりの欠片もないもの。


「いま、なんて?」


 瀧の言葉に一瞬理解が出来ず、唖然とするレフィ。


「なんて言ったと聞いてるのよ!!」


 だがすぐに思考は追いつき、途端に激昂した彼女はメルクーリオを抱えながら瀧に向かい声を荒げ、怒号を放つ。


「あなた……メル様が普段、どんな思いで……っ!!」


「…………」


 怒りをぶつける彼女を目の前にしても動揺することはなく、只々冷たい目で見下す瀧。


 すると。


「おいっ! やっと見つけたぞ!!」


 今度は瀧の後ろから別空間で任務に当たっていた彩楓が瀧を見つけるや、彼らの下へと走ってくる。


「右京、お前どこに……なんだこの状況……って!? どうかされたのですか!?」


 瀧の傍へ来てはすぐに異変に気が付いた彩楓が、レフィによって介抱されるメルクーリオの様子を見て何かあったのかと尋ねるも。


「……いえ、もう解決いたしました。……メル様、急いで宿へ向かいますよ」


 心配して声を掛ける彩楓を一目見ることもなく、レフィは慎重にメルクーリオの身体を起こすと肩を担ぎ、その場を後にしようとする。


「い、いや。明らかに容態が良くないだろう! それに一人では大変だろうから私も」

「結構です!!」

「っ!」


 助力しようと手を差し伸べる彩楓をレフィは拒絶し、そして、そのまま無言で出口のほうへと向かっていく。


「……ふんっ」

「っ! お、おいっ、右京!」


 去っていくレフィとメルクーリオのことなど気にも留めないとばかり、不機嫌な顔で悪態をついてはすぐにその場から離れようとする瀧。


「右京! 聞いているのか!」


 何があったかを知ろうと瀧を追いかける彩楓だが、瀧は足を止めることなく、彩楓からも逃げるように歩く速度を上げ、距離を広げていく。


「総隊長から頼まれている樹内データは取れているんだろうな!?」


 そして、瀧の耳に届く彩楓の声は段々と、小さくなっていき。


「…………」


 再び静寂のみが瀧を包み込む。


* * *


タキ視点


 嫌なものを思い出させるな。


 ――ッグ! カハッ! ゲホッ!!


 病弱な身体を強いてまで、何かの為だの誰かの為だのと。


 ――なんて言ったと聞いてるのよ!!


 いい加減に、何度も俺の前に現れるな。




 ――お姉ちゃんね、夢があるの


 誰かの為に自分を犠牲にしようなど。


 ――右京さんっ! お姉さんがっ!!


 どんなに努力し、願いを叶えようとしても。


 ――どうしてっ!? どうしてその手を止めたのですかっ!!


 意味のないことを。




「……また、迷ったか」


ここまで読んでくださりありがとうございます。

面白いっ!と少しでも思って頂けたら幸いです。


よければ、ブクマや評価などもあればとても嬉しいです。

引き続き、宜しくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
[一言] 瀧さんのエピソード、すごくいいですね。 スピンオフのようなまとまった形でも読みたくなります。 引き続き拝読します。
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