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32.孤児院

今回は、少し短めです


-エレマ隊本部基地 司令室-


「総隊長」


「……入れ」


 日付は変わり、早朝。

 まだ人の出入りが少ない時間にも関わらず、井後の部屋にはドアを二度ノックする音が響き渡る。


「失礼します」


 井後の返事を聞き、部屋に入ってきたのは荒川。綺麗に整頓された資料を左腕に抱えながら右手でドアノブを握り、大きな物音を立てないようゆっくりとドアを開け閉めする。


「報告します。右京隊員、岩上隊員、左雲隊員の三名、本日も無事にフィヨーツ国への転送が完了いたしました」

「了解。引き続き、彩楓には彼らのことを頼むと伝えておいてくれ」

「承知致しました」


 荒川からの報告に、淡々と返事をする井後。ソファに座り、白いマグカップに入った煎りたてのコーヒーを慎重に口元へと運びながら、新聞の記事を読み漁っていく。


「……総隊長、それは?」


 荒川が気になったのはその新聞。

 井後が手に取る新聞は全体的に茶色にくすみ、端々は千切れていたりと明らかに年季が入ったもので、一目見ても最近の新聞ではないと判断ができるものだった。


「ん? あぁ、これか」


 荒川からの質問に、井後は見ていた記事の面が表になるよう、読んでいた新聞を真ん中から山折りにし荒川に渡す。


「見てみろ」

「これは……」


【孤児院大量虐殺。犯行は孤児院にいた一人の少年によるものか】


 井後が荒川に差し出した記事。

 そこには、一面アタマに書かれたゴシック体文字の見出しに、古びた孤児院の外観が写った一枚の写真が載っていた。


「それと、もう一つ」


 渡された記事を眉間に皺を寄せながら目を通す部下に、井後は自身のデスクの上に置かれた一枚の紙を手に取っては続けて渡す。


「……っ! 総隊長、何故いま、これを?」


 次に荒川が渡されたものは、ある人物の指名手配書。

 重要指名手配と書かれた手配書に写されていた人物は、両頬が瘦せこけ、顔の右半分にかけてはアルファベットのAを逆さにしたマークの入れ墨が大きく彫られた特徴的な顔をしていた。


「もう、八年前にもなる話だ」


 井後はおもむろにソファから立ち上がると、外の様子を見ようと窓際まで歩く。


「ある日、とある孤児院でとても悲しい事件があった。それは、施設の大人数人と、多くの子ども達が何者かによって惨殺された事件だ」


 外には暗雲が広がっており、井後が外を見た時にはちらほらと、上空から雨が降り始めていた。


「その事件については私も覚えています。かなりショッキングな事件で……印象にも強く」

「その事件について、一人だけ。奇跡的に生き残った男の子がいた。酷く散乱した死体の中で、気を失って倒れていたそうだ。重症を負ってはいたが、駆け付けた救急隊員によって一命を取り留めたらしい」


 窓に打ち付ける雨の音が、徐々に大きくなる。


「犯人の特定については当初、犯行に使われた凶器や証拠物は見つからず難航していたのだが」


 それは次第に、急速に強く、激しく打ちつけるほどのものに。


「ある時、事件は急展開を迎えた。捜査中、建物の中から凶器と思われる刃物が見つかった。それには大量の血痕がこびりつき、鑑識に回したところ、その血痕からは被害者たちのDNA情報が出てきた。そしてもう一つ、その凶器にはある人物の指紋が付着していた」

「それがこの、少年の……」

「あぁ、そうだ」


 暫しの静寂。

 外は大荒れの天候となる中、ひとしきり続いた井後の話を聞いた荒川は、何故井後がこの話をし出したのかは分からず、ただじっと、外を眺める井後の横顔を黙って見つめていた。


「すまない。資料を探そうと棚を漁っていたら偶々これを見つけてしまってね。仕事の邪魔をした」


 部下を困惑させてしまったと思った井後は、すぐに窓際から離れると申し訳なさそうな顔を浮かべながら荒川のほうを向く。


「い、いえ。こちら、御返し致します」

「ありがとう」


 荒川は先ほど受け取った古新聞と手配書をテーブルの上に置き、再び姿勢を正す。


「総隊長、もう一つご報告が」

「ん? なんだ?」

「天下隊員について、医師から面会の許可が下りました」

「そうか、御苦労。後ほど伺う」

「宜しくお願い致します」


 そして、荒川は井後に向かって一礼すると、ドアを開けさっと部屋から出ていった。


「…………」


 再び一人きりとなった井後。


「護、お前と出会ってから今日で三年か……」


 テーブルの上に置かれた古新聞を手配書を見ては険しい顔を浮かべ、過去を回顧する。


 ――おいガキ。こんなところで喧嘩か?


「出会った瞬間、いきなり取っ組み合いから始まった関係だったな」


 ――お前、行くとこ無いんだったら、俺のところで働かないか? ちょっと人手が足りなくてな


「あれから色んなことがあったが……どうだ。ここは、お前が少しでも安心できる居場所になれているか?」


 ――護、俺はな。本当はお前は良い奴なんじゃないかって思っている


「過去、目の前で大事な人たちを奪われたお前は、今もどこかで苦しい思いを続けているのだろう」


 ――護、あまり復讐心に囚われるなよ


「残念だが、あの事件の真犯人はまだ捕まってない」


 ――自分の幸せを願うんだ


「俺がお雨にしてやれることは、あまり多くはないが……。それでも、出来る限りのことはし尽くそう」


 ――護


「だからな、護。今のお前には誰かを守れる力がある。その力で多くの人を、助けてやってくれ」


 ――信じてるぞ

ここまで読んでくださりありがとうございます。

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