2.終わりと始まり
掛間空宙視点
-2113年 日本国東京 エレマ隊基地本部内-
「基地内隊員へお伝えします。間もなく、14:25発アレット行き、転送装置が作動致します。まだ、転送フロアにお越しでない隊員は急ぎ転送フロアまで……」
アナウンスの声が基地内を駆け巡り、フロアは次第に慌ただしくなる。
未知の世界への期待で胸を躍らせる者、不安を抱える者、緊張する者、誰よりも戦果を上げようと息巻く者。
皆一人ひとりが思い思いに様々な感情を抱く。
異世界【アレット】
13年前。
突如としてワームホールの出現と共に現れた異世界人により、日本の国内事情は急変した。
新たな世界。
新たなエネルギー物質。
新たな可能性。
アニメやゲーム、漫画でしかなかったファンタジーの世界への扉が、いま目の前に、現実世界に現れたのだ。信じろと言われても誰もが難しきことだった。
俺もその一人だった。
ついこの間まで、どこにでもいるただの大学生。
朝は電車に乗り、昼間は講堂で学業に励み、課業後はアルバイトで学費と生活費を。
家に帰れば晩御飯の支度をし、その後は寝るまで課題をこなす事を繰り返した日々。
そんな俺は今、目の前に佇む異世界への入り口を見つめていた。
直径10m以上はある巨大な円状。ブラックホールのように聳え、所々には紫色の玉の光や、帯状の白光が渦状に回りながらワームホールの中心に引っ張られているのが見える。
ずっと見ていたらこちらまで引きずり込まれそうな錯覚を覚えてしまうほどの、不思議な光景。
この先に異世界が。
「おい、さっきからずっと同じとこしか見てねぇがお前まで他の奴らみたいに怖気づいたのか?」
じっとワームホールを見つめていると突然、白髪ウルフカットの男が俺に声を掛けてくる。
「っ! 護か……いや、こうして間近でワームホールを見るのは初めてだから気になってね」
俺は護の声にハッとし、慌てて返事をする。
「……そんなことか。別に取って食われるような事はねぇっていうのに、どいつもこいつも浮足立ちやがって。あと、俺の事は岩上と呼べって何度言えばわかる、次呼んだら向こうの奴らより真っ先にお前を殺すぞ」
護は下の名前を言われ機嫌を悪くしたのか、怒気を孕んだ声で俺を罵る。
「はは……そうだったな。すまない……」
岩上 護
年は俺と同じくらいで、身長は176cmとやや高め。白髪ウルフカットに鋭い目つきが特徴だ。
出生は不明だが、軍の総隊長に直接スカウトされて入隊した経歴を持つ。
常に警戒心が強く、基本的に他人の言う事は一切聞かない。唯一総隊長だけの指示だけは聞くというのだが……
「ふっ、軍は本気でこの男をスカウトして入隊させたというのか? 今更だがこんな協調性もない奴と部隊を組ませるとは上層部もどうかしている」
すると、護の隣で同じく転送を待つ男がため息交じりに愚痴をこぼし始めた。
「あぁ? んだとこら、もう一回言ってみろ」
護が男に詰め寄る。
右京 瀧
リムレスタイプのメガネを掛けた青年。身長は180cmほどで、薄い青色をした髪が特徴である。
幼少期からピアニストとして育てられ、ジュニア期から様々な大会にて優勝。ついには世界的に有名なコンテストにてグランプリを獲るほどまでに。彼の事はテレビでも見たことがあったが、ある日突然引退を発表。以降表舞台には姿を見せてこなかったが、軍のスカウトを受け入隊したらしい。
「止めないか二人とも」
続けざま、長髪長身の女が小競り合いをする二人の間に割って入る。
「他の隊員も見てる手前だぞ、もう少し我々の立場を考えて立ち振る舞わないか」
転送を待機する他の隊員たちがこちらの様子をチラチラ見始めたのが気になったのだろうか、彼女は統べるような声でその場を諫めようとする。
