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25.贄


「さて、話をしようぞ。マルカ」

「はっ」


 朱の漆に染められた玉座から立ち上がるリフィータ王女。

 マルカを呼びつけ、アリーより預かったレム王からの書状を渡すよう要求する。


「数日前のことだ。我がフィヨーツに祀る生命の樹に、転生の兆しが現れた。我々は転生に備え、すぐさま儀式の準備に取り掛かっていたのだが……。そこに転生の機を狙っていたかのように、突如として国境周辺にて魔族の姿が確認された」


 書状を広げたリフィータ王女が、ゆっくりと紺の絨毯の上を歩く。


「魔族の襲来を防ぐ為、我らはすぐに厳戒態勢を取ったわけだが。そこで、そなたらレグノ王国側は、同盟国である我が国へ向け援軍を送り込む代わり、生命の樹の転生の際に発現するマナの実の譲渡、もしくは一部分の貸与を要求するときた」

「左様でございます」


 リフィータ王女からの確認に対し、素早く回答するアリー。


「援軍につきましては数日後、ここにいる我々以外にも幾人か御国へ到着する予定となりまして。そこには、先日レグノ王国軍と魔族軍との戦いにて、魔族側の将軍を打ち破った”白金の英雄”も」


 なるべく交渉を円滑に進めるためにと、魔族シュクルを倒した空宙の存在も話に交えながら、レグノ王国側が出せるものを次々と出していく。


「白金の英雄、のぉ」


 だが、リフィータ王女の反応は初めから変わらず薄いまま、空宙のことについてもそれ以上に触れることはなく、目を細めては書状を読み進めていく。


「エレマ体……。マナとこの世の物ではない物質を組み合わせ生まれた、面妖なもの。レム王よ、禁術を使ってまで異世界の者と手を組み続けるか」


 最後まで読み切った書状を静かに筒状に丸めるリフィータ王女が、再び彩楓のほうを一瞥すると、嫌味たらしく言葉を続ける。


「ようは、今後も魔族へ対抗する為、マナの実を利用し更なる力を得ようということ」


 リフィータ王女の口から放たれる言葉一つ一つに、場の空気が張り詰めていく。


 そして。


「…………結論から言おう。そなたらの要求、断る」

「「「っ!」」」


 目を閉じては暫く沈黙していたリフィータ王女が、レグノ王国側の提案を破棄した。


「し、しかしっ! 敵の魔族の力は強大ですぞっ! 敵将に関しては白金の英雄が現れなければ今頃、我々レグノ王国は滅亡してかもしれないほどのもので!」


 リフィータ王女からの反応に、酷く取り乱すアリー。


「アリー殿の仰る通りです。敵は我々の想像を遥かに超える力でねじ伏せてくると、実際に敵将と対峙した私からも申し上げます」


 先の戦にて魔族シュクルに手も足も出なかったローミッドも、アリーの主張を擁護しようと自身の体験を踏まえながらリフィータ王女へ向け話すも。


「大変申し上げにくい事ではありますが、現時点ではフィヨーツ国軍のみでは魔族に太刀打ちしようと試みるのは至極難しい話で」

「援軍に関しては、ありがたい話じゃ。だが、代々受け継ぎこの国の発展、存続を根幹から支えてくださったマナの実を、易々と他国の者の手に渡すなど、できる訳がなかろう」


 しかし、アリー達の説得を厳しい口調で遮るリフィータ王女は、険しい表情で一同を見下ろす。


「ですが」

「この件に関しては、なかったことに。生命の樹の転生と魔族襲来の件に関しましては、我々エルフ族のみで対処いたします。ここまでの長旅、御苦労様でした。どうぞ、速やかな御退出を」


