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14.幸せと、哀しみと


 明け方。


「支度の忘れなどはないか?」


 地平線から太陽の弧線が出始めた頃合い。

 ほんの僅かに空が白み、所々には紫がかった雲が泳ぐ下、集う面々にローミッドが声を掛けていく。


 場所は王都裏門前にて。

 エルフ国フィヨーツへの出発に向け、馬車に荷物を載せていく先発隊の四人。


 そこに見送りへと来るは、ユスティ、ペーラ、空宙の三人。


「隊長……」


 未だに自身が後発隊であることに対して納得がいってなかったペーラが、すかさずローミッドの下へと向かう。


「ペーラ、二日間だけだ。隊のこと、頼んだぞ」


 心配そうな声で自身のことを呼び掛けるペーラに、ローミッドは彼女の肩に手を置き、心を撫でるような穏和な声で率いる部隊のことを任せる。


「ユスティ殿」

「えぇ、お願いいたします」


 そして続けざま、ユスティの方へと向き、旅立ちの挨拶を交わす。


「オーロさん、気をつけて」

「ありがとうございます、ソラさん」


 荷積みが終わった所を見計らい、空宙もオーロの下へと駆け寄り、見送りの言葉を届ける。


「シェーメ殿、どうかリフィータ様に宜しくお伝えください」

「あー、はは……。がんばり、ます……」


 ユスティの言葉に苦笑いを浮かべるオーロ。


 すると。


「ところで……あとの御二方は「すみませんっ!」」


 ユスティが辺りを見渡したと同時。


「遅れて申し訳ありませんっ!」


 専用エレマ体を着た彩楓が、酷く慌てた様子で王都の方から裏門前へと駆け込んでくる。


「よかった、無事にお越しになられましたね」


 彩楓は息を切らしながら、馬車の前まで到着すると皆に向かって遅れたことを陳謝する。


「ふんっ、酷い有様め。こうだから貴様は「やかましいっ!」痛いっ!」


 先に馬車に乗り込んでたザフィロが彩楓を野次ろうとした瞬間、傍に立っていたアリーがザフィロの頭に拳骨を打つ。


「お前こそ、俺が研究所まで起こしにいかなかったら危うく寝過ごすとこだったんだぞ」

「~~~~っ!」


 ザフィロは両手で頭を押さえ、声にならない悲鳴を上げながら涙目で自身の父親を睨みつける。


「(彩楓さんが遅れてくるなんて珍しいな……)」


 そんな様子を遠くから見ていた空宙。

 何かあったのかと、思案顔になっていると。


「あーはははは……。ん? ……空宙、天下のやつは?」


 辺りに烈志の姿が全く見えないことを彩楓に問いかけられる。


「え? 烈志さんは最初から見てませんが……?」

「なんだって?」


 空宙の返答に彩楓の表情が曇る。


「私が基地からここに転送される前には既に天下は転送を済ませていたはずだが……?」


 不思議に思った彩楓は、一度本部に確認を取ろうとパネルを開いた。


 その時。


「俺ならここだよ」

「「っ!」」


 裏門右側から少し離れた茂みの奥。

 そこから唐突に現れるは烈志。


「お、お前……」


 専用エレマ体を着た烈志は片手に剣を持ちながらゆっくりと茂みを抜け出すが、その姿。


「その血はいったい……」


 薄赤く光るエレマ体に付着した大量の返り血。烈志のエレマ体はより濃い真っ赤なものへと染まり切っていた。


 全員がその姿に唖然とする中。


「……待たせたな」


 黙ってローミッドの下へと近づき、不敵な笑みを浮かべる烈志。


「…………」


 同盟の兵とはいえ、目の前の狂気じみた姿をした男に警戒心を向けるローミッド。

 

 先発隊が揃った今、不穏な旅路が始まる。


* * *


 ローミッド達が王都を出発してから数時間後。



「……面倒なものだ」


 場所は王都内。


 後発隊が出発するまでの二日間、街の見回りを担当することになった瀧。

 任務中、憂鬱な顔を浮かべながら雑踏の中を気だるそうに歩いていると。


「……ん?」


 その目の前。

 道の真ん中で酷く狼狽え、誰かを探している様子の修道女を見かける。


 修道女の背後には、先日瀧が夜中に忍び込んだ大聖堂が。


「…………」


 瀧は関わることにならないよう見てないふりをして、足早にその場から去ろうとした。

 

 だが。


「あ、あのっ!」

「…………」


 思惑通りとはならず。

 前を通り過ぎようとした所で修道女に左腕を掴まれる。


「……何か?」


 瀧は眉の皺を深くしながら振り返り、修道女を見ると。


「あ、あの……楽器は弾けます、か?」

「……は?」

 

