13.邂逅
懐かしい気配が近づいてくる。
私の声を、聴いてくれる者が。
いまの私は何もすることができない。
ただじっと。 見る事しかできない。
お願い。
早く、ここまで来て。
* * *
「ペーラぁっ!!」
「……っな」
少年が持つ短剣がペーラの首元に迫る。だが、ペーラは目を見開き驚くだけで、その場から一歩も動けずにいた。
その時。
「っ!?」
突如、ガクンッとペーラの身体がくの字に前傾し、勢いよく後ろへ引っ張られる。
ペーラの背中にはローミッドの手が。
後退させられるペーラと入れ替わるようにローミッドが少年の前に接近する。
「ふんっ!」
入れ替わりざま、ローミッドは振り下ろされた短剣を自前の長剣で受け止める。 しかし。
「っ! なんと……重い……っ!」
少年の華奢な見た目からは想像も出来ない馬鹿力が、ドンッとローミッドを襲う。
あまりの衝撃に、長剣と短剣が交わる刃の接触面からは火花が激しく飛び散り、ローミッドの片膝は自力では耐えきれず地面に着く。
ローミッドの足下では地面に小さな窪みができる。
「ぐぅぅぅぁぁあああっ!」
このままでは押し潰されると思ったローミッドは歯を食いしばり、渾身の力で短剣を少年ごと押し返す。
押し返された少年は、両腕を頭上に掲げる形で仰け反り、宙に浮く。
すぐさまその隙を狙おうと、ローミッドは少年の懐に潜ろうと試みるが、先程の一撃に両足が痺れ、すぐに身体を動かすことが出来なかった。
「くそっ…………!」
「吹っ飛べやおらぁ!」
「っ!」
蹲るローミッドを見ていたルーナが横から走り、宙に浮く少年の腹めがけて右脚を蹴り込む。
少年は更に後方へと吹き飛ばされ、頭から地面へと落下し、転がると俯せに倒れた。
「すまないっ!」
ようやくローミッドが立ち上れる状態となる。
「あんたがそこまでになるほどのパワーがあの野郎にあるとは思えねぇが」
「奴の見た目に惑わされるな、攻撃の速度、威力、全てが常軌を逸している……」
ローミッドとルーナの両者は地面に倒れ伏す少年を射るような視線で見る。
「ペーラっ! 無事か!」
この間にと、ローミッドは先ほど自身が後方へと引っ張り飛ばしたペーラの安否を確認する。
「すみません、隊長……。私は無事です……ですが」
「ペーラさん、今はじっとしていてください。リヴァイア、ここは任せてもいい?」
「えぇ、分かったわ」
間一髪、ローミッドのお陰により少年の攻撃を躱せたペーラだったが、着地の際に受け身を取ることにしくじった為、片足を挫いていた。
「少し待っててね」
リヴァイアがすぐさま浄化の力で応急処置に掛かる。
「まずいな……。今動けるのは三人か……」
その様子を横目で見ていたローミッドの眉間には皺が寄せられ、表情は険しくなる。
「おい、ローミッド!」
「っ!」
その時、少年が再びゆっくりと起き上がる。
「くそっ、ちっとも効いてる様子がねぇっ!」
ルーナの顔にも焦りの色が見え始める。 その時。
「 ”Flame Wall” !―火炎よ、その道を塞げ―」
オーロの声と共に、紅蓮の炎がローミッドとルーナ、二人と少年の間を隔てる。
「皆さんっ! 今のうちに後退してください! 一度態勢を整えましょう!」
オーロは額に汗を浮かべながら二人を呼びかける。
「分かった! 援護感謝するっ!」
ローミッドとルーナはすぐにその場から離れ、ペーラとオーロがいる所まで急いで戻る。
「隊長……すみません」
「仕方ない。命あってのこと。こちらこそ、手荒な方法で申し訳ない」
ペーラは挫いた足首の痛みに顔を顰める。
隣ではリヴァイアが引き続き治療を進めるが、召喚者であるオーロがフェニクスを含め同時に二体を使役している為、完治までに時間が掛かっていた。
「おいっ、オーロ。いつものマナ作る能力でなんとかならねぇのか」
緊迫した事態に、ルーナが急かすようにオーロに尋ねる。
「すみません……。私の力は二体同時では出来ず、今はフェニクスにしか……」