左雲 彩楓
戦闘体エレマ開発の最大出資財閥「左雲家」の長女であり、幼い頃からの英才教育と、高い身体能力を買われ、自らもエレマ隊への出向を命ぜられた超エリート。自身の生まれを誇りに持ち、長年日本の経済基盤を支え続けてきた父を常日頃として尊敬しているとのこと。
「まあまあ、俺ら立場上何やらかしても本部から目瞑ってもらえるし、特段気にする必要ないっしょ、それよりさぁ……。左雲ちゃん、異世界着いたら俺とデートでもどうよ?」
彩楓さんが二人の元へ向かおうとすると、茶髪に顔の整った男が彼女の左肩に腕を乗せヘラヘラと笑いながら話し掛ける。
「またその話か。何度言ったらわかる。お前のような男は我が左雲家には微塵も相応しくないと。せめて冗談はその目障りな髪を全て剃り、紳士たる所作を全てこなせるようになってからにしろ」
彩楓さんは自身の肩に置かれた腕を振り払いながら、話しかけてきた男を蔑むような目で見る。
天下 烈志
実家が剣道を営む道場であり、入隊前は雑誌モデルをやっていたそうで、ある日エレマ隊の入隊勧誘広告モデルとしてスカウトされ、そのまま入隊。
女遊びがとにかく好きで、基地内でも女性隊員を見かければナンパし、夜な夜な娯楽施設を行ったり来たりしているそうだが、父親が道場の師範代で幼少期から鍛錬をしていただけはあり、剣術の実力は本物だ。
「は~っ! やっぱ左雲ちゃんは手厳しいですな~。……そんなんだからいつまでも男出来ないんじゃね?」
「なんだと?」
彩楓さんも烈志の言葉で一気に険悪な表情になる。
「おい、お前らっ……」
(まずい、このままだと余計に周りの隊員たちを困らせてしまう)
俺は場を落ち着かせようと4人の元へ足を向けた。
その時。
「「「「「っ!」」」」」
突如としてその場一帯が白く輝き始める。
「転送準備が整いました。これより、異世界アレットへの転送を行います。技術スタッフの皆さんは危ないですので、フロアから避難してください……。それでは、エレマ部隊員の皆様へ。ご武運を。転送、開始-」
俺達は一斉に転送装置に目を向けると、アナウンスの合図とともに転送装置が作動する。
瞬間、辺り一面が真っ白に染まりだす。
俺は眩しくて思わず目を瞑った。
「…………っ!」
恐る恐る目を開くと、そこはすでにワームホールの中だった。
帯状の光と疎らに光る紫色の玉。
それ以外は一切何も見えない、ただただ虚無だけが広がる無重力の空間。
不思議な感覚だ。
身体がワームホールの中心に向かって徐々に加速していくのが分かる。
そうか、いよいよだ。この先に異世界が。
まだ見たことのない世界が広がっているんだ。
夏奈。とうとうだ、とうとう俺
"見つけた"
「っ!!!」
突如、悍ましく反響する声が耳元で発せられる。
俺は驚き、急いで声の出所を探した。
途端。
「-アラート。アラート。転送中に原因不明のエラーが発生。軌道修正中……修正不可。バックアップに切り替えます……接続不可、接続……不…………」
転送中のエレマ体に異常が発生する。
突然の事態。
俺はパニックになりながらも緊急ボタンを作動させようとパネルを開く。
「どうした!! 何があった!! 本部! 緊急事態だ! 応答せよ! 応答せよっ!!」
転送中のエレマ体がバランスを失う。
とてつもない引力が襲い、身体のあちこちが無造作に引っ張られていく。
そんな……夏奈……な……つな…………
何もかもが分からないまま、俺は意識とともに闇の空間に飲み込まれ、そのまま姿を消した。
"ごめんなさい"
―エレマ部隊本部制御部ステータス管理パネル―
『架間 空宙』
ステータス
【死亡】