 全く予想だにしないことを尋ねられる。


「いや、俺は……弾けない」


 思わず素っ頓狂な声を上げた瀧だが、すぐに調子を戻し、修道女からの問いに答える。


「そう、ですか……」


 瀧の返答を聞いた修道女。

 口から力の無い声を零し俯くと、瀧の腕を(すが)るように掴んでいた両手を離す。


「……もういいですか?」


 何も言わなくなった修道女に、瀧は突っぱねるような口調でこの場を去ってもいいかと訊く。


「は……い。引き止めてしまい、申し訳ありません」


 修道女は静かに首を縦に振ると、目を合わすことなく瀧へ謝る。


「……はぁ。失礼します」


 そして、大きくため息を吐いた瀧は修道女に背を向け、再び街中を歩き始めようとした。


 その時。


「…………うっ……うぅ……」


 徐に泣き出す修道女。

 人目に触れないよう、ローブの裾で顔を隠し、洩れそうな嗚咽が聞かれないよう必死に口を閉じようとする。


 瀧の足が、止まる。


「どう……しよう……。せっかく、侵攻が止まってから……祈りを捧げようって、久しぶりに街の人達が集まれたのに……」


 彼女は落ち着こうと深呼吸をするように息を吸うが、余計に内側に溜まった感情が押し出され、涙が溢れていく。


「奏者が……病で倒れて……それで中止だなんて……。みんな、楽しみにしてたのに…………」


 とうとう膝から崩れ落ち、うめき声を漏らしながら泣きじゃくる。


「…………」


 黙って修道女の話を聞く瀧。

 彼女の啜り声を耳にしながら思い返すは。


 ――弾かれるの……ですか?


 昨晩に聴かされたメルクーリオの言葉と。


 ――また、私が元気になった時に聴きたいな。


 遠く遠くに聴いた、懐かしい声。


「……うぅ…………「おい」……え?」


 突然声を掛けられる修道女。

 見上げた先には瀧の姿。


 そして。


「今すぐ案内しろ」


* * *


メルクーリオ視点



「メル様、そんなに慌てなくても」

「いいじゃ……ないです……か。久し……ぶりの……大聖堂での……集会……ですから」


 今日は待ちに待った祈りの日。

 街の人達が大聖堂に集まって、奏でる音とともに神様に御祈りを捧げる日。


 午前中の診療活動を終えた私は、侍女のレフィと一緒に大聖堂へと向かっていました。


 魔族の侵攻が深刻化して以来、ずっと出来なかった催し物。

 私は心を躍らせ、駆け足気味に街の中を進んでいく。


 レフィが心配そうに後ろから声を掛けてくるけど。ごめんなさい、今は許して。

 

 あぁ、楽しみです。

 また、街の皆さんと一緒に、昔のように歌が歌えると思うと


「あ……れ?」


 私は思わず立ち止まってしまった。


「この……音、は?」


 商人さんの声や、親子の声。兵士さん達の声で騒めく街中を通り抜ける音。

 それは、今まで聴いたことのない、とても暖かな、安らぎを与えるような音。


 素敵な音色が風に乗り、王都中を包み込んでいく。


 泣いていた赤子は安心したように母親の腕の中で眠り、口論をしていた男性方は口を閉じ、徐に空を見上げ始める。


「あっ! メル様!?」


 気付けば私は走っていた。

 

「はぁ……はぁ」


 誰?


「……? っ!? メルクーリオ様!?」


 この音を奏でている方は、誰ですか?


「すみ……ません……通して……いただけます、か……?」


 大聖堂に集まる人々の隙間を抜け、前に進む。


 建物中が金色の輝きに満たされている。

 集まっている人々は皆、幸せそうな顔をして祈りを捧げている。


 知らない曲。

 聴いたこともない曲。


 弾いている方のお姿はまだ見えない。

 でも、どうしてか。心当たりはありました。


 そして、最前列。


「あぁ……やっぱり」


 瀧さん。


「貴方……だったん……ですね」


 祭壇前に置かれた古びた茶色のピアノ。

 ステンドグラスから注がれる光を浴びたその姿は、瀧さんに弾かれることをとても嬉しがっているようにも見え、活き活きとしていた。



 心が奪われる。



 溢れる幸福感。

 修道女の皆さんも、集まる街の人々も。

 建物も、外で囀る小鳥さんたちも。


 みんな、みんな。

 幸せそう。


 なのに。


「瀧さ……ん」


 貴方は。


「どう……して?」



 貴方だけは。




 

 そんなに哀しそうな顔をしているの。


ここまで読んでくださりありがとうございます

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