オーロはフェニクスに向けて両腕を伸ばし、掌から生成したマナを全て供給しながら申し訳なく答える。
「私がこうして時間を稼ぎますので、その間に「(お嬢、まずいぞ)」 っ!」
突然、フェニクスの声がオーロの言葉を遮る。
嫌な予感がしたオーロが炎の先を見ると。
「っ!! ウソでしょ!?」
紅蓮の壁を諸戸もせず、少年がゆっくりと姿を現した。
「おいおいおいおい、あれも効かねぇってのかよ!」
フェニクスが少年の進路を妨害しようと、何度も何度も上下左右その身体にまとわりつき、オーロのマナを受け取っては少年を溶かそうと試みるも、少年の歩みは止めきれず。
所々皮膚の表面には黒い煤が浮かび上がっていたが、高温の熱を浴びても少年は表情を一切変えずに、フラフラと歩き続ける。
「……まさか」
すると、少年の様子から何かに気付いたローミッドが、近くに落ちていた石を拾い、少年に向かって投げた。
投げられた石は少年の顔面に当たるが、少年は気にも留めず。
コツンと石が地面に落下する音だけが洞窟内に響き渡る。
「この少年……初めから意識がない」
「はっ!? んなわけ!」
あり得るわけがない、と。
ローミッドの言葉に三人が絶句する。
「それじゃ、今までどうやって……」
「分からない。ただ、奴は……」
ローミッドは少年を睨む。
「…………あぁ……やつらが…………なぁ……」
数十メートルはあった四人と少年との距離は、気付けば僅か五メートルまで縮まっていた。
「蹴りを入れてもダメ、首を切ってもダメ、焼き尽くしてもダメ……。さっきの魔物よりこいつのほうがよっぽど化け物じゃねぇか」
「ならば」
ローミッドが長剣を少年に向ける。
「身体全てを切り落としてでも、止めるしかない」
洞窟内の空気の流れがローミッドに集まる。
「剣技……。 っ!」
技を繰り出そうと構えた瞬間だった。
ローミッドの目の前から少年が姿を消す。
「しまっ!」
ローミッドが思わず後ろを振り返ると、その先には少年の後ろ姿が。
「任せろっ! おら、かかってこいや化け物がぁ!」
しかし、少年の動きを読んでいたルーナが、少年の前に立ち塞がる。
「やっぱりこいつ、直線的な動きしかできねぇ!」
ルーナは黄淡蘗の楯を構える。
「ローミッド! このまま挟撃するぞっ!」
「承知した!!」
少年が勢いよくルーナの楯へと突っ込む。
その動きに合わせ、ルーナも楯を少し前へと突き出す。
少年の鼻先が黄淡蘗の楯に触れようとした。
刹那。
「なっ!?」
少年はその場で急停止し、ヒラリと楯を飛び越え前方に宙返りし、ルーナごと躱す。
予想外の動きにルーナは自身の頭上を越えていく少年の動きを見ることしか出来ず、その場に立ち尽くす。
そして。
「まずいっ!」
ルーナを躱した少年は、そのまま真っすぐにペーラの元へと向かう。
少年に狙われるペーラは未だリヴァイアによる治療が終わらず、身動きが取れないでいた。
「フェニクスっ! 彼を止めて!」
ペーラの元へは行かせまいと、オーロがフェニクスを少年の身体に纏わせる。
だが、少年は動きを止める様子もなく、構わず炎の中を突き進んでいく。
「なんで、なんで止まらないの!?」
オーロは酷く焦る。
とうとう少年がペーラの目の前まで迫る。
少年が持つ短剣がペーラに向けられる。
ペーラの目が大きく見開く。
「させませんっ!!」
少年とペーラの間にオーロが両腕を広げ、立ち塞がる。
(お嬢っ!)
「オーロちゃんっ!?」
フェニクスとリヴァイアが同時に叫ぶ。
ローミッドとルーナがオーロの元へ向かおうと急ぐが、間に合うはずがなく。
「オーロさんっ!!」
オーロの後ろからはペーラの呼ぶ声が。
短剣がオーロの胸へと迫る。
その命を奪おうと、容赦なく。
「みんな……。ごめんね」
フッと、オーロが優しく微笑む。
剣先がオーロの首飾りに触れた。
その時だった。
-やっと、会えた。
「っ!!」
首飾りから橙色の光が溢れ出した。
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