 リフィータ王女が次に話すことはもうなく。

 代わりにマルカがその場を取り仕切ると、侍女たちに謁見の間の出入り口を開かせ、アリー達を外へと誘導しようとする。


「そんなっ、もう少しだけでも話を!」


 これまでとは打って変わり、あまりにも唐突な対応の変化に戸惑う一同。


「皆様っ! どうかお話を!!」


 抗議の声を上げたところで聴く耳を持つ者はどこにもなく、リフィータ王女の従者達がアリー達を謁見の間から追い出そうと囲い込む。


「アリー殿、このままでは……」


 交渉の土俵にすら上がれず。


 一同はたじろぎ、目の前に迫り来るエルフに達に対し何も出来ず、ただただ茫然と立ち尽くしていた。


 ただ一人の女を除いては。


「……ふざけるなよ」

「っ!? ザフィロさん!?」


 慣れない長旅によるストレス、入国してからここまでの徒歩での移動による疲労。


「貴様ら、誰に向かってそんな態度を取っている……」


 そして、今目の前で味合わされた屈辱。

 とうとうザフィロの堪忍袋の緒が切れたのだ。


「っ! いかん! やめろザフィロっ!!」


 その様子を見たアリー。すかさず己が娘の行為を止めようとするが。


「うるさいっ!! こいつら、よくもワシをコケにしよって……っ!」


 父の忠告を聞かず、怒鳴り声を上げながら急速に自身の身体中にマナを集約させるザフィロ。


「駄目だっ! 敵意を向ければそれこそ国家間に亀裂が」

「魔技……」


 時すでに遅く、足元には魔法陣が描かれ、再び玉座に座り見下すリフィータ王女をザフィロは睨みつけ、技を唱えようとした。


 その時だった。


「遅い。 ” לַחֲזוֹר(ラハゾ) ” -還せ-」

「っ!?」


 リフィータ王女が詠唱を行った瞬間、ザフィロの足元に描かれていた魔法陣は消え去り、ザフィロの身体中を纏っていたマナも消失する。


「な、なんだ、いまのは……。貴様、何をしたっ!!」


 術を発動することができず、両手を見つめながら困惑するザフィロ。


「ふっ。何百年もマナと共に深く密接に過ごしてきたわらわだぞ? 生物の体内に流れるマナの流れを断つことぐらい造作も無いわ」


 対し、喚く人間の娘に表情一つ崩さず冷ややかな目線を送るリフィータ王女。


「弁えろ。小娘が」


 ザフィロの醜態を見ては余裕の表情を浮かべ、微かに口元をゆがめて嘲笑う。


「マナの流れを断つ、だと……?」


 リフィータ王女が放った言葉に理解が追いつかないザフィロ。

 その時。


「っ!? 何をする!!」

「リ、リフィータ王女! この度は私の娘がとんだ無礼を!」


 たまらず地面に両膝をつき土下座をするアリー。その勢いのまま、自身の娘の後頭部を掴んではそのまま地面に頭を付けさせる。


「は、離せバカ親じ」

「うるさいっ! お前というやつは!!」


 娘が犯した行動に怒りを露わにするアリーだが、同時にフィヨーツへの謀反とも捉えられる大失態に背筋を凍らせ、冷や汗をかき全身を小刻みに震わせながら、床を一点に見つめ続ける。


「リフィータ王女、マルカ殿。そしてエルフの皆様方。どうか我が娘がしたこと、お許し願えないものか……っ! 処罰なら、私が負いますゆえ!」

「っ! アリー殿!」


 必死に許しを請うアリーに慌てて近づくローミッドが、アリーの顔を見てはすぐにリフィータ王女とマルカの顔を交互に見る。


「……ふむ」


 しかし、リフィータ王女は怒ることも、嘆くこともせず。


「ところで、シェーメ・オーロよ」


 すると、緊迫した事態の中、次にリフィータ王女が話し掛けた相手はアリーやザフィロではなく。


「えっ、あ、はいっ!」


 まさか自分が声を掛けられるとは思ってもいなかったオーロが、慌てて返事をする。


「以前に妾から話した内容、覚えておるか?」

「え? えっと……」


 ――そなた、我が軍門に下らないか?


 それは、以前にレグノ王国領の各地にてエレマ隊に化けたエセク達が大量に現れた戦の際に、リフィータ王女と話したこと。


「どうだ? あの頃から少しは気は変わったか?」

「い、いえ……変わりません。私はレグノ王国軍召喚士部隊部隊長、シェーメ・オーロのままです」

「ふむ、そうか……」


 オーロの中の気持ちはあの頃から微塵も揺らぐことはなく、淡々と、リフィータ王女の眼をまっすぐ見て答える。

 

「まぁ、よかろう」


 それを見るや、どこか残念そうな表情を浮かべるリフィータ王女。


「先ほど断るとは言ったが、そなたらの要求、聞いてはやらんことでもない」

「っ! そ、それはどういう」

「マナの実を譲ってもよいということだ」

「「「っ!?」」」


 だが。


「その代わり」


 その表情はすぐに。


「シェーメ・オーロを次なる生命の樹の契約者として仕立て、その命尽きるまで、我がフィヨーツ軍の軍門に下り、生命の樹の守護者としての(にえ)となることを条件とする」


 勝ち誇ったと言わんばかりの笑みへと変わるのだった。


ここまで読んでくださりありがとうございます。

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